令和の大政奉還論:自公+国民民主、維新で首都機能移転を(上)

2020年06月01日 06:00

『武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。二つ二つの場にて、早く死ぬはうに片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわって進むなり。図に当らぬは犬死などといふ事は、上方(かみがた)風の打ち上がりたる武道なるべし。二つ二つの場にて、図に当ることのわかることは、及ばざることなり。我人、生くる方がすきなり。多分すきの方に理が付くべし。若(も)し図にはづれて生きたらば、腰抜けなり。この境危ふきなり。図にはづれて死にたらば、犬死気違なり。恥にはならず。これが武道に丈夫なり。毎朝毎夕、改めては死に改めては死に、常住死身(しにみ)になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度(おちど)なく、家職を仕果すべきなり。』 ~ 山本常朝 『葉隠』聞書第一 ~

『一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし』
~ 新約聖書 ヨハネ伝 第12章24節より ~

官邸サイトより

安倍政権の支持率が急落している。5月後半になって行われた朝日・毎日などの世論調査では、ついに20%台となり、他の調査でも軒並み30%台となっている。まさかの賭けマージャンによる辞任となった黒川氏を巡る問題(検察庁法改正案の撤回)が直接の引き金となっていると思われるが、新型コロナ対応も政権の評価を下げているのは間違いない。

特に後者は、諸外国に比べて結果は出ているのに(人口当たり死者数の少なさ)、国民とのコミュニケーション不足(回数・中身ともに)や国内外への説明・PR不足で支持率を下げている感じもある。ほぼ報道されていない印象だが、OECDが26日に発表した今年の第一四半期の経済成長率を見ると、日本は、「命も経済も」が功を奏して、諸外国中、最も成績が良くなっている(政権は、もっとこういう宣伝をしても良いと思う。下記URLから見られるOECD発表のグラフは結果が一目瞭然なので、是非ご覧頂きたい)。

そう考えると、コロナ対策を巡る政権への批判は、やや可哀想なような残念なような気もしないでもないが、現実は現実として受け止めなければならない。
OECDのレポート

政権の支持率浮揚が見込まれた東京オリンピック開催も遠のいてしまい、しばらく、ウィズコロナの時代が続く中で、今から支持率を上げるのは容易ではないであろう。人心一新と称しての乾坤一擲の内閣改造なども考えられるが、そうした「目くらまし」は、ごく一時的な効果はあっても、長くは通用しないと思われる。

先述のように、コロナ被害が相対的に小さく済んだ日本経済は、OECDが評価するように短期的には、色々な意味で持久力があるのだろうが、そもそもの人口減・高齢化などによる成長余力の相対的小ささや、今回浮き彫りになった科学的対応・デジタル対応の遅れなどから、ウィズ・アフターコロナ下での中長期的な成長はあまり望めない(以下の日経の記事など参照)。

日経の記事

間もなく(本年8月末に)、通算在任期間だけではなく、連続在任期間も歴代最長となる安倍首相ではあるが、さすがに、国民的な「飽き」が来ている感じもある。一時は自民党安倍総裁4選説(=総理の任期延長)も盛り上がっていたが、官邸周辺の不協和音も様々に取りざたされているところ、そろそろ「後世に何を残すか」ということを考えて、どう閉めるか(締めるか)を意識することが必要だと思われる。

迫力・覇気を持って何かを達成できるのも、冒頭の「葉隠」や「新約聖書」の一節ではないが、「死(終わり)」を意識することによってこそだと思う。逆説的だが、そうした終わりを意識して「捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」と突き進むことが、もしかすると延命につながるかもしれない。

二項対立で新たなうねりを生め

では、後世へのレガシー(遺産)ということも意識して、命がけで何をやるべきか。安倍首相の本音としては、憲法改正の実現が、政権発足時から念頭にあったと思われるが、今や、望むべくもないというのが周囲の一致した見方であろう。

そんな中、常識的には、世の中を感情的に二分するようなイッシューを取り上げること、即ち「二項対立(=VS構造)」を意識して、その片方に与するというのは、割とオーソドックスな考え方だ。二項対立は敵を作るが、それだけに、大きなうねり・エネルギーを生むことにもなる。

「郵政解散」を宣言する小泉首相(当時の官邸サイト)

最近というほどでもないが、それなりに近い例だと、小泉政権末期(2005~6年頃)の郵政民営化の実現(自民党を二分する形で衆院を解散→法案成立)が、記憶に残るところだ。現代に当てはめると、具体的には、以下の3つが容易に想起される。

  1. 世代間対立を捉えて次世代のために高齢者優遇を犠牲にするような社会保障改革を進める
  2. 所得格差を意識して貧困層対策を思い切ってやる
  3. 都市と地域の懸隔を見つめて地域優先の施策を打つ

おそらく、コロナ禍の前は、安倍政権は上記1)を意識していたふしがある。一時は3)を推進するべく(2014年~)、地方創生担当大臣ポストをつくって、まち・ひと・しごと創生本部などを設立したり、その後は、2)を捉えて、一億総活躍などを推進したが、「一億~」が典型だが、敵を作らないようにしすぎたため、正直、世論を十分に盛り上げるという意味では不発に終わった。(ただし「政権の維持」という意味では、党内対立などを回避しつつ、多少の「やっている感」を出すという意味で功を奏したことは確かである。)

そんなこともあり、今次は、1)を推進すべく、西村経済財政担当大臣(いまや、むしろコロナ対策担当大臣として有名になったが)を、全世代型社会保障担当大臣に任命したが、これまた敵を作らないようにするため「全世代型」としたので、やや焦点がぼやけたことは否めない。このままオリンピックを待ち、ある程度の支持率を維持するだけで良い、という状況下では十分な戦略であったかもしれない。

ところが今や、新型コロナが襲ってきた。第一波は収束しつつあるが、まだワクチンや治療薬が開発されたわけでもなく、第二波も「必ず来る」とも言われている。このような国家的・世界的危機の下、もはや1)~3)のような極端な二項対立路線は取る余地がない。ある程度、国民の総意で動かしていけるようなレガシー(遺産)づくりを考えるしかない。

遷都こそ安倍政権のレガシーに

詳しくは、以下のJBpressに寄稿した論考を参照していただきたいが、私は、政権が最後に乾坤一擲のレガシーづくりに採用すべきは、遷都(首都機能移転)論だと考えている。

コロナ危機に大胆な経済対策を!新・首都機能移転論

これは、震災やパンデミックから首都機能を守るためのリスク分散でもあり、不発に終わりつつある「地方創生」を本格的に進める切り札でもあり、そして、何より、景気回復を図りながら、ウィズ・アフターコロナで最も良く言われるテクノロジー導入・実装を推進する大きな一歩になり得る。

まぽ/写真AC

もちろん、現在首都機能が集中する東京圏は、議論としては「抵抗」するかもしれず、その限りにおいて「二項対立」的と言えなくもないが、以下の拙稿に詳述してあるとおり、首都機能を全部を丸ごといきなり動かす「分かりやすい遷都」である必要はなく、また、東京は、首都機能の移転くらいで没落する「やわな都市」ではない。経済は言うに及ばず、今や、様々なアートや食などに溢れる文化都市としても十分に機能すると考えるべきだ。

ウィズ・アフターコロナの世界は、私見では、一言でいえば、分散型社会だ。象徴的に言えば、コンパクトシティの推進よりも、「現代の土管」とも言うべきインターネット・ウェブ用のインフラの整備を重点的に進めることが望まれ、集住よりも、むしろ、分散的に暮らすことが推奨される気がする。合理や効率が行きわたったオンライン環境と同時に、自然豊かなスペース十分なリアル(住環境・職場環境)が重視され、倫理的・心が豊かになる生活も求められる。

少し間接的影響にはなるが、結果として、再生可能エネルギーを中心とした域内循環型経済が各地に広がって行く可能性も感じている。ドイツ語でいう、いわゆるシュタットベルケ(電力などのエネルギーインフラが典型だが、地域のインフラ運営を担う会社が各地に出来、その収益を域内で回していく仕組み)的な存在が地域を支える大黒柱になって行く可能性だ。既に、日本でも、コロナ禍前に、各地で地域電力会社が設立されてきてはいる。

こうした動きを後押しするためにも、「起爆剤」が必要で、それは、例えば霞が関の官庁を、国交省はどこそこ、環境省はどこそこ、というように、展都・拡都的に、或いは、分都的に、移していくことではないかと思う。現代の遷都論としての首都機能移転論だ。司法・立法・行政の三権がそれぞれ別の都市にある南アフリカが典型だが、イギリスやドイツ、ロシアなどを筆頭に、世界でも首都機能は分散化してきている。

最後に問題となるのは、これをどのように推進するかであるかだ。

編集部より:(下)はこちら

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朝比奈 一郎
青山社中株式会社 筆頭代表(CEO)

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