松本さんの記事を読んで、大きくうなずく人は多いでしょう。私も先日、NTTグループ会社の取締役に同じような話を聞きました。海外展開の調査をしたところ、アフリカはノキアに押さえられ、アジアは華為(フアウェイ)に押さえられてしまって、「日本メーカーは壊滅状態」だそうです。
グーグルが日本でソフトウェア技術者を募集したら、彼らの基準にあう大学は1校しかなかった――と小池良次氏は近著『クラウド』で書いています。「日本に来るたびに日米の差が開いていて、今はもうアメリカの背中も見えなくなった」と彼は嘆いていました。それどころか、今は中国や韓国にも追い越されつつあります。家電や自動車などの輸出産業が打撃を受けている今、コンピュータと通信は数少ない成長産業なのに、この分野で世界に売れるものがほとんどないというのでは、日本経済はこれから何で食っていけばいいのでしょうか。
こうした状況について先月、総務省のICTビジョン懇談会は「ICTニューディール」という緊急提言を出しました。「ICT産業は経済成長の底上げのための強力な手段」であり、「ICT産業を新たな成長戦略の柱に位置付けるべき」だという総論には異論がありませんが、各論には問題があります。特に「政府は、現在100兆円弱の市場規模を2015年頃を目途に倍増させる(新規需要を創出する)ことを目指すべきである」という提言は、時代錯誤の産業政策といわざるをえない。
具体的な項目としてあがっているのも、ブロードバンドやデジタル・コンテンツなど、民間のビジネスで行なわれているものが多い。「グリーンICTの推進による低炭素革命」や「次世代のデジタル新産業の創出加速化」などが掲げられていますが、こうしたターゲティング政策が成功した試しはありません。電波政策については、こう書かれています:
アナログテレビジョン放送の電波跡地の活用や新たな周波数の割当てなどにより、「コードの要らない快適生活環境」や「ぶつからない車」を実現するための関連技術を数年で確立するための研究開発を加速化し、電波を有効活用した数十兆円規模の新産業を創出すべきである。
「コードの要らない快適生活環境」や「ぶつからない車」がビジネスとして成り立つかどうかは、民間企業が判断すればよく、政府が特定のビジネスを推奨するのは余計なお世話です。かつて国をあげて「ユビキタス」とか騒いだICタグは、どこへ行ったのでしょうか。
むしろ問題は「新たな周波数の割当て」の方法です。アメリカではFCCがホワイトスペースを免許不要で割り当てることを決めたのに、日本では周波数オークションさえ行なわない。官庁は予算のつく事業には積極的ですが、権限の減る規制改革には後ろ向きで、この提言にはそういう体質が丸見えです。この懇談会のメンバーである「識者」が、総務省に都合の悪い電波政策には触れないで、事務方の書いたバラマキ政策だけを「緊急提言」するのでは、御用学者といわれてもしょうがないでしょう。
ルーズベルト大統領のニューディールがアメリカを大恐慌から救ったという神話は、最近の実証研究では疑わしいとされています。この「ICTニューディール」も、総務省を「焼け太り」させる有害無益な提言といわざるをえない。こういう役所の介入が「ITゼネコン」を温存して、日本のIT産業を壊滅させたことに、そろそろ気づいてもいいと思うのですが。