「戦略問われる次世代携帯」? - 松本徹三

松本 徹三

たまたま出張先のロンドンで標記のような見出しで始まる日経の社説を読み、「またか」と思いました。日経の社説と言えば、日本の産業・経済を論じるものとしてはそれなりの格を持つものなのですから、もう少し気の利いたことを書いてほしかったというのが正直な気持です。MVNOについて書いた先のブログでも触れたように、総務省にかつての通産省のような「産業育成」の気持ちが強いのは分っています。しかし、日経の記者ともなれば、総務省のレクチャーをそのまま社説にするのではなく、日本の外で起こっていることについての自らの取材も含めて、もう少し本質的な問題を掘り下げてもらって然るべきだと思うのです。


だからと言って、史上初の実質的な比較審査(ビューティーコンテスト)を通じて、KDDIと京セラが主導する会社に「WiMAX」の免許を、ウィルコム(米国のファンドであるカーライルと京セラ、KDDIが株主)の「次世代PHS」にもう一つの免許を与える結果となった、先の2.5GHzの免許方針については、今更議論を蒸し返すつもりは私にはありません。

「ユーザー(国民)の為になる最良の仕組みは何か?」「最大多数の最大幸福は何か?」を、官民が膝を交えて徹底的に議論することもなく、評価基準の曖昧な「付け焼刃の採点表」で「誰が一番美人か」を「えいやっ」と決めるなどということは、もともと「神をも恐れぬ所業」なのですから、今更これを論じてみても栓ないことです。この免許方針では、もともと「MVNOの徹底サポート」が最大の目玉だったのですから、今はその成果に注目するのみです。

これまでKDDI(旧ツーカー・セルラー)、ソフトバンク、ドコモの三社が、「第二世代」(日本独自のPDC)のシステム用に使ってきていた1.5GHzの新しい免許方針については、私は妥当なものだと思っています。「国民の共通資産である貴重な周波数を使うのだから、最先端の技術を使って効率化をはかりなさい」という条件を付するのも、経済合理性からみて事業者に「無理を強いる」ことにならない限りは、正しいことだと思います。

尤も、LTEと呼ばれる新技術について、「光ファイバー網並みの高速通信環境が得られる」などと、いつもながらの誇大宣伝(*)をするのはやめてほしいし、「3.9G」という「日本だけの呼称」を使い続けるのも、出来ればやめた方がよいと思うのですが、まあ、そんなに目に角を立てるようなことでもないでしょう。

(* モバイル無線のシステムは、一定の周波数と電力を一定の地域にいる利用者が共用するものなので、利用者が多くなれば当然通信速度は落ちます。よく出てくる「最大速度」なるものは、利用者が一人で、しかも基地局に近いところにいるという特殊なケースに瞬間風速として出る速度ですから、殆ど意味を持ちません。

たとえば東京都内のある地点から別の地点に車で行こうとしている場合、「そうね、大体40分ぐらいじゃあないの。でも渋滞に引っかかったら1時間ぐらいかかってしまうかも」と言うのが普通で、「深夜の3時に信号無視で突っ走れば20分でいけます」などと言う人はいません。それなのに、新しい通信システムのことを話す時に限って、何故こういうことばかり言うのでしょうか? 残念ながら、低周波の電波を広域にばら撒くモバイル通信が、ファイバーの中に閉じ込められた高周波の光通信とスピード競争をするなどということは、もともと無理なのです。)

しかし、日経の社説で私が気になったのは、実はそんなことではなく、「利用者志向」ではなく「産業志向」のメッセージです。記者クラブで可愛がって貰うために、総務省を「ヨイショ」する必要が仮にあったとしても、私ならこう書きます。

「高性能の無線通信サービスの導入は、国民の生産性を高め、生活の質を向上させる。最先端の技術にチャレンジし、限られた周波数を有効に使ってこの目標の実現をはかる官民の努力は、高く評価されてしかるべきだ。ただ、ともすれば「唯我独尊」に陥り、日本のメーカーを世界市場から孤立させてしまう傾向のあった過去を反省し、今度こそは十分な注意が望まれる。」

尤も、仮にこんな格好のよい文章を書いてみても、現実には空しいものであることを、私は知っています。

先ず、WiMAXですが、これに一番熱を入れたインフラベンダーは、第三世代の携帯システムで破れた米国のMotorolaと韓国のサムスンでした。長期的に見て最大のビジネスになる半導体の開発に最も熱心だったのは、インテルとの関係が深い台湾メーカーでした。(この為に、台湾は、早い時期に国を挙げてWiMAXシステムを構築しようともしました。)

尤も、WiMAXは、もともとが携帯サービスのライセンスがとれない固定通信事業者の為に開発されたという経緯もあり、当初の掛け声とは裏腹に、現時点ではあまり大きなビジネスにはなっていません。

次に、次世代PHSですが、アンテナシステムなどに独自の工夫が施されており、技術的にはそれなりのものがあるとは言っても、実態は「特殊なWiMAX」と呼ばれて然るべきもののようですから、「量産規模でしのぎを削る世界市場」に浸透していけるとはちょっと思えません。

そもそも、PHSが「小霊通(シャオリントン)」の名で中国で驚くほど伸びたのは、携帯通信のライセンスを持たなかったチャイナテレコムが、農村地帯で「携帯電話とあまり変わらないが、とにかく安い」ことを売り物に、規制の目をかいくぐってなし崩しに拡販したからです。このチャイナテレコムも、今度は第三世代の携帯通信のライセンスを取って、KDDIと同じCDMAを全国展開してくるのですから、「柳の下に二匹目のドジョウはいない」と見るのが無難でしょう。

最後にLTEですが、「自社の技術的先進性を世界に誇りたい」ドコモの特異性を別とすると、世界で真っ先にこれを導入するのは、WCDMA / HSPAを持たない米国のベライゾンと、現時点で中国で断トツのシェアを誇っているが故に、「中国国産技術のTD-SCDMAをしばらくの間使わなければならない」というハンディキャップを負ったチャイナモバイルだと見られています。

逆に言うと、これ以外の世界中の殆どのWCDMA / HSPA事業者は、当面は、「既存システムとの後方互換性があり」「既に一定の量産規模にも達している」HSPAの改良技術を使うことに集中する筈です。熾烈な競争下にある各事業者は、「技術」はあくまで「顧客満足度を向上させ、コストを引き下げる」為の道具であると認識しているからです。

LTE端末用の半導体の開発でトップを切っているのは、やはりクアルコムであり、エリクソンです。仮にLTEの早期導入がなされたとしても、殆どの事業者としては、端末はWCDMA / HSPAとLTEのデュアルモードのチップでサポートしてもらわねばならないわけですから、現在WCDMA / HSPAでトップを切っているベンダーが引き続きトップを切るであろうことは、当然と言えば当然です。

インフラベンダーとしては、エリクソン、NSN(ノキアとシーメンスの合弁会社)、華為(ファウェイ)、中興(ZTE)、ルーセント・アルカテルの5社がヘゲモニーを争う構図ですが、欧米メーカーは全て、華為、中興の中国メーカー2社を恐れています。残念ながら、NEC、富士通、日立などが、日本以外の通信事業者の間で話題になることは全くと言ってよいぐらいありません。

私は、総務省の幹部やジャーナリストの皆さんに、是非とも華為、中興の開発・製造施設を見学してほしいと思っています。数年前とは様変わりで、彼等は既に完全に世界の通信機業界をリードする立場にあります。中国政府は、第三世代携帯通信サービスの導入に当たって、TD-SCDMAという国産技術にこだわって迷走しましたが、華為と中興はそんなことにはお構いなしに、世界市場にどんどん進出していきました。かつての韓国メーカー同様、文句を言いながらもクアルコムの基本技術をフルに活用し、大量の若いソフトウェアエンジニアを惜しみなく投入して、力づくで今日の地位を築いたのです。

最先端の通信システムを開発しようとすれば、70%程度がソフトウェアの開発になります。中国メーカーのソフトウェアエンジニアの平均年齢とコストを日本メーカーのそれとを比べてみれば、その差は歴然です。これこそが深刻な問題です。残念ながら、当面、この点についての対抗策は思いつきません。

松本徹三