スペイン:コロナ感染で亡くなった医師の娘からの一通の手紙

白石 和幸

スペインで新型コロナウイルスに感染した最初の患者は1月31日のことであった。それから4月16日までにスペインで23人の医師と看護師がコロナウイルスに感染して死亡している。

Jernej Furman/flickr

新型コロナウイルス患者の治療看護に取り組んでいる医療班の内の2万8500人がこれまで感染している。治療看護にあたっている医療班の数は7万5000人。如何に医療班が犠牲にされているかというのが一目瞭然である。その一番の要因は彼らを感染から守る医療防護具が十分でないということである。

最近はそれもかなり改善されているが、3月は最悪の状態だった。その時期に多くの医療班が感染したのである。感染した一部は入院して治療を受けている。軽症者は自宅軟禁だ。(参照:elpais.com

最初に亡くなったのは医師のフランセスク・コリャド(63)で、バルセロナのターミナルケアー病院で3月18日に死亡した。彼も他の多くの医師と同様に、コロナウイルス患者の治療に救援で参加した医師であった。亡くなった医師の中で一番若い医師は28歳のサラ・ブラボだった。彼女は生命を危険に晒していることを十分に承知していたようで、彼女の母親にタブレットで「ママ、死ぬのが怖い」とメッセージを送っている。彼女は喘息の気があったが日々の生活には何の支障はなかったという。3月19日にアルカサル・デ・サン・フアンの病院に入院して9日後の28日に亡くなった。(参照:elpais.com

医療班は執拗に彼らを感染から守る安全防護具の不足を訴えていた。それでも身体を危険に晒していることを承知して患者と対峙して治療看護に取り組んでいる。医療班と同様に彼らの家族も毎日不安に包まれた中で生活を余儀なくさせられている。

亡くなった医師ルイス・ペレス(61)の長女マルタ(25)が今月6日、電子紙『OKDIARIO』に一通の手紙を掲載した。感染してから自宅で自ら隔離生活を送っていた父親の容体が悪化して入院。救急集中治療を受けていたが12日後に亡くなったことを綴った内容だ。(※ネットで公開された全文=スペイン語=はこちら

同紙の見出しは「一人の医師の娘:『政治家は感染試薬テストを二度も受けていたのに、父はその順番を待っていた』」と綴った。患者と毎日対峙している医者や看護師の方がこの検査テストを優先して受けるべきであるはずだ。しかし、それが政治家の特権で逆になっていることを訴えているのだ。

彼女が批判の対象にした政治家は初期感染がテストで明らかにされたイレネ・モンテロ平等大臣であった。実際、モンテロ大臣と同様にマルタの父親も感染した初期段階でテストを受けていれば助かっていたからだ。

医療班の全員が感染初期の段階でテストを受けていれば2万8500人というこれほど多くの医師と看護師の感染は出ていないはずであった。何しろ、感染しているのも分からず、治療看護にあたっている間に他の同僚に感染させていたという場合も往々にしてあったからだ。

PCR検査は結果が出るまでに時間がかかる。ところが、政治家の場合はその結果も特別に短時間で判定させている。この判定までに時間がかかることもあって医療班の一人ひとりにこの方法での検査を実施していない。そこで、15-20分でそれが判明する試薬テストを政府は中国から輸入してそれを医療班で実施してもらおうとした。

ところが、その感度は30%以下ということで不良品と判断されて結局従来のPCR法に頼らざるを得なくなった。その後、また中国から輸入したものも感度が50%程度でしかなかったから使えないと判断された。

いずれにせよ、医療班の感染者の増加を犠牲にしてでも、彼らをコロナ感染者の治療看護にあたらせようとしているのが政府の方針だ。医療班を犠牲にしていることを十分に承知している政府であれば、その慰労に少なくとも保健大臣が治療に当たっている病院を視察することも当然あってしかるべきだと筆者は考える。

だが、感染を恐れて視察していない。その一方で、その危険を犯しても仕方がないと考えているのか、防護具も十分に備わっていない医療班に治療看護にあたらせていたのである。ちなみに、イタリアでは80人以上の医療班が死亡している。

※画像はイメージです(Leah Love/flickr)

同紙が掲載したマルタの手紙によると、父親は感染したことを自らの罪だと感じていたというのである。というのも30年医師としての経験から感染したのは自らが失敗したと考えていたというのである。

その上、家族を犠牲にしたことも恥じていた。だからマルタは自宅で一人隔離している父親に携帯で「パパ、悪いことは何もしていない」と伝えた。そして「悪いのは十分な防護具を渡さなかった彼らだ。彼らがパパを売ったのだ。その一方で彼らに対しては既に2度もテストをしたのに、パパは容体が悪くベッドに横たわってそれを待っていた」と父親に語ったという。彼らとはもtぎろん、政府の閣僚のことである。

マルタの父親が身体に疲れを感じたのは3月15日だった。それでも、その日は診療所で勤務し、そのあと救急治療の夜勤で12時間勤務したのであった。マルタによると、父親が感染したのはそれよりも8-9日前であったと指摘している。

彼女の母親は産婦人科医、兄も医者、マルタも近く医師の資格と取得することになっている。医者の一家なのである。父親が感染初期にテストをしていれば、抗生物質の登用などで、彼女は今回のような手紙を書く必要もなかったと綴っている。(参照:okdiario.com

どの国もそうだが、政治家は特権に恵まれ過ぎている。政府の誰も病院に医療班を慰労すべく視察していないというのは閣僚としての資格はない。医療班を生命を危険に晒す病院に送っているのは政府だ。そのトップにいるのはサンチェス首相だ。

彼も病院を視察して医療班を慰労することをしていない。その理由は明白だ。十分な防護服を医療班に提供していないという恥辱を感じていたことと、生命にかかわる危険な場所だという恐れ。この二つのことが邪魔して政府の閣僚は誰も病院を視察しないのである。非常に遺憾だ。