世田谷区の公費PCR検査に反対する

池田 信夫

東京都世田谷区の保坂展人区長が、独自に社会的検査と称するPCR検査をやると発表した。これは世田谷区内の介護施設や保育園で働く職員など2万3000人を対象に、症状の有無にかかわらず検査するものだ。毎日1000人の体制で検査し、2ヶ月で検査を終了する予定だという。

世田谷区の保坂区長(区公式YouTubeより)

これはいま区の保健所や医師会などが行っている検査とは別で、事業を民間業者に委託し、コストは世田谷区が全額負担して「誰でも、いつでも、何度でも」検査するという「世田谷モデル」である。

保坂区長はきのうの記者会見で、この検査の予算4億1400万円を含む補正予算案を9月の区議会に提案すると述べた。この予算が通らないと、検査は実行できない。

まず疑問なのは、この検査は何のためにやるのかということだ。いま保健所や医師会がやっている検査は、症状が出た人や、それと濃厚接触した人など、感染の疑いのある人を対象にしたものだ。

これが世界の常識で、無症状の人まで無差別に検査する国はない。ニューヨーク州が無料で無差別検査をやったが、貧困層が検査所に殺到して集団感染が起こり、死者が3万人を超えた。

日本でも検査は増えているが、無差別に検査するものではない。国民全員PCR検査を主張しているのは感染症の専門家ではなく、ワイドショーに登場する評論家だけである。

その一人が「世田谷モデル」を発案した児玉龍彦氏(東大名誉教授)である。彼は福島第一原発事故のとき国会で涙ながらに除染の必要を訴え、巨額の除染利権を生み出した。

今回も感染症の専門家ではないのに、国会で「国の総力を挙げないとニューヨークの二の舞になる」と7月16日に断言した。彼は複数の検査会社と関係があり、利益相反が疑われている。

無差別PCR検査が風評被害を生み出す

私はPCR検査には必ずしも反対ではない。日本人の抗体陽性率は1%以下と非常に低く、集団免疫ができているとは思えないが、感染はピークアウトしている。ウイルスの感染実態を明らかにする横断調査には意味がある。

しかしこのような疫学調査のためには、東京全体のランダムサンプルで検査する必要があり、今回のように片寄ったサンプルでは疫学調査としての意味がない。検査が終わるまで2ヶ月かかるのでは、横断調査にもならない。

2万人以上やれば、検査陽性率1%としても200人ぐらい陽性が出るだろう。このとき陽性になった職員やその濃厚接触者が隔離されるだけではなく、その施設が一時閉鎖になる可能性がある。施設の入所者は「コロナ難民」になり、マスコミが殺到し、施設のまわりの飲食店や小売店も営業できなくなるだろう。

日本でPCR検査を拡大する最大の弊害は、このような風評被害である。感染した人が差別され、職場は閉鎖され、その家族はコミュニティから排除される。それを恐れる人は「私は気にしないが、まわりがいやがる」といって差別を正当化する悪循環になる。

他方、検査で救える命はない。無差別検査の唯一の理由は無症状の感染者が他人に感染させないように隔離することだが、感染そのものは問題ではない。重症患者が増えるかどうかが問題だが、肺炎の患者は必ずPCR検査を受けるので、無症状の人を検査する意味はないのだ。

検査で「国民を安心させて経済を回す」というのも逆だ。毎日「きょうの感染者は**人」というニュースが出ると、いつまでも不安が更新される。感染が収束するために必要なのは、ウイルスを根絶することではなく、人々が平常心を取り戻し、感染を気にしないで生活することである。

いつまでも検査を増やしてコロナの恐怖を再生産する世田谷区の政策は、「世田谷は恐い」という風評被害を生み出すものだ。私は世田谷区民として、こういう愚かな政策に反対する。