私が「教頭試験」を受けなかった理由

愛川 晶

前回の私の記事「教頭試験廃止が警鐘を鳴らず教育現場の深刻さ」が掲載されたあと、ツイッター上で読者のお一人から「言いたいことはわかるが、解決策が何ら示されていないのは問題だ」というご意見をいただいた。

確かにその通りだと思い、続きを書こうとしたのだが、これが難しい。神戸市立小学校で管理職登用試験が廃止される理由は希望する教員が激減したせいだが、これを増加に転じさせる即効性のある方策をまるで思いつかないのだ。

こういう場合、最も手っ取り早い手段が給与の引き上げであることは言うまでもない。

教頭になれば管理職手当がつくだけでなく、教育職給料表の級が変わるから、現在でもおそらく月額で8~9万円は平の時に比べて加算されているはずだ。しかし、これに2~3万上積みしてみたところで、希望者の数が急増するとは思えない。敬遠される理由が教頭の職務内容にあるからだ。

ぱくたそ

そこで今回は、やや異例の形ではあるが、私自身が教頭試験を受けなかった理由を述べてみたい。私が鮎川哲也賞を受賞して、ミステリー作家としてデビューしたのは38歳の時だが、もし賞を逃していたとしても管理職は希望しなかっただろう。

私が「一生平のままでいよう」と決心した理由は主に3点ある。これをお読みいただければ、なぜ教頭試験の受験者が減ったのかもわかるし、改善するための方向性も明らかになるはずだ。

1. ムダな調査が多すぎる

教頭は確かに激務である。朝は誰よりも早く出勤して、夜の9時、10時まで仕事をするのがあたり前。しかし、まあ、忙しいだけなら、ある程度我慢ができるのだ。私自身、高校3年生の担任をした年には似たようなめに遭った。

問題は意味のない雑用が多すぎる点で、その最たるものが教育委員会から下りてくる各種調査である。それも毎年恒例のものであれば事前に準備もできるが、何か教育関係の不祥事が報じられたり、問題が起きたりする度に臨時の調査が課される。

典型的な例としては、日本のどこかで無免許で勤務していた教員が出ると、赴任時にちゃんと確認し、コピーまで取ってあるのにもかかわらず、「校内の全員の教員免許を教頭が目視で確認しろ」などという命令が下るのだ。教頭のデスクには常にその手の調査の用紙が積み上がっていた。生徒のためになる仕事ならばいいが、そうでないのだから、ばかばかしくて、とてもやってはいられない。

2. 校務分掌表を作りたくない

とにかく、「自分には絶対無理」と確信したのは、年度末に必須となる次年度の校務分掌表の作成だ。学校には担任や副担任だけでなく、教務部、生徒指導部、進路指導部、厚生部、施設部など、運営上必要なさまざまな部署があるし、中学・高校ではさらに部活動の顧問も決めなければならない。

前回も書いた通り、私が教員になった頃には学年主任、教務主任、生徒指導部長などは出世の糸口と考えられ、なりたがる同僚がいくらでもいたが、今はほとんど希望者がいない。となると、教頭が校内を歩き回って、頼み込む以外に手がないのだが、なかなか思うようにはいかず、結局頼みやすい相手に無理やり押しつけることになってしまう。

高校の場合、クラス担任だって、学校によってはあっちで断られ、こっちで断られ、大変な苦労の末に埋めているのが実情である。学校現場における大きな問題の一つがこれで、他人の迷惑を顧みない無責任教員のせいで、真面目な教員に負担の重い仕事が集中してしまうのだ。

実際にトンデモ教員というのはいるもので、小学校では考えられないだろうが、定年退職するまでただの一度も担任をもった経験がなく、それを自慢にしていた福島県立高校の教員を知っている。私はそういう連中が許せない性格なので、もし教頭になれば間違いなく正面から衝突しただろうが、それはそれで校内に軋轢を生み、職員会議などが荒れる原因になる。

しかも、私が教員になった頃に比べると、教諭の数が減り、常勤講師、非常勤講師の数が猛烈に増えている。これは全国どこも同じのようで、小学校では講師が担任をもったり、校務分掌の部長になったりするのがあたり前だと聞いた。もちろん、教育予算を抑制した弊害だ。せめてきちんと人員が配置されていれば何とかやりようもあるだろうが、これでは完全にお手上げである。

3. 校長からのパワハラがひどすぎる

調べてみると、全国的には教頭にパワハラをしたとして校長が懲戒処分を受けたり、それが原因で退職に追い込まれた教頭が訴訟を起こし、損害賠償が認められた例があるようだが、それらはまさに氷山の一角。校長による「教頭いじめ」など、世間にいくらでも転がっている。

結構多いのが、平教員の前ではわりと低姿勢なくせに、教頭の前に出ると豹変するというタイプの校長で、朝の打ち合わせの直前になると、校長室から教頭に対する罵声が聞こえてきたことがあった。そんなものを毎日のように聞かされていては、教頭試験など受ける気にはとてもなれない。

このような実情を教頭の側から県教委へ通報すると、自分自身が校長に昇進する際の妨げになる恐れがあるので、表沙汰になりにくいだけだ。おそらく、教頭いじめをして喜んでいる校長も、教頭時代にはいじめられていたのだろう。問題の根は深いと言わざるを得ない。

以上の3点を改善するためには、とりあえず各自治体の教育委員会が「学校現場にむだな調査を押しつけない」「必要な人材をきちんと配置する」「校長による教頭へのパワハラをさせないよう監視する」ことが必要で、これらをすべて実行すれば、即効性は望めないにしても、管理職希望者は徐々に増えていくはずだ。

再雇用されたら一カ月で地獄へ堕とされました』(双葉文庫)を読んでくれた知人が「あんな非常識な対応をする校長なんているはずがない」と言っていたが、情けないことに、あれは私自身が福島県で本当に体験した実話なのだ。何とか状況を改善し、優秀な人材が管理職を目指すようにしないと、日本の教育界は大変なことになる。