米ミネソタ州のミネアポリス近郊で5月25日、黒人青年が白人警察官に暴行された末、窒息死させられたシーンがテレビに放映されたことを契機に、米全土で警察官の蛮行に抗議するデモが行われている。「州外からきたアンチファシズムのプロ活動家」(ミネソタ州のウォルツ知事)が抗議デモを扇動し、暴動を駆り立てているとして、トランプ大統領は軍に出動を命じ、取り締まり出した。新型コロナ感染が依然懸念される中、各地で抗議デモが起き、米国内は混乱の様相を深めてきた。
警察官に窒息死させられたアフリカ系米人ジョージ・フロイドさん(George Floyd) の息子さんは、「警察官は法によって厳罰に処すべきだが、暴動は間違っている」とテレビのインタビューに答え、デモ参加者に平和的にデモを行うようにアピール。一方、ミネソダ州の警察官は、「抗議するのは理解できるが、略奪は全く別問題だ」と指摘、抗議デモに乗じて商店を襲撃し、破壊し、商品を盗む者に対しては厳罰で対応すると述べている。
現地からの情報では、抗議デモは米全土140都市以上に拡大してきた。トランプ大統領は、「彼らは動員された極左過激派の国内テロリストだ」と述べ、極左過激主義者アンティファをテロ組織と見なし、軍を出動させて厳しく取り締まると警告。なお、米軍が国内の騒乱に動員されたのは、1992年のロサンゼルス暴動以来という。欧州でも英国のロンドン、オランダのアムステルダム、ドイツのベルリン、フランスのパリなどで米国大使館前や路上で人種差別抗議デモが行われている。
アンティファは、アンチファシズムの略で、「ファシズムと戦う」ことを主要理念としている。メンバーは共産主義者、社会主義者、その他の過激思想保持者で構成され、暴力の使用を躊躇しない。トランプ大統領は昨年7月28日、ツイッターで、アンティファは「人の頭をバットで殴る急進左翼で、テロ集団に指定することを検討している」と述べているほどだ。アンティファはファシストに反対するだけでなく、資本主義にも反対している。支持者には社会主義者、人道活動家など、様々な政治信条の人々が結集しているが、その背後で運動を主導しているのは共産主義者たちだ。
冷戦は終わり、世界を一時席巻した共産主義は大きく後退した。しかし、資本主義の民主世界が腐敗し、精神的バックボーンを失ってきたのを尻目に、欧米社会で消滅したと思われてきた共産主義が蘇ってきた。アンティファは共産主義陣営の前衛部隊だ。
第2次冷戦時代は既に始まっているといわれる。第1次冷戦で敗退した共産主義者とその支持者は資本主義社会の奥深くまで潜入し、機会ある毎に社会を扇動し、資本主義社会の打倒を画策してきた。欧米メディアの一部では、米国内の暴動の背後には、中国共産党政権が暗躍している、といった憶測すら流れている(「極左『アンティファ』が日本でも」2019年11月7日参考)。
ところで、ドイツで極右過激派の運動にメディアの注目が集まる一方で、アンティファに理解を示す声が出てきている。米国の暴動に対し、メルケル連立政権に参加している与党パートナー、社会民主党(SPD)のサスキア・エスケン党首はツイッターで、「自分はアンティファを支持する」と表明し、トランプ氏がアンティファを国内テロと呼んだことに抗議した。「アンティファは民主主義の基本的な考えと一致する。民主主義者にとって当然の姿勢だ」とも擁護した。この発言が報じられると、国内で大きな反響を呼んだ。
同党首だけではない。トランプ氏の先月31日の発言に自身の政治信条が攻撃されたように感じる政治家や活動家もいる。メルケル首相の与党「キリスト教民主党同盟」(CDU)のルプレヒト・ポーレンツ氏もその1人だ。
もちろん、社民党党首の告白に驚きを表明している政治家もいる。「キリスト教社会同盟」(CSU)のマルクス・ブルーメ事務総長は、「社民党党首の発言は極左過激主義者の言動を容認することになる」と警戒している。ドイツではアンティファは極左過激主義と受け取られている。
1945年以降、共産主義政党はアンティファシズムの旗を掲げ、社会民主主義政党や人道主義的な政党などに声をかけ、扇動やプロパガンダを繰返してきた歴史がある。共産主義陣営にとって都合が良かったことはアンティファ運動がアンチ全体主義運動とならなかったことだ。アンティファを標榜する共産主義政権は誰の目から見ても全体主義国だ。一党独裁で言論の自由は制限されている。アンティファ運動がアンチ全体主義国に向かわないように、共産主義者はこれまで腐心してきた。その試みはこれまでのところは成功している。エスケン社民党党首のように、極右過激派を酷評する一方、アンティファ運動の背後で暗躍する共産主義者に踊らされている政治家が少なくない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年6月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。