安倍首相は「緊急事態ギャンブル」に勝てるのか

2020年04月08日 15:00

きのうの安倍首相の記者会見は、5月6日までの緊急事態宣言を発令するものだった。これ自体は予想どおりだが、その内容は今までの曖昧な会見とは違って数字が入っていた。

事態は切迫しています。東京都では感染者の累計が1000人を超えました。足元では5日で2倍になるペースで感染者が増加を続けており、このペースで感染拡大が続けば、2週間後には1万人、1カ月後には8万人を超えることとなります

これは本当だろうか。まず東京都の新型コロナ患者数の推移を見てみよう。

東京都の資料

累計患者数は最近増えて1195人だが、新規患者数は図のように4月7日は80人に減っている。PCR検査数や海外からの帰国者など撹乱要因が多いので一概にはいえないが、このペースで東京の患者が「1ヶ月後に8万人」 になることはありえない。首相はこう続ける。

専門家の試算では、私たち全員が努力を重ね、人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます。そうすれば爆発的な感染者の増加を回避できるだけでなく、クラスター対策による封じ込めの可能性も出てくると考えます。

政治家が約束するときは数値目標と達成期限のどちらかを曖昧にするもので、このように数値と期限を明示した約束は珍しい。これは政治的なギャンブルだが、首相は勝てるのだろうか。

ウイルスは撲滅できない

「8割の接触削減」というのは、西浦博氏のシミュレーションにもとづくものと思われるが、これは実証的根拠のない思考実験である。「接触を8割減らしたらウイルスが消える」という計算には具体的な根拠がないが、佐藤彰洋氏によると、接触を98%削減するには「公共交通の使用を週8.4分に、人との接触を2人に抑えなければいけない」という。そんなことをしたら医療が崩壊してしまう。

最大の問題は、こんなドラスティックな接触削減をしても、ウイルスは撲滅できないということだ。20世紀の公衆衛生のような寄生虫や害虫の駆除とは違い、ウイルスは集団免疫が実現するまで感染を続けるのだ。これはごく単純なSIRモデルでもわかる。

コロナ感染後の日数と感染者数(右軸)治癒者数(左軸)単位万人

基本再生産数を2.5とすると、感染者3000万人ぐらいでピークアウトするが、このとき陽性患者数が減るのはウイルスが死滅するからではなく、多くの人(治癒者)が感染して免疫をもつからだ

これが集団免疫であり、その水準に達するまで感染は増える。数理疫学を専門とする西浦氏はこれを当然知っているはずだが、それをごまかして感染が消えてなくなるような図を描き、首相はそれを受け売りしている。

感染者数をゼロにする必要はない。大事なのは、重症患者数を医療資源の制約内に収めることだ。東京都の重症患者は27人で、人工呼吸器は3000台。病院を占拠しているコロナの軽症患者を退院させれば、医療が崩壊する心配はない。

緊急事態宣言には出口がない

こんな行動制限を永遠に続けることはできない。それは集団免疫まで感染を先送りしているだけだから、緊急事態宣言を解除したら、ウイルスはまた増える。そのとき「すいません。また行動制限します」というのだろうか。

今のペース(毎日100人程度)が続くと、1ヶ月後の東京の陽性患者数は5000人程度だろう。これを首相が「8万人になるはずの感染者を緊急事態宣言で9割減らした」というシナリオかもしれないが、誰も信じないだろう。

まぁそんなことは大した問題ではない。7年前に首相は「異次元の量的緩和で2%のインフレを実現し、デフレを脱却する」と約束したが、今では覚えている人も少ない。彼にとっては、今の政治的危機を乗り切ることが最大の目的である。

マスコミが大合唱する緊急事態宣言を出さないという選択は、彼にはなかっただろう。その数値目標に科学的根拠がなくても、日本のコロナ感染は5月になれば(SARSのように)終わり、季節性インフルエンザのようなありふれた病気になるだろう。

だが消えるわけではない。秋にはまた出てくるだろう。2009年の新型インフルエンザ(H1N1)は、今も季節性インフルとして毎年1000万人が感染し、3000人が死ぬが、誰も気にしない。マスコミが騒がないからだ。それがコロナの終わりである。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長(学術博士)

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