「日本モデル」にそった緊急事態宣言をせよ

2020年04月05日 11:31

3月25日の小池都知事の「ロックダウン」に言及した会見後、「ロックダウン」がキャッチーな言葉となり、「緊急事態宣言」も「ロックダウン」宣言と誤認されて巷で語れるようになってしまった。

NHKニュースより

政府はロックダウンには確立された定義がなく、仮に緊急事態宣言が出されてもそれは欧米諸国流のロックダウンの導入とは違う、と説明している。

参照:ロックダウン「定義ない」 政府、新型コロナで答弁書(日本経済新聞)。

スタンスは正しい。もっと広報するべきだ

参照拙稿:ロックダウンという外来語の弊害について

現時点では、「緊急事態宣言=一夜で世界が変えよう」の印象が広がりすぎている。国民の不安と期待も高まり続けているだけでなく、どうも医療関係者の間でもその傾向があるように見えるのが、とても気になる。

岩田健太郎・神戸大学教授は「東京をロックダウンさせてプランBに移行せよ」と、華々しい。

(その一方、岩田教授が『FRIDAY』に掲載した記事の真偽をめぐり、高山義浩医師がFacebookで抗議を表明したことが話題になっている。)

ノーベル賞受賞者の山中伸弥・京都大学教授の「提言1」は、「今すぐ強力な対策を開始する」だ(ただし、具体的に何を意味してるのかは必ずしも明らかではない)。

4月3日金曜の日本経済新聞に掲載された厚労省・専門家会議/クラスター対策班の西浦博・北海道大学教授の「試算」は、ネット上の大騒動を巻き起こした。東京の未来図の予言の記事に見えたからだ。今すぐに人の移動を8割減らさないと、一日1万人の新規感染者が生まれることは必至である、という内容の記事に読める。

「欧米に近い外出制限を」 北大教授、感染者試算で提言(日本経済新聞)

翌日になって、西浦教授は、日経の記事に掲載されたグラフが「基本再生産数をドイツ並みの2.5としたときのシミュレーション」であったことをツイッターで説明した。

4月1日の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議『分析・提言』は、何と書いていたか?

日本国の実効再生産数は、3/15 時点では 1 を越えており、その 後、3 月 21 日から 30 日までの確定日データに基づく東京都の推定値は 1.7 であった。

と書いていた(2頁)。

また、日経記事掲載のグラフでは、人の移動を2割減らす効果が出る前に新規感染者数6,000人まで行くことが確定しているようだ。だが記事をよく読むと、東京では3月上旬の段階ですでに交通量は2割減となっており、もうその効果が出る時期は過ぎている。小池都知事の外出自粛要請の後は交通移動者は7割弱減ったと書いてあり、その効果を見極めるのは来週だ。ところが、昨日の新規感染者数は6,000人ではなく、118人だった。

つまり日経は、抽象的モデルの架空の数字のシミュレーションのモデルを、あたかも東京の未来の予言であるかのような文章の記事に挿入した。結局、嘘にはならないと言い張れる範囲で、政治的な意図を持ったショック療法のために、人々を驚かせるための記事が掲載された、という印象を受けざるをえない。

クラスター対策班のもう一人の重要専門家である押谷仁・東北大学教授が沈静化を図るためのメッセージを出した。

同じ頃、過激な言葉で警告を発することで有名になった宮沢孝幸・京都大学ウイルス再生医科学研究所附属感染症モデル研究センター准教授は、「申し訳ありませんが、まもなくメッセージ機能を停止します。様々な質問、激励がありましたが、誹謗中傷もあり、メンタルがもちません」とツイートしていた。

激しい場外戦が行われている印象だ。このようなやり取りに、日本の貴重な専門家たちが時間を費やしているかと思うと、強い焦りを感じる。

新聞の操作記事と言わざるを得ないものを通じてショック療法を狙うことよりも、もう少し具体的な研究テーマを分析したり、具体的に何が必要なのかをはっきりと議論したりするほうが、建設的なのではないか?

もちろん、私はさらなる人の移動は不要だ、緊急事態宣言を出すべきではない、と言いたいわけではない。むしろ逆だ。状況に応じて人の移動の制限を強めるのは当然だ。緊急事態宣言を出したほうが円滑に進められる必要な政策があれば、出せばいい。

しかし、現下の危機を見て、ただいたずらに、「このままでは東京は破滅する、さあ、緊急事態宣言で問題を解決しよう」といった風潮を無責任に広めることは、かえって危険だと感じる。私はむしろ「現在すでに東京では、『自発的な外出の自粛の要請』という事実上の初期段階の『ロックダウン』が断続的に導入され始めている、と考えるべきだ」と言ってきている。

ロックダウンという外来語の弊害について(アゴラ拙稿)

コロナ禍で迎えた桜シーズン(nakashi/flickr)

国民の健康と経済活動の維持とを天秤にかける、と報道されているが、そうだろうか。状況に応じて両者に対する最適解を見つけなければいけないだけだ。二者択一的な論争は、不毛だ。

健康か、経済か、の急進的な問いを設定する前に、もっと経済構造の調整を意識した緊急事態宣言の出し方を考えるべきではないだろうか。

マスクを例にとろう。

日本国民はマスクを重視する文化を持っていた。ところが日本政府はマスクに関心を払わなかった。最近になってようやく政府としてマスク問題に取り組む姿勢を見せ、首相がマスクをつけて国会答弁して、世界にもそのイメージを広げようとしている。が、今やもうアメリカもマスク重視の方針に展開してきた。それで世界の供給体制が追い付かないので、あろうことか中国から高値で買い占めるのだという。

世界のマスク市場が「無法化」、米の買い占めに各国が懸念も(ロイター)

NY州クオモ知事(公式flickrより)

クオモNY州知事が、ポリコレな言い方で、アメリカ人の中国への思いを代弁する発言をしている。

なぜわれわれは中国からマスクを高額で大量に購入し続けなければならいないのか。アメリカ国内の生産を促進するべきだ。
(出典:CNBC「New York Gov. Cuomo: ‘I’m doing everything I can, but people are still dying’ from the coronavirus」)

ウイルス発信源である中国が、一番の犠牲を出しているアメリカ人のお金で、儲けを出すという構図になってしまっているのだ。

トランプ大統領は「国防生産法」を発動して、マスクの輸出を禁止するとともに、マスクの発注先を血眼になって開拓している。

米3M、マスクの生産・輸入増加表明 トランプ氏の批判「正しくない」(ロイター)

この状況で、なぜ日本はマスク輸出国になれないのか。

今、世界が欲しているのは、高品質のマスクだ。欧州諸国は品質を理由にして中国産のマスクを返品したりしているという。

欧州 中国製医療物資の返品や使用取りやめ相次ぐ 新型コロナ(NHKニュース)

そこまで至ってもなお、なぜ日本はマスク供給ができないのか。
コロナウイルス対策の素晴らしさで絶賛された台湾は、すでにマスク国外提供に動き始めている。

台湾が「防疫外交」展開、各国にマスク1000万枚供与(読売新聞)

susanjanegolding/flickr

緊急事態宣言を出してマスク流通の管理をするなら、政府が買い上げ補償をしてでも、マスク生産の経済的合理性を高めるべきだ。これだけマスクを重視している日本において、世界的輸出国になるほどにマスク生産活動が急激には活発化しなかったのは、経済的採算性を悩んだ時間があったからなのではないか?

たとえば、「長期戦」を見据えて、日本政府が、マスク生産に緊急時相応の補助金をあてたり、大量の医療従事者用マスク及び1億2千万人の国民の数年分のマスクの継続的買取りを宣言したりしたら、経済的合理性の計算は大きく変わり、産業構造の転換も促進されるのではないだろうか。

マスク不足解消は5~6月頃か「青天井の需要」に追いつかない政府の苦悩とマスクチームの挽回策(FNNプライムオンライン)

「ポスト・コロナ」の世界では、既存の経済システムをそのまま丸ごと同じ形で温存しようとするのは、無理だ。残念ながら縮小する産業分野が生まれるのは、仕方がない。問題は、代わりに成長する産業分野に投資し、育て、人的資源の移動を促進できるか、だ。

万が一、「ポスト・コロナ」の世界では斜陽産業となることが確実の事業だけを残してしまったら、ロックアウトをしても、しなくても、「ポスト・コロナ」の世界で経済的に行き詰る。

緊急事態宣言は、様々な幅を持つ政策の一部である。世界の終わりでも、世界の始まりでもない。どう使うか、が論点だ。これまでの「日本モデル」も意識しながら、戦略的な思考と組み合わせて運用することを、強く望む。

「日本モデル」に踏み込んだ専門家会議「分析・提言」(アゴラ拙稿)

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篠田 英朗
東京外国語大学総合国際学研究院教授

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