世界史の一幕として2020年新型コロナを総括

2020年06月20日 11:30

写真AC:編集部

新型コロナウイルス事件が世界史でどのように呼ばれるかは分からないが、二度の世界大戦に次ぐほどの大事件だったことは間違いない。わずか半年足らずでこれほどまでに世界は変わってしまった。

しかし、あまりにも多くの出来事があったので、全体像をみんな把握できなくなっているように思う。

そこで、『日本人がコロナ戦争の勝者となる条件』(ワニブックス)では、歴史としてこの半年の事件を整理するような試みをしている。

そうした整理はあまりなくて、私自身が書くのに当たってかなり苦労したくらいであるが、逆に、その時点ごとの切り取られた映像では、事件の全体像が分からなくなっているのでないかということも痛感した。

そこで、本日の記事では新刊書のさらに最小限のエッセンス、とくに昨年末から4月の緊急事態宣言までを概観してみなさんの頭の整理に役立てて欲しいと思う。

 2019年は、第1次世界大戦を終結させたベルサイユ条約の締結からちょうど100年目であった。パリで講和条約交渉が始まり、6月28日にベルサイユ条約が調印されたが、ドイツの山東半島権益を日本に引き渡すことに抗議した中国代表団は調印に加わらなかった。

 それから1世紀後の2019年は、パリのノートルダム寺院の火災があり、日本では新しい天皇陛下が即位され、香港では民主化運動が盛り上がりを見せた年だった。

中国の湖北省武漢において急性呼吸器疾患が集団発生したのは、2019年11月らしいが、日本では12月31日に最初の報道があったそうだ。一般に知られるようになったのは1月4日にテレビが報じてからだ。

そして2020年に入り、この病気は「新型のコロナウイルス」が原因であることが確認された。コロナウイルスは「風邪」の原因の10~15%を占めているが、新型コロナ(COVID-19)は人に感染した四番目のタイプである。

この疾患は、コウモリに起因するものらしく、武漢の海産物や生きた動物を売る「武漢華南海鮮卸売市場」に関連する人たちの間で広がったが、研究所がなんらかの形で関与した可能性は完全には否定できていない。

このウイルスは医療従事者にまで含めて広がって武漢で医療崩壊を起こしたが、中国政府が情報公開を十分にしなかったために、世界が事の重大性に気が付くまでに時間を要してしまった。

武漢市が人の出入り制限を始めたのは、最初の死者が出てから2週間後の1月23日、これに先立ってかなりの人数が武漢を脱出したことで感染が中国全土に広まった。また、1月24日~30日は中国の春節の休暇期間にも重なり、この時に封じ込めに失敗したのが禍根を残している。

そして、これが中国以外では、2月26日に韓国で、29日にはイタリアで感染者が1000人を超えた。

日本では1月16日に最初の患者が確認され、13日には最初の死者が出ている。また、2月5日には感染者を乗せた「ダイヤモンドプリンセス号」が横浜港に接岸したが、日本政府は上陸を認めなかったことは大ヒットであった。

WHO(世界保健機構)は「中国政府が十分に状況を制御している」としていましたが、3月11日になってようやく「パンデミック相当」との見解を示した。

感染者の症状については、重症者はほとんど高齢者であり、死亡率もインフルエンザより低いかもしれないといわれたが、武漢や、それよりは規模は小さいが韓国の大邱で地域的な医療崩壊を引き起こした。

つまり、医療関係者が感染するし、病床などもたりなくなって治療を受けられないまま人々が死んでいった。その中で、「高熱など発症しない感染者からの感染がある」らしいこと、「感染力が非常に強く、それなりの防御をしているはずの医療関係者が多く感染している」こと、「ウイルスが変異か何かして、非常に強い感染力を持つに至ることある」ことなどが明らかになってきた。

治療方法については、明らかに効く薬やワクチンはなく、人工呼吸器以外には対策の打ちようがないこともわかってきた。

外国人観光客の激減や製造業は世界的なサプライチェーンの断絶をさけるために、日本政府はゆるやかな旅行規制と、発病者が出た場合、その周辺を抑え込んでいけば大事に至らないという判断であった。

当時の頭痛の種は武漢に取り残された日本人の扱いだったが、良好な日中関係を背景に、諸外国にさきがけて、政府は1月29日から特別機で帰国させた。

政府は2月1日に「指定感染症」に指定し2月13日、法務省は湖北省などに滞在歴がある外国人などを上陸拒否とした。

「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」を設置し、「感染拡大に進むか、終息するかの瀬戸際」としたのを受けて、2月26日に安倍首相がイベントなどの中止・延期を要請。3月2日から首相の要望で全国の学校のほとんどで一斉休校が行われることになった。これに対して、野党などは、この措置を「過剰だ」として批判した。

写真AC:編集部

 習近平の来日とか東京五輪への影響を考えて、対応が遅かったという声もあったが、結果としても、中国や韓国の流行が日本に上陸するのを阻止するにはには成功しており、楽観視しすぎたとはいえない。

いずれにせよ、政府の素早い措置が功を奏して、極端な措置なしに乗り切れるかと見えたが、3月中旬からイタリアのほかにもヨーロッパでの事態が深刻化し、アメリカや日本に波及が見られるようになった。

 当初は韓国とイタリアが同列に扱われたりしていたように、ヨーロッパにおける突然変異への認識が世界的に甘かった。同じように医療崩壊といっても大邱のそれは、それほどの死者を出さなかったが、ミラノ周辺の医療崩壊はこの世の地獄を現出し、また、それはイタリア全土やスペインを恐怖のどん底に陥れ、フランスもそれよりはましだが多くの死者を出した。

ドイツはなんとか持ちこたえたが、イギリスは当初の集団免疫論を押し通すことができず、フランス以上の死者を出し、アメリカにも飛び火した。

日本では、中国発の流行がなんとか乗り切れるという印象があったことで油断したところに、ヨーロッパからの襲来を甘く見たのは事実である。

しかし、これまでの死者数などをみると、水際対策にはもたつきがあったし、マイナンバー制度の不備から迅速で的確にターゲットを絞り込んだ対策が打てなかったこともあるが、通常のインフルエンザなどの流行プラスα以上の対策が必要だったかどうかには、少なくとも結果としては疑問が残るということであろう。

とくに、欧米のように多くの死者をだしているわけでもないのに、緊急事態宣言のもとで長期にわたって必要以上の休業が続けられ(少なくとも念には念を入れた期間の長さと範囲の広さは奇妙だった)、また実際には経済的な損失を被っていない者にまで空前のバラマキが行われ、その回復に長期を要するような財政的な負担も残すことになったことは、想定外である。

日本のコロナ戦争は、極小の戦死者しか出さず(池田信夫氏の指摘にあるように超過死亡は韓国など日本より遥かに多い)、特に、医療関係者の犠牲者がいまのところゼロという世界に冠たるすばらしい結果と、おそらく間接的に多くの死者につながる、莫大な経済的損失(自殺者のことを考えずとも、これだけのお金があればいかに多くの人の命を救えるか考えたらいい)でとりあえずの休戦状態に入った、「奇妙な戦争」であり、「奇妙な勝利」であり「奇妙な敗北」だとして世界史に記憶されるのではないか。 

追記:超過死亡よりもっと初歩的な人口の増減でみると江戸時代の天明の飢饉のときには、餓死者を出さなかった藩でも人口は激減している。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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