地球は閉じ込められた。人は死に、葬儀もできず、泣き叫ぶ。怒りをぶつける相手がいない。経済が潰れる。神にすがる。歌う。14世紀のペスト、19世紀のコレラを凌ぐ地域に広がる。2次の世界大戦を上回る地帯が被害を受ける。戦後、核の脅威があり、地域紛争があり、テロがあり、震災や台風があり、それら危機に何とか折り合いをつけてきた人類を待ち受けたのが、疫病だった。
見えない敵をどう抑えるか。いや、戦う相手ではないのかもしれない。風邪やインフルエンザのように、折り合いをつけ、同居していく相手なのかもしれない。ペスト流行では当時の世界人口の2割が死んだという。そんな事態にならぬことを祈る。
逆に、どうだろう。コロナが経済を2割殺すと想定したら。今の経済が2割なくなったら、ぼくらは2割死ぬだろうか。んなこたああるまい。今GDPは550兆円で、2割少ない450兆円というのは1990年、バブルの時期だ。平成の始まりだ。あの頃、ぼくらは案外幸せではなかったか。豊かじゃなかったか。バブルが弾けたって、さほど気は滅入りもしなかった。令和の始まりに、仮にそれくらい落っこちたって、という腹ぐくりも、あっていい。
いったん落ち着こうぜ。
しかしまだ世界はこうもバラバラだったのか。トランプさんが中国をののしり、中国が反論し、という諍いではなく、それぞれの国の仕組みがだ。中国の独裁政権は徹底的な封鎖と顔認識技術を導入した追跡をかける。大統領制のフランスも厳しい外出規制をとる。同じ大統領制でも合衆国のアメリカは地域差が激しい。日本と同じ議院内閣制のイギリスは集団免疫の獲得という独自路線を図るもジョンソン首相が感染入院した。インドは警官が外出する民衆に腕立て伏せをさせる。ロシアは何が起きているのかよくわからない。
どの仕組みがコロナに効くのか。まだわからない。だがこれは政治と危機管理に関する地球規模の実験だ。成功・失敗のテストベッドが多数同時に走っている。他国の結果を待って対応する暇がない。いずれまた来る世界同時の危機に、今回の多元的な実験は何をレガシーとするだろう。
日本にとっては、敗戦以来の、3.11を上回る全国規模の危機。まだ評価するには早いが、今のところ踏ん張っていると見る。死者数にしろ、社会的な混乱にしろ、経済の落ち込みにしろ、他国と比べればましだろう。敗戦国であり、政治にさほどの権力を与えていないこの国は、幸か不幸かロックアウトもできない。コンビニも開いていて、ジョギングの姿も見える。
どれだけコロナを抑えられるかは、自粛と忖度にかかっている。国や自治体の「要請」という空気のようなものの効き目は、それを受けた民がどれだけ自粛し、どれだけ忖度するか次第だ。自粛自粛自粛。忖度忖度忖度。平成の日本を縮こまらせてきた主犯である、この空気を読む2つのクセに頼るほかない。
非常事態宣言が遅い。緊急経済対策は真水が少ない。消費税ゼロにしろ。マスク配れ。マスク配るな高すぎる。政府と東京都は事前にちゃんと調整しとけよ。大阪と兵庫はケンカするな。
民の大声を耳にする。たくさん耳にする。みんなお上を頼るんだなぁ。みんな信頼してるんだなぁ。お上はうまくやってるってことだなぁ。
さて、問題はデジタルである。
世間の底が抜けず、なんとか体制を持ちこたえているのは、SNSやネットで情報を共有してきた訓練のたまものでもあろう。9.11も3.11もローカルな事件だった。今回はスマホ・ソーシャル普及後初の世界的危機だ。情報空間にはフェイクもデマも多いが、それを上回る対コロナの作戦に満ちていると思う。デジタルは反ウィルスの役に立ちたい。
そしてこれは日本にとって慶事かもしれない。日本はITで30年負けてきた。それを覆す機会かもしれない。むしろ、ラストチャンスとしてコロナを活かすほかあるまい。外食、観光、興行など直撃を受ける分野もあり、産業・文化が壊れることを実に懸念する。が、一方、eコマース、映像配信、ネットゲームなど巣ごもりネット特需に沸く業界もある。eコマースのB2C比率6%を中国並みの20%に持ち上げるチャンス。eスポーツ50億円市場を韓国並みの人気に高め700億円市場に育てるチャンス。
30年前から期待されながら進まなかったテレワークもようやくリアリティーを得た。産業界のIT利用に弾みがつくだろう。東京商工会議所の調べでは、企業の4分の3がテレワークを実施できないという。IT普及から四半世紀、サボっていただけだ。やればできるし、やれなきゃ死ぬ。
74.0%がテレワーク実施できず、社内体制の整備などが課題、東京商工会議所が調査(BCN+R)
そしてそれらに比べ遅れに遅れていた3分野、行政、医療、教育もデジタル・ファーストに飛ぶべき時期だ。
霞が関も腰を上げ、会議を遠隔で行うようになった。官僚の操作がおぼつかないシーンを見かけるが、ご愛嬌、すぐ慣れるさ。医療もオンライン初診を認めるという、超硬質の岩盤がちょっぴり動いた。
そして何より今回、躍進するのが教育である。PC1人1台の達成、オンライン教材の著作権処理円滑化などの措置が緊急経済対策に盛り込まれ、状況は一変する。日本の教育情報化はOECD最低、途上国以下と嘆き続けてきた半年前までの自分に、「イヤなこともあるけれど、いいことも起きるよ」と呼びかけてやりたい。
コロナ苦境を乗り越える。同時に、それをテコに、平成30年ができなかったデジタル・ファーストを達成し、レガシーとする。それが開けたころ、五輪を迎える。アフター・コロナのデジタルな五輪を設計しよう。
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2020年4月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。