失われる人命の最小化こそ目的
安倍政権は緊急事態宣言を延長した直後に、「しまった」と思ったのでしょう、段階的な自粛解除に軸足を移そうとしています。日本は欧米主要国に比べ、圧倒的に少ない死者数に抑制されてきたのに、実態を直視せず、欧米並みの緊縮措置をとった結果、欧米並みの深刻な経済危機に追い込まれてしまいました。
その結果、日本も、桁はずれの規模の金融財政出動に踏み切らざるを得なくなりました。実効再生産指数が1以下(感染拡大が収束する方向)なっていたのに、安倍首相は月末まで宣言を延長をしてしまいました。延長すれば経済の落ち込みが続くため、自民党内では「第一次に続き、100兆円規模の第二次経済対策を講じるべきだ」という声が高まっています。何をやっているのだろうか。
正体不明のコロナウイルスですし、治療薬の使用もこれからという段階ですから、過剰なコロナ危機対策をとっても、社会的に許容されてしまうのです。生死の選択に迫られている国民、休業や失業に直面している企業や従業員、選挙対策のために政治的動機を優先する政治家は与野党問わず、大規模な財政拡大に反対はしない。冷静に立ち止まり、これで本当にいいのだろうかと、検証すべき時です。
コロナ危機対策では、感染症が生死にかかわり、「人命は経済より尊い」が日本の社会通念ですから、本音で語ることがなかな許されない。と思っていましたら、ニュージーランドの研究機関が「国内総生産(GDP)の何%までなら、医療関連の政府支出を経済的に正当化できるか」を試算しました(4/27日、FT紙・日経のコラム)。非情な計算が注目されています。
「3万3600人(感染拡大を放置した場合の死者数予測)の命を救うのに、GDPの6・1%までなら政府支出を経済的に正当化できる。1万2600人(感染拡大が抑制された場合の死者数予測)なら同3・7%までなら正当化できる」。報告書の結論は「支出がそれ以上膨らめば、コロナ対策ではなく、公共投資や別の医療サービスに使ったほうが長い目でみると、多くの命を救える」です。コロナ死者がでても、経済を動かしたほうが社会として死者数を最小化できる、です。
ニュージーランドは人口490万人で日本の20分の1以下です。早期に外国人の入国を禁止し、コロナ対策が成功した国として、国際的な評価を受けています。感染者は1500人、死者21人(3日現在)、かりに20倍すれば死者は420人(日本は600人)。人口あたりの死者数は日本と大差がありません。この種の議論は、日本ではタブー視され、やろうものなら袋叩きにある。でも必要なのです。
政府のコロナ対策は「PCR検査数が国際的にみて圧倒的に少ないし、症状が重くないと、検査を受けさせない」「安倍政権のコロナに対する危機管理が出遅れた」「感染症に対して、統合的に取り組む組織を設置しておらず、危機意識が足りない」などの批判が噴出しています。
事実でしょう。とても誉められたものではない。それにもかかわらず、感染者も死者も、G7(先進主要国)の中で圧倒的に少ない。100分の1、50分の1といったレベルです。国の対策がお粗末だったのに、なぜこんなに少ないのか。それに言及する専門家、メディアは少ない。「人命は重い。たとえ少数であっても、国の無策で失われることがあってはならない」と、タブー視し議論を回避しているのです。
言論プラットフォーム・アゴラには、参考になる論考が登場しています。「BCG接種国の日本、韓国、台湾などは死者が少ない。統計が示す仮説だ」「HLA(ヒト白血球抗原)仮説は、白血球の血液型のタイプによって、コロナにかかりやすい民族・国民であるか否かがゲノム分析で分かってきた」など、興味深い。政権の失態の有無とも関係なく、感染被害のおおよその規模は決まるというのです。
「日本では感染拡大のピークはとっくに過ぎている。緊急事態宣言を延長するのは誤り」「延長すると、経済が受けるダメージが大きくなり、不況になり、自殺者を生む。コロナによる死者より、自殺者数が多くなってしまう」などの指摘は参考になります。
これらは、安倍政権を持ち上げるどころか、国の間違った対応に対する批判です。コロナウイルスは根絶はできません。第二波、第三波がきたら規制を復活させて、徐々に終息させていくしかない。「政府は数字を隠している。実際もっと被害者は多いはずだ」という反論があります。そうなのでしょう。その点は、各国とも同じです。正確な死者数に修正されても、10倍になることはない。
「集団免疫論(多数の人が免疫を持っている集団では、感染の連鎖が断ち切られる)」にも「集団免疫が成立するまでに、日数がかかる。その間に、多くの犠牲者がでる」という反論がでます。「検査数が少なく、感染者数も分からないのに、集団免疫論をとなえるのか」です。政治家も「犠牲者が出るの覚悟してくれ」と、なかなか言えない。冷静な議論を許さないタブーが多すぎるのです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2020年5月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。