目に余るNTTグループの独占回帰への試み - 松本徹三

2009年04月07日 00:01

私には個人的に尊敬する人や親しい人がNTTグループの中にたくさんいます。また、私が現在勤務しているソフトバンクにとっては、NTTグループの各社は、一面熾烈な競争相手であると同時に、一面では多くの点で協調すべきパートナーであったり、接続先であったりします。従って、下記のようなことを正面だって言うのは、本来は心苦しいのですが、やはりこれだけは言っておかなければならないと思います。


NTTドコモの新入社員の入社式にNTT持ち株会社の三浦社長が出席され、その訓示の中で、「NTTドコモに入社されたあなた方は、NTTに入社されたのと同じ事」という趣旨のことをおっしゃられたとの事です。私は勿論その入社式に出たわけではなく、人伝に聞いたことに過ぎないので、詳しいニュアンスまでは分りませんが、そのことを聞いて、私は飛び上がるほどに驚きました。これは、「NTT分割」が求めたものの公然たる全否定に他ならないからです。NTTグループは、もはや公然と、かつて散々論議された「NTT分割」の趣旨を、完全に反故にしようとしているのは、明らかであるように思えます。

「古き良き昔に回帰したい」というNTTの強い意欲は、ここだけではなく、あらゆる局面に見て取れます。かつてのNTTは、心の底はどうであれ、少なくとも表面的には、「独占状態の解消」には前向きであるかのように見えました。それ故、ADSLについては、或る程度「公正」と言ってもよいような接続条件が定められ、結果として猛烈な価格競争が起こって、日本のブロードバンドは「世界一早くて安い」ものになりました。これまで世界各国からの批判にさらされがちだった日本の通信行政も、少なくともこの面では胸を張れるものになったのです。

ところが、ユーザーにとっては勿論、国にとっても良いことだった筈のこのことが、NTTの内部では「とんでもないミステークだった」と考えられてきたということは、広く知られなければなりません。これは、間違いのない事実です。だからこそ、メタルケーブルが光ファイバーに置き換えられようとしていた時期に、NTTの内部では、「ADSLの時の『過ち』は繰り返してはならない」という言葉が、合言葉になっていたのです。

結果として、NTTは、「光ファイバーについては、1ユーザー毎のバラ売りは出来ない。8ユーザー分まとめてでなければ売れない」という条件を打ち出し、ASSLの時の様にNTTの回線を借りてビジネスを展開しようとしていた事業者を、採算上、事業継続が不可能な状態に追い込んでしまいました。各事業者はこれに抗議し、総務省に救いを求めましたが、はかばかしい進展は見られず、新しい時代を作るべき光ファイバー回線を利用しての通信サービスは、今や完全にNTTの独占状況になっています。どなたでも、この状況を仔細に検分してみられれば、現状が、「いつでも公取が介入してきてもおかしくない状況」であることが分るでしょう。

本来なら、このような事態がもたらしかねない「独占回帰へ向かうNTTに対する批判」を恐れ、自らの言動に十分な注意を払ってしかるべきNTTの幹部に、一向にその気配が見られないのは何故なのかと、私は不思議に思っていますが、恐らくNTTは、かつてのように総務省を恐れてはおらず、また、「政治家はどのようにでもなる」と考えているのではないでしょうか? 最近では、政権交代の可能性も見据えて、以前に約束された「2010年のNTT見直し」も、また先延ばしになるのではないかと言う人もおり、一部には、「NTTの独占への回帰」を、事実上の規定路線と考えている人達さえいるようです。

今から15年以上も前のことになりますが、当時伊藤忠の通信事業部長だった私は、「NTT分割」を巡る論争の渦中に巻き込まれたことがあります。たまたま、経団連の中に作られた「通信産業の将来」を考える「実務者で構成された委員会」のメンバーになったからです。その頃は、「攻める郵政省」と「守るNTT」の力が文字通り拮抗しており、その攻防にはなかなか見るべきものがありました。結局、この攻防の行き着いたところは、「NTTを分割はするが、持ち株会社は残す」という「妥協の産物」としての「玉虫色の決着」だったわけですが、この「玉虫色」は、今となっては、右から見ても左から見ても同じ色、つまりNTTグループの各社は、事実上、「普通の会社の独立採算の事業本部」に毛の生えたようなものになってしまっています。

私は、この頃から、実は心の中では、「国の将来のためにはNTTは分割したほうが良い」と考えていたのですが、当時の伊藤忠は、衛星通信や国際通信など、殆ど全ての通信関連事業でNTTの協力を受けており、携帯電話機の販売関係でも、誰よりも早くドコモの代理店として働き始めていたところでしたから、私は勿論そんなことはおくびにも出せません。(ここがサラリーマンの悲しいところで、これで鬱屈した私は、それ以来、出来るだけサラリーマン的でなくてよい場所に身を置こうとしてきました。)

驚くべきことに、この時の「分割反対」の最大の論拠の一つは、「そんなことをしたら、世界に冠たるNTTの研究開発体制が弱くなり、結果として日本の通信産業の国際競争力は損なわれ、日本の国益が害される」ということでした。経団連の会合でも、NECや富士通の会長が次々に立ち上がり、交々にこのことを強調するのです。一介の商社マンであった私も、さすがにこれにはあきれ、親しかったNTTの人に密かにアドバイスしました。

「あんなことは言わないほうがよいのではありませんか? もし国会で『通信技術というものは、相当の規模がないと開発できないものなのですか?』と質問されたらどうするのですか? 行きがかり上、『そうです』と答えざるをえませんよね。そうしたら、『それではコンピュータやインターネットの世界で世界を制覇した、マイクロソフトやインテル、シスコ等という会社は、どうして小さな会社から出発してそのような立場を築けたのでしょうか?』と聞かれたらどうするのですか? 核融合のような分野ならともかく、通信や情報の世界で、『大規模な研究開発組織がなければ競争力のある技術は開発できない』なんて言っていたら、世界中の笑いものになりますよ。」

ところが、この話には後日談があります。私は、本当に「日頃お世話になっているNTTを守りたい」という気持からこういうことを言ったのですが、少しすると、「どうも伊藤忠の松本という若いのは『NTT分割論者』らしい。瀬島さん(当時NTTの社外取締役)にでも頼んで、黙らせたほうが良いのでは」という話が、NTTの社内で盛り上がったらしいのです。おかげで、私の存在は当時の伊藤忠の社長も心配させる破目になり、私自身相当辛い思いをしました。

しかし、このことは笑い事では済まされません。今なお、「NTTの力が日本の通信産業の競争力の源泉であり、従って『強大なNTTの存在』を堅持せねばならない」と、本気で信じている人達が、特に政治家の中には多いようなのです。こうなると、NTTの技術部門に多くの友人や知人を持つ私でも、もう黙っているわけにはいきません。私は公にこう問いたいと思います。

「主として『NTTの技術力を維持する為』に、NTT持ち株会社が作られました。以来十年が経ちましたが、果たして日本の通信産業は、このおかげで国際競争力を強めることが出来たのでしょうか? 多くの日本メーカーのNTTへの依存体制は、むしろ彼等の国際競争力を弱める方向に作用したのではないでしょうか? そもそも、NTTは、この十年間にどんな技術を開発し、それは日本の国益に具体的にどのように貢献したのでしょうか? かつての議論の中で、あれほどまでに強調され、その結果として『分割された会社を束ねる持ち株会社』という、世界に例のない組織まで生まれたのですから、このことはきっちりと数字で示して頂きたいと思います。それが出来ないのであれば、『NTTの巨大な研究開発部門を支えることが、日本の国益のために重要だ』というその時の主張は、虚構だったと断定せざるを得ず、この為に作られた『NTT持株会社』は、解散するのが妥当でしょう。」

総務省の幹部の皆さん方に対しても、私は面を冒してこう言いたいと思います。「通信産業の近代化の為にNTTの独占体制を崩そうと闘った、かつての郵政省の幹部の皆さんの心意気はどこへ行ったのですか? NTTや民放連とのスムーズな関係を保つことによって、政治家に重宝がられ、頼りにされ、それによって地位を築くことが、そんなに重要なことなのでしょうか?」

今こそ、「政」「官」「民」をあげて、本気で日本の国益について考えるべき時です。「官」が「政」の顔色を伺うのは止むを得ないとしても、選挙の洗礼を受けなければならない「政」は、集票マシーンとしてのNTT、支持母体である労組としてのNTTに気を使うだけでなく、「世論」の動向にも気を使わざるを得ないでしょう。そして、昨今は、「世論」をリードするのは、新聞やテレビとばかりは言えず、インターネットも無視できない力を持ちつつあることが、理解されて然るべきです。

老い先の短い私などには、最早何程の力もありませんが、そのかわり、軋轢を恐れずに正論を唱える程度の役には立てます。「2010年にNTTの見直し」が一応約束されている限り、これが真に国民の為になる方向に進むよう、私としても、たとえ僅かばかりであっても、全力を尽くしてみたいと思っています。

松本徹三

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