緊急事態宣言まで休校しなかった教育委員会をdisってはいけない

2020年04月07日 06:00

政府により、緊急事態宣言が7日、発表されます。伴い、私の地元である千葉県佐倉市でも、略式の事前指導の後、小中学校全校が休校となります。

佐倉市は、千葉市などが直前で休校延長措置を発表する中、4月6日の始業方針を貫きましたが、結果的には緊急事態宣言により休校を措置しました。

編集部撮影

インターネット上では、安心された親御さんとみられる方々のコメントを多く読むことができます。他方、「それみたことか」という趣旨とあわせ、緊急事態宣言が発表されるまで休校措置しなかった基礎自治体の教育委員会を悪し様にののしるコメントも散見されます。

そのような振る舞いは慎むべきです。

教育長や教育委員、各学校長としては、市民の批判をかわす最良の方法は休校延長です。延長すれば、とりあえず当面の批判の矛先はかわすことができました。

その中で、緊急事態宣言により休校となったとしても、4月6日に始業を決断した教育長は、少なくとも責任回避のための思考停止に陥らず、自身の責任において子どもたちの権利や福祉を守ろうとぎりぎりの決断されたのです。

こどもの安全と「学ぶ権利」

子どもの教育については、憲法26条等で保障された重要な権利です。

他方、親にとって、子どもの命は何よりも重いものです。その意味で、あくまでこのような非常事態であることを前提として、当該疾病に懸念があるご家庭において、子どもが「休む」あるいは、話し合いのうえ「休ませる」ことについては正統なものであると考えます。

さて、当該疾病が広がり始めた当初、政府の要請により全国ほとんどの学校が3月2日前後から休校に入り、今にいたります。

当該要請は、安倍首相の国会での説明のとおり、「学校において子どもたちへの集団感染という事態は何としても防がなければならないという状況にあった」との認識において行われました。

また確かに、当時と今とでは感染者の数は増えています(佐倉市においては、0人から5人に増加)ので、休校延長という判断がなされたとしても、それは妥当かもしれません。

しかし、その場合私たち大人は「いつまで休校を続けるのか」という出口戦略とあわせ、「子どもの学ぶ権利をどう担保するのか」という点についても、しっかりした定見を持つ義務があります。

佐倉市の感染者は、現状1日0~2人の増加数です。現状程度の感染者の増加があるうちは休校を続けるとした場合、それは1年以上続くかもしれません。オンライン授業で対応する、という方法もありますが、日本ではすべての子どもがオンラインで授業を受けられるインフラが整備されているとは、とてもいえません。

2週間休校を延期する、などとした場合、2週間後どのような状況であったら始業するのか、という方針がないのだとすると、それは子どもの「学ぶ権利」あるいは「教育の義務」について目をつぶった単なる先延ばし措置とも考えられます。

学校がもつ福祉的側面

ここにきて、「在宅勤務と子どもの休校が重なりストレスがたまった夫が、家族で暴力をふるうようになった」などとする報告が、日本でもあがりはじめています。

在宅勤務と外出自粛によるDVや虐待の被害増。電話も避難もできない絶望(BUSINESS INSIDER)

こういった事例は、問題のない家庭で生活しているとなかなか想像できませんが、始業を判断する教育委員会としては、こうした様々な事情も考慮に入れます。学校が始まれば、その時間子どもたちは「そうした保護者」から開放されると同時に、そのような事象を相談することもできるようになる。

また、相談しないまでも、学校の先生が子どもの態度や身体の痣などにより気づいてあげることもできかもしれない。また、栄養的にバランスのとれた給食も食べることができる。学校は、「学び舎」であると同時に、子どもたちの福祉施設という側面も併せ持ちます。

写真AC

お子さんが心配であることはよくわかりますし、始業を反対することも理解できます。しかし始業の決断の背景には、以上のような「子どもの学ぶ権利」と「福祉的側面」を担保するための苦渋の決断であったということを、ぜひ考慮に入れていただきたいと思うのです。

ある方から、「こういうときは、弱者が一番被害をうけるんだよね」という言葉を聞きました。資本主義社会においては、経済的弱者がいる。学べなくなる、福祉を受けられなくなるという意味において、一番の弱者はその「経済的弱者の子どもたち」です。

また、夫婦共働き世帯比率が70%近い日本において、小中学校がしっかりした対応をしてくれるならば、再開してほしいとする家庭は少なからずあります。私もかなりの数の家庭にヒアリングを入れましたが、始業に関する賛否は「相半ばす」というところでした。

繰り返しますが、インターネット等で賛否を表明することは自由ですし、今後のために活発な議論をすることは必要なことでもあります。

しかし、感情的に賛否どちらかの意見をけなしたり、ののしったりする行為は不毛ですし、問題の本質から私たち国民を遠ざけるになります。

学校は、いずれ再開されます。「ここから先」の議論が今、必要です。

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