学術会議問題は「風見鶏」中曽根首相の遺産

池田 信夫

学術会議問題は法的には自明だと思ったが、国会答弁が迷走しているので、最低限度の法的な問題を整理しておこう。きょうの衆議院文教委員会で、共産党の田村智子議員の質問に対する政府の答弁は混乱していた。

内閣法制局は「憲法第15条によって内閣は公務員の任命権をもつという政府見解は一貫している」という立場から、1969年の高辻法制局長官の国会答弁を提出した。これは国立大学の学長について、憲法15条1項にもとづいて政府に任命権があると答えたものだ。

拒否できる理由は「申し出があった者を任命することが、明らかに法の定める大学の目的に照らして不適当と認められる」場合という限定的なものだが、これは学長人事の問題であり、学術会議のような非常勤の国家公務員とは重みが違う。

1983年の衆議院文教委員会では、学術会議について総理府総務長官が「形だけの推薦制であって、学会のほうから推薦をしていただいた者は拒否はしない。そのとおりの形だけの任命をしていく」と答弁し、法制局も同様の答弁を繰り返した。中曽根首相もこう答えている。

政府が行うのは、形式的任命にすぎません。したがって、実態は各学会なり学術集団が推薦権を握ってるようなもので、政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由独立というものは、あくまで保障されるものと考えております。

中曽根首相の答弁は違憲だった

ところが2017年には、学術会議の出した105人の名簿に対して杉田内閣官房副長官は110人超の名簿を出してほしいと求め、中西会長はそれに応じた。そして2018年には内閣府と法制局の合意文書で次のように書いている。

憲法第15条第1項の規定に明らかにされているところの公務員の終局的任命権が国民にあるという国民主権の原理からすれば、任命権者たる内閣総理大臣が、会員の任命について国民及び国会に対して責任を負えるものでなければならない。 内閣総理大臣に、日学法第17条による推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えない

これは「学会のほうから推薦をしていただいた者は拒否はしない」という1983年の政府見解とは明らかに矛盾する。そして今回の任命拒否は、この見解を否定するものだ。

中曽根元首相(Wikipediaより)

だが1983年の解釈が現状に合わなくなるのは当然で、「政府見解を変更した」と答弁すればいい。法律の解釈を最終的に決めるのは裁判所だが、その判断が出るまでは内閣が解釈権をもつ。それを変更することも内閣の権限であり、異議のある者は行政訴訟を起こせばいい。憲法15条に照らすと、現在の解釈が正しいことは明らかである。

ところがそれだと、中曽根首相の答弁が憲法違反だったということになる。法制局が「政府見解は一貫している」という事実とは異なる答弁を続けるのは、中曽根首相を守るためかもしれない。

おりしも10月17日には、中曽根氏の国葬が行われる。彼は「風見鶏」と呼ばれた機会主義の首相だったが、戦後の首相の中では安定した政権で結果も出した。この学術会議の(おそらく当時の法制局は反対した)答弁も、左翼に支配された学術会議を政権が支配下に置くための方便だったのではないか。