迷走する識者たちの新型コロナ論の迷惑

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菅政権の「Go To トラベル」は迷走を続け、とうとう年末年始は全国一斉停止に追い込まれました。若い世代はほとんどが無症状、軽症です。重症化しやすく、死者が多い65歳以上の高齢者を除外しておいたり、社会的な隔離政策をとったりしておけば、違った選択肢もあり得たでしょう。

メディアが「これでもかこれでもか」と感染拡大を悲劇的に報道し、医師会も医療崩壊寸前にきたような警報を鳴らしてきました。コロナが自らの生活に直結する国民は動揺し、内閣支持率は10㌽以上も劇的に急落し、菅政権は慌てました。

感染症の専門家でもない識者も新型コロナ問題の論陣に加わっています。その主張は迷走を続け、国民を不安に陥れています。

作家・数学者を名乗る藤原正彦氏は「日本人の品格だけが日本守る。感染者の少なさは日本人の民度の高さの勝利だ」(月刊文春7月号)と、書きました。同氏は、11月からの「第3波」をどう考えているか。「民度が急速に低下した」とでも理由付けするのでしょうか。

歴史学者の磯田道史氏は「世界一優秀な衛生観念でかろうじて第1波を乗り切った」(同)という仮説を述べました。「優秀な衛生観念」が感染拡大を抑止しているのならば、「第3波」はなぜ起きたのか不思議です。人気の歴史学者にしては、ちょっと不用意でしたか。

雑誌は毎号のようコロナ特集を組んでいます。元朝日新聞主筆の船橋洋一氏は「新型コロナウイルス危機は『東アジアの興隆』と『西洋の没落』という地政学的パーセプションをもたらしつつある」(同新年号)との見立てで記事を書きました。

さらに「東アジアは感染者、死者数を相当程度抑え込んでいるのに対し、欧米は東アジアの50倍から100倍も多い。経済回復の足取りは東アジアの方がはるかに軽い」「危機のトンネルを抜けたら、東アジアは勝者、欧米は敗者という黄信号が点滅しているだろう」と。

そうなるのかもしれません。そこで「ちょっと待てよ」です。船橋氏は何度か新型コロナ論を書いてきました。振り返ってみますと、船橋氏の主張、仮説はころころ迷走を続けてきたように思います。

船橋氏は「国民の生命と生存権を脅かす国家的な危機なのに、政府は国民への速やかな支援を効果的に行っていない」(同7月号)と批判しました。さらに「日本の人口千人当たりの医師数はドイツの半分、G7では最小」と、医療体制が不十分であるとも指摘しました。

そんな脆弱な医療体制の日本の死者数は欧米よりもはるかに少なく、G7では最小です。政府のコロナ対策がなっていないのに、結果(死者数)が欧米の50分の1、100分の1(例えば100万人当たり)というのは、何が理由なのでしょうか。そこに触れない政府批判は的外れです。

同氏は「民間臨調(自ら主宰)が総括した『日本モデル』の虚構と真実」(同12月号)との記事では「安倍首相が胸を張った『日本モデル』(日本式のコロナ対策)は、場当たり的な判断の積み重ねであった。結果オーライにすぎない」と、酷評しています。

民間臨調を名乗りたいなら「政府の場当たり的な対応でも、なぜ犠牲者が低くて済んでいるのか」こそ解明して欲しかった。「日本型モデル」は、キャッチフレーズを好む安倍氏が思い付きで名付けたものすぎません。安倍批判をしたいがための臨調だったのでしょうか。

船橋氏が迷走の末にたどりついたのが「東アジアの興隆と西洋の没落」(新年号)です。「日本を含め東アジアの死者数は欧米に比べて、極めて少ない」に、今になってやっと言及するなら、理由を説明すべきです。

東アジアなどで死者が少ない理由について、いくつかの仮説が唱えられています。「BCG接種国説」「自然免疫説」「交差免疫説(類似のウイルスに対しても免疫力を発揮する)」、それと「移動制限、接触制限といった感染抑止策の効き具合」などでしょうか。

欧米と日本の被害の開きの謎を解こうとする試みを「ファクターXを探せ」と、ノーベル賞の山中伸弥・京大教授は命名しました。

驚いたことに、岩田健太郎・神戸大教授が「ファクターXの幻想を捨てよ。日本人だけが新型コロナウイルスに感染しにくい、という事実はない」(同新年号)と、真っ向から山中教授を批判しました。

「ファクターX」は日本人に限った話ではなく、世界を広く見渡せば、新型コロナの感染拡大・被害が国、地域、民族、人種によって、不思議な格差があり、それ解明してみようという問題提起と考えたい。東アジアばかりでなく、アフリカ、オセアニアも被害は小さい。

「ファクターX」が解明されれば、日本を含む東アジアは、欧米並みの防御体制をとる必要はなくなり、経済はそれだけ助かることになります。山中教授に対する「幻想を捨てよ」も、議論が迷走しています。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2020年12月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。