与党の了解も得て閣議決定した補正予算を組み替えるという異例中の異例のプロセスの中で、一律10万円の給付が決まりました。
単純に考えると、10万円×人口で12兆円かかりますね。
2020年度当初予算の税収は、63.5兆円ですから、1/5に当たります。
実際は、コロナの影響で税収は大幅に下振れするでしょうが…。
何が言いたいかというと、めちゃくちゃ大きな政策が、
世間の注目を集める中で短時間に決まったので、
検証をしておきたいのです。
1.この一律10万円給付の「政策目的」は?
この、一律10万円給付の政策目的ってなんでしょうか?
安倍総理の会見の説明は以下の2つです。
■ みんなが求めている。
国民の声、与党の声、野党の声という言い方をしていました。
■ 国民の連帯感が大事だから。
「ほとんどの国民が外出自粛で不安の中、みんなが連帯して乗り越えていかなければならない。」という言い方をしていました。
1つ目の「みんなが求めている」というのは、政策目的ではありません。
政策の民主的正当性です。
2つ目は、とても分かりにくいですが「大変だけど、我慢してね。全員に配るから皆で一緒にがんばろう。」ということでしょうか。気持ちの問題というか精神論でしょうか。
2.元々は生活保障
今回の話は、元々は生活保障から始まっていますね。
コロナによって生活が苦しくなった人を救済する
「一世帯30万円の給付」
です。
これを、ちょっと整理すると
■ 政策の目的 生活の保障
■ 対象者 以下のいずれかに該当する人のことです。
① 収入減少、かつ、住民税非課税水準以下になる。
② 収入半減、かつ、住民税均非課税水準の2倍以下になる。
※ 分かりやすくするために細かい条件は割愛しています。それでもちょっと難しいですが、要はめちゃくちゃ苦しい人が対象です。貧困世帯か、収入半減するほど大打撃という感じです。細かい条件を知りたい人は総務省のHPをご覧下さい。
3.ふくらむ不満
この給付金に対して次のような大きな不満が出てきました。
■ 不満その1
めちゃくちゃ苦しくなった人以外、かなり困っている人とか結構困っている大勢の人がもらえない。
■ 不満その2
めちゃくちゃ苦しい人も、もらえるまでに時間がかかるので困る。
不満その1について、
確かに対象者の範囲が狭いですね。すごく困っている人以外は対象外という感じですね。
不満その2について少し解説したいと思います。
役所が国民から集めた税金等を使ってお金を配る場合、本当に申請者が条件に合っているか、なるべく厳しくチェックします。これは、不正受給を防ぐためです。
したがって、条件が細かくなるほどチェックが大変になります。申請する人も、条件に合うことを証明する書類の提出など大変です。だから、どうしても時間がかかります。
これに対して、一律給付は住民票があればOKなので、申請も役所の確認も簡単で早いのです。
本当は、マイナンバーカードに収入の情報など多くの情報がリンクするようになれば、こういう役所への申請・審査は早くなりますが、今はそこまで進んでいませんし、個人情報の扱いについて慎重な意見もあります。
この2つが評判の悪さです。
これがどんどん大きくなっていきました。
世帯構成ごとに収入の細かい条件があるので、世帯人数が多くても給付額が同じなど不公平感も指摘されました。
この不満が世の中に大きくなっていった結果、野党からも一律給付を求める声が出てきて、与党(特に公明党や自民党の若手)からも声が上がりました。
それを受けて、とうとう政府は一律10万円の給付へと方針転換しました。
4.分かりにくい支援の全体像
それにしても、今回のコロナに伴う支援策は分かりにくいですね。
一世帯当たり30万円の給付金(取りやめ)や、一律10万円給付に注目が集まっていますが、実は他にも色んな支援策があるのです。
- 雇用調整助成金という売上げの落ちた企業が雇用を守るために従業員に支給する賃金への助成を大幅に拡大しています。
- 個人向けの緊急小口資金の貸付けもあります。
- 児童手当の増額(子ども1人につき1万円)もあります。
- 小学校の休校で仕事ができなくなった人向けの助成金もあります。
- 売上げが半減した中堅・中小企業、個人事業主向けの給付金もあります。
色んな企業や個人への支援がたくさんあって、それぞれ過去にないほどの拡大をしたりしていますが、結局のところ、どういう人がどのくらい救済されるのかという全体像がよく分かりません。
正直、誰がどう救われるのか、漏れている人がいるのか、僕もよく分かりません。
これも、一世帯当たり30万円の給付金(⇒一律10万円給付)に強い注目が集まってしまった要因になったように思います。
色んな対象者を想定して、それぞれがどの制度で救われるのかというマッピングを丁寧にやっていたら、足りない部分も分かって制度検討にも役立ちますし、もう少し生活者も安心したかもしれません。
5.一律10万円給付はよかったのか
もちろん、全員が「もらえたらありがたい」と思うのは人情だと思います。
ただ、このお金は国債なので、どこかで穴埋めが必要になってきます。
できれば必要な人に限定したいところです。
穴埋めというのは、以下のようなことです。
- 経済がよくなって自然に国の税収が増える
- 増税する(つまり税率を上げる)
- 社会保障を大幅にカットする
インフレで国債を持っている人(機関)が実質的にかぶるというシナリオもありえますが、それも困る人が出てきます。これだけで議論がかなり広がっていくので横に置いておきますね。
経済がよくなるのはよいことですし、もちろんそれを目指すべきが、生産年齢人口が減少する中で、そんなに大きな成長は望めないでしょうし、予測がなかなかつかないですね。
となると、増税と社会保障のカットですが、どっちも国民が困るのでとりたんくないですね。
なので、なるべく給付に使う予算を少なくしながら、必要な人を救いたいと思うわけです。
なんとなく一律10万円、みんなもらえるようになって、ありがたいと思う一方で、モヤモヤするところがあるとすれば、こういうことではないでしょうか。
僕自身も、もう民間人だし零細企業の事業主なので、それはもらえたらありがたい気持ちもありますが、やっぱりちょっとモヤモヤします。
6.政策目的と手段
僕が、ここで考えたいのは政策目的と手段が合っているかということです。
生活保障が政策目的であれば、一律はおかしいのだろうと思います。
例えば、収入が減っていない、解雇のリスクもほとんどない公務員や大企業の従業員などが対象になっていることに理由がありませんね。
申請した人がもらえるもの、困っていない人は申請しなければいい、寄附をしなければいいと、なにかグルグル回る議論が生じます。
消費を刺激するための経済対策であれば、おそらく今ではなくて消費行動がとれるようになったタイミングの方がよいように思います。
それと、消費拡大効果なども考慮して、他の手段との比較も必要でしょう。
だから、政府もこの一律10万円給付を、生活の保障のためとも、経済対策とも決して言わないのです。
これが、総理が
■ みんなが求めている
■ 国民の連帯感が大事だから
と説明した背景です。
また、経済危機の時の前例にしないように、今回のコロナの場合に限定できる言い回しにしたものと思います。
僕も、正直100点満点の答えが見つからないのですが、ちょっと、一律給付論に勢いがつきすぎたかなあという気がしています。この際、本来救わなくてもよい人も対象にするのは仕方ないとして、他の手段で救われる属性の人は対象にしなくてもよかったかなあと思っています。
収入の状況で対象者を分けると、給付に時間がかかってしまうので、対象者の確認が簡単な属性で区切るという考え方です。
本来は 雇用保険の被保険者は、事業主の支援を徹底的にやることで救えなかったかと思っています。雇用保険の被保険者というのは、週20時間以上の労働時間の被雇用者で、約4,400万人います。もちろん、雇用保険の被保険者も困っている人や不安な人がたくさんいると思いますが、まだ事業主が休業補償したり、その事業主に政府が支援するというチャネルが残っています。
学生バイト、週20時間以下の労働時間のパートの方、失業者などは、給付金の対象にしてよいだろうと思います。
その他、公務員が約330万人、国と地方の議員が約3万3,000人いますが、この人たちも対象から外してもよかったかもしれません。
あと、年金生活者は収入が減らないじゃないかという議論がありますが、年金生活者の中に悠々自適な人と、低額の年金をもらいながら仕事もいくらかしてなんとか生計を立てている人と、色んな人がいます。そこを厳密に分けるのは線引きもかなり難しいのと、やはり給付に時間がかかってしまうので、年金生活者は思い切って対象にしてはどうかと思います。
あとは、給付を受けた人に、生活が安定したら自主返納をしてもらうか、医療関係や感染症対策を強化する機関に寄附をお願いするのもありかと思います。
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編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2020年4月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。