自粛パニックで「新型コロナ不況」がやってくる

池田 信夫

新型コロナウイルスの感染者はきのう100人を超えたが、クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」を除くと、国内で陽性になった人数は1日10~20人で、激増しているわけではない。激増しているのは、集会やイベントなどの自粛による2次災害である。

コンサートや会議が中止になり、レストランやホテルがキャンセルされ、就活の面接まで中止された。加藤厚労相は「政府として一律の自粛要請はしない」といいながら「主催者に開催の必要性を改めて検討していただきたい」と実質的に自粛を求めた。

日本経済新聞の報じたKDDIの調査によると、2月の休祝日に街を訪れた人数は前年より大阪・梅田が15%減、京都が14%減、東京が6%減、横浜が10%減となった。特に中国人観光客の多い関西で被害が大きい。

日本経済新聞より

新型コロナは最大の感染症リスクではない。国立感染症研究所によると、今週発生したインフルエンザ患者は24万3000人。累計100人の新型コロナのリスクはその数万分の一だが、マスコミは被害を1人1人報道するので、人々は最大のリスクだと錯覚する。「みんな中止しているのにウチだけやるわけにはいかない」という横並びでイベントが中止され、それが連鎖反応を生む。

これは原発事故や金融危機などのブラックスワンに共通のパターンである。その原因は、こういう未知のテールリスク(確率がきわめて小さく被害の大きいリスク)については客観的なリスク評価ができないためだ。

「ブラックスワン」が自粛の連鎖を呼んでパニックが生まれる

インフルエンザのような日常的なリスクは、

 リスク=ハザード(1回の被害の大きさ)×確率

という期待値で管理できるが、未知の現象に直面すると、人々は確率を無視してハザードを見て行動する。その典型が原発事故である。「原発事故は万が一起こったら大変だ」というハザードだけを見て、大事故が歴史上3回しか起こったことがないという確率分布は無視する。

金融危機も同じだ。2008年の「リーマンショック」のきっかけは、アメリカのサブプライムローンの不良債権というローカルな問題だったが、アメリカ財務省がリーマンブラザーズを破綻させるという予想外の事件で、世界中の仕組み債にデフォルトの疑いが発生した。

実際にはほとんどの債券は安全だったが、投資銀行は「万が一デフォルトになると巨額の損失が発生する」と考えて不動産債券を一挙に売却し、その売りが売りを呼んで債券価格が暴落した。

これを金融感染(financial contagion)と呼ぶが、今回の騒動に似ている。集会やイベントで新型コロナ患者と出会う確率はゼロに近いが、企業は「万が一感染したら大変だ」と考えて自粛し、それが他の企業の自粛を呼んでパニックに発展した。

こういうとき騒ぎを大きくする原因は、未知の現象だという恐怖である。今回の騒動で驚いたのは「インフルエンザには特効薬があるが新型コロナは未知だから恐い」という反応が多いことだ。ウイルス性の感染症に特効薬なんかない。インフルエンザも毎年ちがうので、薬がきくとは限らない。だから昨シーズンは3000人以上死んだのだ。

政府のわかりやすい情報提供が経済危機を防ぐ

この意味で新型肺炎は特に凶悪な感染症ではないが、人々は確率のわからない現象については最悪の事態を想定して「ゼロリスク」を求め、その防護コストを考えない。こうしたパニックは指数関数的に拡大するので、あっという間に経済は崩壊する。

これはリーマン危機で誰もが経験したことだ。今回のサービス業の自粛は金融ほど壊滅的にはならないだろうが、横並び意識の強い日本人には、自粛が自粛を呼ぶ「乗数効果」が大きいので、予想以上に破壊的な結果をもたらすだろう。

多くのブラックスワンでも、コアの危機は大した問題ではない。サブプライムローンも福島第一原発事故も、実際の被害はそれほど大きくなかったが、危機が拡大するかどうかはそれとは関係なく、人々がリスクの確率分布を知らないことが致命的だった。

新型肺炎も感染症としては今のところ大した問題ではないが、この自粛パニックは大きな経済危機に発展するおそれが強い。昨年の第4四半期のGDP速報値では、成長率はマイナス1.6%(年率マイナス6.3%)と大幅なマイナスになったが、この調子では今年の第1四半期はさらに大幅なマイナスになるだろう。

これから感染が爆発的に拡大するリスクもある。大事なのは、政府が新型肺炎の状況を詳細にわかりやすく公開し、客観的リスクを明らかにして過剰反応を止めることだ。「安全」を無視して「安心」を求める情報弱者に迎合してはいけない。それが金融危機と原発事故と感染症に共通の教訓である。