「日本モデル」に踏み込んだ専門家会議「分析・提言」

2020年04月02日 11:40

昨日4月1日、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が会合と記者会見を開いたが、その内容は「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020 年4月1日)としてダウンロードできるようになっている。

記者との間の質疑応答には、的を外したやりとりが多々あったように見えた。メディア関係者はもちろん、全関係者が読むべき報告書だ。

注目したいのは、専門家会議が、「日本モデル」という概念を使い始めたことだ。
前回3月19日の「提言・分析」では、「我々としては、『3つの条件が同時に重なる場』を避けるための取組を、地域特性なども踏まえながら、これまで以上に、より国民の皆様に徹底していただくことにより、多くの犠牲の上に成り立つロックダウンのような事後的な劇薬ではない『日本型の感染症対策』を模索していく必要があると考えています。」(10頁)といういささか奥ゆかしい表現が用いられていた。

これについて、私は、「ここで言われている『日本型の感染症対策』とは何なのか、まだ明確ではない感はある。『専門家会議』にとっても、『模索していく』ものにとどまっているようだ。しかし、そろそろ『日本モデル』の意味を、はっきりと意識化させていきたい。」と書いた(参照:現代ビジネス拙稿「新型コロナが欧米社会を破壊…「日本モデル」は成功するのか」)。

もちろん専門家会議は、「日本型の感染症対策」の中身について、一貫した語り口を持っている。そこには三つの重要領域がある。クラスター対策、医療体制、国民の行動変容である。この三つのそれぞれにおいて、日本は、他国と比して独自性を持ち、高い水準にある方法を持っている。それは素晴らしいことだ。疑いなく、これまでの感染の爆発的拡大の抑制に貢献してきている三要素だ。

しかし、私が言ってきているのは、そこを日本人自身がよく意識化していかないと、支援も行き届かない、ということだ。何と言っても、政治家が、自分の国のコロナ対策が何なのかわかっていないような状況では、支援策が重点領域に届くはずがない。

「コロナ疲れ」が三つの領域のそれぞれで起こってくると、「日本モデル」は現実に負け始めて、持ちこたえられなり、崩壊していく。それを回避するためには、絶えず三つの領域のそれぞれに支援強化策を注入していく必要があり、支援策の動員には戦略の意識化が必要なのだ。

ところが日本人自身が「日本モデル」が何なのかをわかっていないような状態なので、支援強化策が始まらず、まさに疲弊が蓄積され始めているのが、現状であろう。

今回の4月1日『分析・提言』は、「日本モデル」という概念を提示し始めてくれた。私の文章を読んでくれたからではないだろうが、いずれにせよ、それはとても良いことだ。

世界各国で、「ロックダウン」が講じられる中、市民の行動変容とクラスターの早期発 見・早期対応に力点を置いた日本の取組(「日本モデル」) に世界の注目が集まっている。(11頁)

ただし、専門家会議の報告書は、「日本モデル」に関する「分析・提言」となっていない。そのため、こうした象徴的な「日本モデル」に言及した文章が、より具体的な分析や提言と切り離された形でのみ記述されてしまっている。率直に言って残念だ。記者との質疑応答でも、「結局、日本モデルとは何なのか、どうして存在するのか」についてのやり取りは、あまりうまくかみ合っていなかったように見えた。

上述したように、「日本モデル」は、クラスター対策、医療体制、国民の行動変容、の三つにおける独特のアプローチによって成り立っている。昨日の専門家会議『分析・提言』は、これら三つのそれぞれに対する強化策を要請している。

第一は、クラスター対策だ。これは、「日本モデル」の核だ。昨日の記者会見では、尾身副座長から、「爆発的拡大を起こしたイタリアやアメリカはクラスター対策をやっていないが、(上手く対処している)シンガポールや日本がやっている」という自信にあふれた発言があった。しかし、感染者数が増えてきて、クラスター対策班の人的資源が追い付かなくなってきているのも実情だ。

そこで専門家会議は、「ICTの利活用について」を、強調した。残念ながら、記者の反応が鈍かった。「誰も質問してくれないので、時間切れになる前にこの点について言わせてください」と東大の武藤教授が介入したほどだ。「ICTの活用」とは、つまり個人の持つスマホなどに残る位置情報を解析すると、行動履歴が把握できる、ということだろう。成功していると言われているアジア諸国は、これをやっているが、日本は「個人情報保護」の壁に阻まれて、やっていない。そのため感染者が非協力的だとクラスター対策が行えない、という実例が増えている。 これを専門家は打破したい、と要請している。

しかし、いかんせん、専門家の方々の語り口は、わかりにくい。反対意見に親切に長々と言及したりして、奥ゆかしすぎた。この提言が「日本モデル」の維持に対して持っている巨大な意味が、記者層にも伝わらなかったのではないだろうか。残念だ。

なお「FETP (実地疫学専門家養成コース)」を受講した資格を持つクラスター対策要員は、全てコロナ対策に投入済みで、疲弊してきているという説明がなされた。しかし私などに言わせれば、なぜ国家予算を緊急投入し、「FETP」を最大限に広範に実施して、要員を増やさないのか、疑問だ(もちろんこれは政治家への疑問だが)。平時から作っておかないと実際のクラスター対策と並行で走らせるのは無理だ、ということなのかもしれないが、大規模な予算措置があれば、可能になる面もあるのではないか?欧米諸国は、医学部生を早期卒業させて現場に投入している。本当に非常事態になってしまえば、結局そうなるだけなのだが?

第二は、医療体制だ。この点は、日本医師会が緊急事態宣言を要望したというニュースで、注目された点だ。感染者数が増えると、平時の医療体制の能力を超えてくる。まずは感染者を収容するための施設の確保が必要だ。人工呼吸器の増産はようやく始まったが、こちらも人材が追い付いていないという話もある。専門家会議は、緊急事態宣言を出すか出さないかという話題に、論点が還元されてしまうのを避けた。記者たちは物足りなさを感じたようだったが、専門家会議は正しい。ただ対応が奥ゆかしすぎた。要するに、施設・機材・人材の確保である。宣言を出すか出さないかを議論している暇があったら、やれることがいくらでもあるように思われる。

第三は、行動変容だ。専門家会議は、「自粛疲れ」を懸念しながら、一層の国民の努力を求めた。やることは決まっている。「三密の回避」である。

この点で今回一つ興味深かったのは、専門家会議が、「近距離での会話、特に大きな声を出すことや歌うこと」(9頁)を危険な行為と指摘したことだ。

日本の謎は、なぜ満員通勤電車がクラスターにならないのか、だった。答えは、一定の換気があり、乗客が誰も口を開かず、マスクをしている人も数多いから、だ。これについては、私も3月19日『分析・提言』が出た後に書いたことがある。

現在、欧米諸国では広範に「外出禁止令」が出され、人と人との接触を断つ急進的な措置がとられている。ロックダウンという概念でくくられている一連の措置だ。しかし私は、アメリカなどでは、意識の低い層が存在し、買い物などで外出した際にも、道端でいつもの大声で挨拶したりしていることが、一連の措置の効果を低下させている実態だと考えている。

「外出するな」が厳しいときは、「大声を出すな」だけでもいい、というのが、「日本モデル」である。そんな穏健な措置でいいのか、と欧米人は声を大にして批判するだろうが、日本と欧米諸国の現状の違いを見た際には、決して軽視できないメッセージがある。

われわれ日本人は、あるいはアジア人全般は、WHOや欧米人が軽視するマスク着用を、非常に重視している。安倍首相は、遂に国会答弁をマスクをつけたまま行い、全世帯にマスクを配布するという際立った行動に出たほどだ。欧米人には衝撃的だろう。日本でなければ絶対にありえない措置だ。果たして巨額の郵送費をかけて、世帯当たり二つのマスクを配布することの費用対効果は何か、という問いは当然ある。

しかし専門家会議も「行動変容」を説き、自らマスクを着用して記者会見を行うようになった。安倍首相の政策は、粗削りだが、専門家会議のスタンスから外れてはいない。マスク配布は、様々な意味で、「日本モデル」の象徴になるだろう。

なお最後に一点、今回の専門家会議の報告で納得できない点があったことを書いておきたい。専門家会議は、「現時点の知見では、子どもは地域において感染拡大の役割をほとんど果たしてはいないと考えられている」(7頁)と書いた。北海道大学の西浦博教授は、これまでの日本の1000人以上の感染者のうち、「学校の中で子どもたちの間で伝播が起こって流行が拡大しているというエビデンスが今のところない」と発言した。この発言に対して記者たちは、「ということは安倍首相の一斉休校要請は無意味だったということですね!」といった類の頓珍漢な質問を繰り返した。

しかし3月2日から学校を一斉休校させているのだ。「学校の中で子どもたちの間で伝播が起こって流行が拡大しているというエビデンスが今のところない」のは当然であり、この場合の「エビデンスがない」というのは、学校で流行が発生しないことの証明ではなく、単に学校が閉鎖されていためにデータが集まらなかったという以上のことを意味していない。この点について、専門家会議が、記者をはじめとする聴衆を惑わす文言で『分析・提言』を書き、さらにいっそう惑わせる発言を行ったことは、残念であった。

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篠田 英朗
東京外国語大学総合国際学研究院教授

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