日米の経済危機対策に想う - 北村隆司

2009年01月27日 18:54

先進各国が総力を挙げて危機対策に取り組んでいると言うのに、日本では危機を政局の道具に使い、メデイアには「米国発の危機のとばっちりを蒙っている」と他人事の様な泣き言が躍る。残念至極である。つい数ヶ月前に資源高で商社や鉄鋼メーカー等が史上最高益を更新し、自動車メーカーが米国市場の好業績で潤った事も米国の過剰流動性の恩恵だった事を忘れたのだろうか?


そこで思い出されるのが「独立の気力のない者は必ず人に依頼する。人に依頼する者は必ず人を恐れる。人を恐れるものは必ず人にへつらう。そして人にへつらうことによって、時に悪事をなすことになる。独立心の欠如が結果として、不自由と不平等を生み出す」と言う福沢諭吉が好んだ「独立自尊」の言葉だ。日本の独立自尊への道は遠い。

百年に一度と言われる危機の最中、日本の政治家達の駆け引きに明け暮れる毎日を新聞で読む一方で、以前から付き合いのあったガイトナー財務長官の父親が「息子は連日睡眠時間も削って金融危機対策に没頭しているようで、家族と話をする暇もない」と、しみじみと話すのを聞くと、日本とアメリカの政治家の資質の違いということに、あらためて思いを至らさざるを得なかった。

日本の国費の無駄遣いや政治の無策は恥ずかしいレベルをとっくに超えている。長期的な政策を忘れ、政局一辺倒の日本の政治制度が生み出したお粗末さが、「定額給付金」騒動に象徴されるような、どっちに転んでも価値のあるものは何も生み出しそうにない不毛な議論だ。

しかし、一方では、草の根レベルでの新しい流れもある。『年越し派遣村』を組織したNPO法人の湯浅事務局長は、竹中平蔵氏の『日本に絶対的な意味での貧困は存在しない』と言う発言に噛み付いて有名になったと聞くが、ミクロの湯浅、マクロの竹中と視点が違うだけで二人の考えは案外共通かも知れない。対立する前に、憂国の志を持つ二人が、鳩首協議して再建策を提言して欲しいものだ。

今回の経済危機は、天災の被災者支援活動が主であったボランティア活動が、人災にも動員されるという副産物を生んだ。日本にもボランティア運動に触発された国民の政治への参加と言う希望が見えて来た気がする。「ボランティア元年」と言われた「阪神・淡路対震災」発生した1995年の1月17日以来の、新しい日本の夜明けになるかも知れない。

OECDの國際比較統計を見ると日本の経済環境は最悪状態だ。累積債務はGDPの171%で断然トップ、法人税は最高率、生産性は最低、一般会計の数倍に及ぶ「特別会計」と言う世界でも稀有な透明度ゼロのアングラ支出など、雇用と経済の阻害要因が並ぶ。国民の努力にも拘らず、政治体制が日本を苦しめている具体例と言えよう。

法人税減税による雇用増、所得税減税に依る消費拡大は先進国の危機対策の常識である。定額給付金は中止して緊急雇用対策に廻し、早急に再生可能エネルギー技術開発などの新時代インフラに財政出動させ長期経済浮揚対策を講じて欲しい。世界的な危機に直面する度に欧米先進国に引き離される日本の姿を見ることは辛い。

オバマ政権は新エネルギー対策、教育、保険政策、中産階級向け減税を打ち出した。政策その物の是非は別として、意図を詳しく説明し国民を巻き込んだ本質的な政策論争をする事が、オバマ政権に80%を超える支持を与えた源泉の様に思う。

金融危機の発生6年前。2002年の株主報告書で、「今でこそ隠れた存在になっているが、急増しつつある金融派生商品は将来金融の大量破壊兵器として壊滅的な被害を及ぼす可能性を秘めている」と、今日の経済危機を予言した世界一の富豪バフェット氏は、「賢明なジャーナリストに恵まれれば恵まれるほど、社会はその恩恵に浴する。国民は、社会の様子を報道で知る事が多く、それは教師が優れていれば生徒のレベルが高くなるのと同じ効果を生む」が口癖だった。

薄っぺらな紙面の大半を、「売らんかな」の記事で埋め尽くす新聞や、お笑い番組のオンパレードのTVを見るにつけ、一流国民への道が遠ざかるあせりを覚えるのは私だけではあるまい。

ニューヨークにて、北村隆司

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