『Winny天才プログラマー金子勇との7年半』を読む③

2020年05月03日 06:00

報道されなかった事件の真実(26.「主質問」より)

2005年11月17日の公判で、壇氏は事実経緯に関する被告人質問を行った。最初は金子氏が緊張のあまり、壇氏の聞いた質問ではなく、次の質問に答えるハプニングもあったが、軌道修正の後、以下のとおり順調に進んだ。なお、今回も引用については著者の了解を得ている。

落ち着いた金子は、ようやく聞かれたことについて語り始めた。

Winny 著作権侵害ツールではないことを。

その後特許取得したP2P ネットワークにおけるコンテンツ管理システムの構想を。

彼がWinny で違法なやり取りをしないように呼びかけていたことを。

Winny を悪用した情報漏えい問題に対して対応できないことへの忸怩たる思いを。

京都府警が、彼を何かのファイルをアップロードしていたら現行犯で逮捕出来ると考えて 自宅に捜索に入り、彼のPC でWinny をつかって2時間 くらい アップロード実験を試みたが、 ダウンロード専用Winny であったので 、現行犯逮捕が 失敗に終わったことを。

それでも彼の立件をあきらめきれない警察が、彼を富士見警察に任意同行し、Winny の開発をしないという 「 誓約書 」 を書いて良いと言ったのを利用して、著作権侵害蔓延目的である旨の作文した「申述書」 を書き写させていたことを。

取り調べで警察や検察が彼を恫喝して、罪を認めさせようとしていたことを。

それらは当時世間で誤解され、未だ誤解されている、報道されなかったWinny 事件の真実なのであった。

その後、検察が被告人を問い詰める反対尋問が2006年3月と5月に開催された後、一回の整理手続きを経て、論告・求刑、弁論を終えたが、「あの時点では、我々は無罪であることを確信していた」としている(29. 「反対尋問」より)。 

有罪判決(30.「落胆の刻」より)

2006年12月13日の午前10時に1審の判決の宣告が京都地裁であった。

(中略)

被告人を罰金150万円に処する。

(中略)

裁判長は主文に続いて、判決の理由を述べ始めた。つまらない内容であった。

ただ、被告人の主観的態様の項になったとき、裁判長は、

「被告人が著作物の違法コピーをインターネット上にまん延させようと積極的に意図していたとする部分については,その供述に信用性は認められない」と言った。

これは、検察官が有罪の中核に据えていた事実を裁判所が否定したことを意味する。

これではまったくのチートである。

「だったら無罪だろうが!」

私は、立ち上がって怒鳴りそうになったが、そんなことで有罪判決は覆らない。

では、なぜ有罪なのか?それは、弁護人も検察も主張していない基準と事実認定によるものであった。悪名高い著作権関係団体ACCS が統計の基本を無視した調査方法で作った「ファイル共有利用実態調査報告書」の調査結果を根拠にしていて、ファイル共有ソフトの92%が著作権侵害に使われていて、Winny もファイル共有ソフトである。 だからほう助なのだと。なんだ、その理由は、

(後略)

ほう助で開発者を処罰することは、殺人に使われるとの理由で包丁や自動車の開発者を罰するようなものだが、裁判所は、

  1. ファイル共有ソフトの92%が著作権侵害に使われている
  2. Winny もファイル共有ソフトである
  3. だからWinny も著作権侵害をほう助している

という三段論法で著作権侵害を認めた。

連載①で紹介したとおり、欧米版Winny のKazaa をボロWinny と酷評した村井純慶応大教授は、地裁での証言前の打ち合わせで、「その理屈だったら、日本にインターネット引いてきた俺が幇助じゃん」と述べている(23.「ミスターインターネット」より)。

村井純教授(Wikipedia)

Winny のビジネスチャンス(「38.高裁尋問後編」より)

2009年6月11日に大阪高裁で尋問が開催された。弁護側の最初の証人は木村和人インターネットイニシアティブ(IIJ)ネットワークサービス本部長だった。

(前略)

「ファイル共有という観点からですが、現在行われているサービスファイル共有はありますか」

「Youtube やニコニコ動画があります」

「これらでは、著作権侵害の可能性のあるファイルはありますか」

「はい」

「逆に有意義に使えるというのはありますか」

「テレビ局が自分達の番組をアップロードしたり、政党が主張を動画にして皆さんに見ていただくということもあ ります」

「Winny がコンテンツ流通の発展に関して役割を果たしたといえることはありますか 」 「 (ACCS のファイル共有利用実態調査の)Winny の利用者へのアンケートの結果、見逃した番組を見れるからと いうのが非常に多かった。当時はそういう番組を提供するビジネスはなかったのだが、Winny のユーザーがそういう 発言をすることにより、ニースがあるのだというマーケティング的な要素がそこで発掘されたのじゃないでしょうか」

「Winny の開発が続けば、権利者の同意を得たコンテンツというのが流通していく可能性というのはあるとおもっていましたか」

「はい」

このあたり、Youtube もiTunes も何も無かった逮捕直後には、したくても出来ないような尋問である。この事件をしている間にも世の中には新しい技術が出てきているのである。ただ、その技術が日本のビジネスを駆逐したのは残念ではあるが……。

(後略)

壇氏の指摘するとおり、2004年5月の金子氏の逮捕直後にYouTube は存在しなかった。

  • YouTube 誕生の歴史
2005年2月 www.youtube.comのドメイン登録
2005年4月 最初の動画の投稿
2005年5月 ベータ版公開
2005年12月 公式サービス開始

出典:YouTube(ウィキペディア)

それどころか金子氏の逮捕後,捜査当局がWinnyの改良を禁じ,欠陥を修正できなくしたことによって、問題はさらに深刻化した。

ソフト開発ではまずベータ版(試作品)を出して、バグ(欠陥)やセキュリティーホール(安全上の弱点)を利用者に指摘してもらい、改良して、完成版にしていくのが一般的である。2004年に金子氏が逮捕された後は、この作業をストップしたため、自衛隊や刑務所,病院といった公的機関の情報が大量に流出し,回収不能となった。おひざ元の京都府警も例外ではなく、2004年3月に巡査が仕事で使っていたパソコンがウイルスに感染して、Winny ネットワークで情報が漏えいしてしまった 。

2006年には安倍官房長官(当時)が国民にWinny の利用自粛を要請するに及んで、Winny はすっかり悪役になってしまった。

対照的にYouTube は快進撃を遂げ、壇氏が残念がるとおり、日本のビジネスも駆逐してしまった。

2006年4月27日付CNET Japan の「動画共有サイト『YouTube』、日本から212万人が訪問–利用率は米国内に匹敵」は以下のように報じた。

ネットレイティングスは4月27日、2006年3月期のインターネット利用動向調査の結果をまとめた。それによると、米YouTube の動画共有サイト「YouTube」に、これまで日本から200万人以上が訪問し、そのリーチ(利用率)は米国内と同水準まで高まっているという。

(中略)

日本のユーザーのYouTube へのアクセスは2005年12月から急増し、2006年3月には212万人に達した。日本国内での利用率は5.2%と、米国内での利用率5.4%に近づいている。また日本のユーザー1人あたりの平均訪問頻度は3.2回、利用時間は約33分と、いずれも米国ユーザーを上回り、「日本のユーザーの熱心な利用状況が浮かび上がった」(ネットレイティングス)という。

(後略)

木村氏の証言どおり、日本でもWinny に対するニーズは十分あったわけである。

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国際大学GLOCOM客員教授、米国弁護士(ニューヨーク州・首都ワシントン)

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