与謝野財務相は「真水でGDP比2%」という史上最大の補正予算を組むことを表明しました。彼はかねてから「GDPギャップが4%」という内閣府の推計を引き合いに出しており、今度の数字はその半分を埋めるという意味だと思われます。しかし、このようにまず財政支出の規模が出て、内容があとから決まるのは、池尾さんも批判するように、大昔に否定された素朴ケインズ主義です。内閣府の推計するGDPギャップは、
(実質GDP-潜在GDP)/潜在GDP
で算出されますが、この潜在GDPはあくまでも計算上の概念で、TFP(全要素生産性)などの直接はかれない変数は、前年までのデータを外挿しています。つまり潜在GDPとされるY’は、2007年までのトレンドを延長する性格が強いのです。しかし2008年の秋を境にして輸出が大きく減少し、この外的ショックでTFP上昇率も下方屈折した疑いが強い。この場合、潜在GDPも図のY”のように低下したと考えられます。
だとすると内閣府の推定したGDPギャップΔYを基準にして財政支出を行なっても無駄づかいになり、民間需要をクラウドアウトするだけです。事実、すでに執行された補正予算によってGDPが押し上げられた形跡はありません。麻生氏も与謝野氏も、「GDPギャップを財政で埋めるのは当たり前だ」と考えているようですが、これは当たり前ではないのです。
経済問題には2種類あります。潜在GDPの水準という長期の問題と、そこからの乖離(GDPギャップ)という短期の問題です。景気対策をとる前に、まず現在の経済がどういう状況にあるかを考えることが重要です。もしGDPが図のYのように潜在GDPを超えていれば、財政刺激は有害無益です。金融政策のほうが弊害は少ないが、潜在水準を超える過剰な金融緩和は、80年代の日本や2000年代のアメリカのようなバブルを誘発するリスクがあります。
前述の内閣府の推定にもあるように、日本の潜在成長率は1%以下に低下しています。財政刺激が成功してもGDPをたかだか2%増やすだけですが、90年代以降の潜在成長率の低下によって日本のGDPは80年代までのトレンドに比べて20%以上も下がったと推定されます。この長期停滞を是正することが日本経済の本質的な問題です。麻生氏はともかく、「経済通」を自認する与謝野氏には、ぜひこの点を認識していただきたいと思います。