「4月1日にロックダウンが出る」という噂はフェイクだったが、いまだに「徹底的なロックダウンでウイルスを根絶すれば経済も正常化する」という主張がネットを駆けめぐっている。私のTLにもそういう誤解が多いので、繰り返し説明しておく。
まず「ウイルスを根絶する」という考え方が間違っている。天然痘やペストのような意味で、新型コロナウイルスをゼロにすることはできない。一定の数のウイルスが国内にいることを前提にして対策を考えるしかない。そのとき目標となるのはウイルスの根絶ではなく、感染の拡大を止めることである。
ある集団の中でウイルスの感染する確率(実効再生産数)Rが1以下になったとき、集団免疫の状態になったという。感染力(基本再生産数)をR0、予防接種で免疫を獲得した人の比率をHとすると、
R=R0(1-H)=1
となるとき、感染の拡大が止まる。すなわち
H=1-1/R0 (*)
このHが集団免疫の閾値である。コロナのR0が2.5だとするとH=0.6、つまり人口の60%が免疫を獲得するまで感染は終わらない。予防接種ではこのHを人工的に実現するが、コロナには予防接種がきかないので、これを感染の拡大で実現するのが、イギリスやオランダやスウェーデンの政府がとっている集団免疫戦略である。
これは「感染を容認する危険な戦略だ」という批判を浴びたが、何もしないという意味ではない。感染をコントロールし、医療が崩壊しないようにゆるやかに感染を拡大させるものだ。
上のグラフはインペリアル・カレッジの報告書の図だが、黒い曲線(エピカーブ)が何もしなかった場合の重症患者数(10万人あたり)である。これを自粛で黄色の曲線まで抑え込み、ロックダウンで緑の曲線まで抑え込む。
自粛によって一時的には、患者を赤の直線で描かれた医療資源(ICUベッド数)以下に抑え込めるが、自粛を緩和すると図の下のように感染が増え、また規制を強化する繰り返しになる。これをロックダウンで強力に抑え込むと、感染爆発が起こるリスクが大きくなる。
(*)からわかるようにR0を下げない限りHは変わらず、感染者の総数は変わらない。ロックダウンでエピカーブの形を変えることはできるが、永遠にロックダウンを続けることはできないので、終わったとき(ウイルスの感染しやすい冬に)感染爆発が起こるリスクが大きい。
「危機の爆発」に脆弱な現代社会
新型コロナはリスク管理を考える上でも、大事な問題を提起している。感染症リスクの総量が一定だとすると、 それをロックダウンで押さえ込むと、コントロール不能な危機になって爆発することがある。それをタレブは脆弱性と呼んだ。
次の図は縦軸に投資リターンの期待値、横軸にその分散(volatility)をとったものだ。普通はCDS(倒産保険)のような金融技術でリスクを抑え込んで小さなリターン(保険料)を得ることができるが、金融危機で右端のように非常に大きなリスクが顕在化した場合には、大損害をこうむる脆弱性がある。
感染症でもウイルスを根絶できない以上、それをロックダウンで抑え込むと、かえって脆弱になり、感染爆発が起こる。むしろゆるやかに感染させ、重症患者を医療資源の制約内にコントロールしたほうがいい。今後の感染症対策を考える上でも、ウイルスを絶滅しようと考えるのではなく、一定の感染を許容し、集団免疫でウイルスと共生する戦略を考える必要がある。
今週の金曜から始まるアゴラ経済塾「リスクと危機」では、このようなリスクの新しい考え方についてみなさんと一緒に考えたい(受講は受け付け募集中)。