やっつけ仕事で読者を惑わす、文春オンラインの池上解説

2020年06月04日 06:01

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ググっていたら、文春オンラインの「池上さんに聞いてみた」という記事にたまたま行き当たり、読んでみた。ついては、「『コロナ訴訟』はどうなる?」(6月1日)と「オブザーバー参加できない理由は?」(6月2日)の、2つの読者質問に対する池上彰氏の解説に異論を述べてみたい。

前者は、武漢発のコロナ禍に伴う損害賠償を中国に求める訴訟を、米国などの個人や州などが自国行政や中国に対して起こしていることについての問答、後者は、先般のWHO年次総会に、台湾が求めるオブザーバー参加が叶わなかったことについての問答だ。

異論を述べる気になったのは、先ごろ筆者がこれらとほぼ同じテーマで本欄に投稿したから。前者に対応するのは「中国共産党と習近平は裁かれ破産する!スティーブ・バノンの予言」*、後者に対応するのは「湾や香港よりも『国家』としての要件を欠く中国」。まずはご一読を願う。

さて、それぞれの文春オンライン記事を引用し、それに対する異論を筆者の投稿に基づいて述べる。

池上彰氏が解説「中国に損害賠償を求める『コロナ訴訟』の行方」

池上さんに聞いてみた。 池上 彰   2020/06/01

Q 「コロナ訴訟」はどうなる?

新型コロナウイルスの感染拡大の責任は中国にあるとして、政府などに訴訟を起こし、損害賠償を求める動きが広がりました。もし裁判が行われて判決が出た場合、効力が生じる可能性はあるでしょうか?(40代・男性・会社員)

A 国家に賠償を強制できるシステムはありません。

相手が国家ですと、拒否をすればおしまいです。国家に賠償を強制できるシステムはありませんし、国際機関もありません。また、感染拡大の責任が中国にあることを法廷で認めさせる、あるいは証拠を突き付けることは、まず無理でしょう。中国が調査に協力していないからです。これでは裁判に勝てません。たとえばアメリカのどこかの裁判所が、中国政府の誰かを法廷に召喚して被告人質問をしようとしても、中国は誰も出席させないでしょうから、裁判にならないでしょう。

それでも、裁判長が「中国政府が出席を拒んだから責任がある」として損害賠償を認める可能性があるかもしれません。でも、中国はこの判決を認めませんから、原告が「アメリカ国内の中国政府の資産を差し押さえてほしい」という訴えを起こし、裁判所がこれを認めた場合は、大騒ぎになるでしょう。以上は、頭の体操として想定可能な仮説を立てただけですが、どう考えても、中国政府が損害賠償するとは思えません。

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池上解説はその限りでは正しい。が、この問題に対する解説としてはかなり不十分だ。まず、確かに「国家に賠償を強制できるシステム」はない。ならば、なぜ「主権免除」という国際法の慣行に触れないのか。質問者は40代の歴とした大人で子供はない。読者を舐めてはいけない。

次に、質問者は「もし裁判が行われて判決が出た場合、効力が生じる可能性はあるでしょうか?」と問うているから、回答は、裁判が行われる可能性、予想される判決の内容、そして中国が判決に従うかどうかの三つであるべきだ。端から中国という国家だけを念頭に置くべきではなかろう。

筆者は拙稿で、中国という国を相手取る場合は「主権免除」の概念が働こうが、中国共産党や共産党幹部を相手取る場合はこの限りではないとし、それは、中国では共産党が国家や憲法の上位に位置づけられるからと書いた。初期の隠蔽工作の証拠も少なからずある。勿論、判決は予測不能だ。

だが、これは飽くまで在野の一好事家が、国際法や各種報道などに当たって得た拙論。一方、池上氏といえばテレビや雑誌での解説で禄を食む広義の操觚(そうこ。文筆家)ではないか。根拠も示さずにあれもこれも否定し、「中国政府が損害賠償するとは思えません」といわれても納得しかねる。

池上さんが振り返る、WHO総会への台湾不参加「政治的主張を持ち込むと…」

池上さんに聞いてみた。 池上 彰  2020/06/02

Q オブザーバー参加できない理由は?

世界保健機関(WHO)の年次総会に、非加盟の台湾が求めたオブザーバー参加が見送られました。台湾が感染者数を抑えていることが共有できないなど、デメリットもあると思います。参加支持を表明する国があっても、実現しない理由をあらためて知りたいです。(20代・女性・会社員)

A 中国政府の政治的主張によるものです。

「中国はひとつ」という中国政府の主張によるものです。WHOも国連機関です。国連での中国の代表は「中華人民共和国」であって、「台湾」(中華民国)ではありません。中国にしてみれば、「台湾は独立国ではなく、中国の一地方」です。中国の代表は中華人民共和国ですから、台湾は出席の資格がないということになります。WHOからの連絡は、中華人民共和国が受け取り、国の中の一地方である台湾にも知らせる、という態度を取っているのです。国際的に感染防止のために協力しなければならないときに、政治的主張を持ち込むと、国際的な規模での対策はスムーズに進まなくなるのです。

池上解説は一面ではその通りだ。だが、この問題に対する解説としては間違いもあるし不十分だ。まず、WHOやその主要国のこの問題に対する対応は、国際法の過去の慣例を正しく踏襲していない。そして本件の根底には、国家の要件や国家承認とはどういうものか、といった問題がある。

テドロス氏(WHOサイト)、蔡英文氏(台湾総統府サイト)

国家の要件は先述の拙稿を参照願うとして、国家承認についての結論を改めて記せば、仮にWHOが台湾を今回の総会にオブザーバー参加させたところで、そのことを以ってWHOや総会参加国が台湾を国家として承認したことにはならない、ということだ。

拙稿に書いたように、1954年のジュネーブ会議に米英仏などが、当時まだ承認する国が少なかった中華人民共和国を招聘し、参加させたことがある。しかし、だからといって会議への参加各国が中華人民共和国に黙示の承認を与えたことにはならないのだ。

筆者は、歴として国家の要件を備えている台湾は、明日にでも国家承認されるべきと思う。が、それはさて措き、そのことで台湾を国家承認したことにならないのに、WHO総会へのオブザーバー参加を認めないのは、WHOと参加各国が国際法に無知であることの証左だろう。

そして「政治的主張を持ち込むと、国際的な規模での対策はスムーズに進まなくなる」との解説も間違いだ。政治的主張を持ち込んでいるのは明らかに中国で、台湾が国民党の馬英九政権だった当時、こうした問題は一切なかった。これは民進党・蔡英文政権への中国による政治的圧力だ。

以上の二編を読んだ限りだが、その解説の特徴は、難解だが重要なことには触れずにそれらしい事柄だけを並べて、彼の思う結論を導くところにあるようだ。そして、こういった一面的で不完全な解説が文春オンラインという、それなりに権威ある媒体に載せられている。

その結果、多くの読者が池上解説に納得し、その事案を解説通りに理解してしまうとすれば、それはかなり由々しき事態ではなかろうか。幸いアゴラの読者諸兄姉にその心配は無用だが。

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