「ものづくり」を捨てる必要はない - 池田信夫

2009年05月07日 13:55

先日の記事がいろいろ誤解を呼んでいるようなので、少し補足しておきます。

第1に、私は「対中赤字がよくない」とか「貿易赤字を減らせ」といった重商主義的な主張をしているのではありません。日本のように成熟した経済が経常赤字になるのは自然な傾向であり、特に中国との二国間で貿易がバランスしている必要はありません。

第2に、要素価格の均等化と経常収支は無関係です。経常黒字であっても輸入する財については輸入代替が生じるので、均等化は起こります。したがって、この問題を為替レートの調整で解決することはできない。貿易額が大きくなるほど輸入代替は起こりやすいので、貿易相手国として最大になった中国の影響は大きい。

第3に、非貿易財にも均等化の影響は及びます。これは製造業(貿易財)とサービス業(非貿易財)からなる2部門経済を考えればわかるでしょう。労働が均質だとすると、製造業で中国からの輸入品との代替が起こって賃金が下がると、労働者はサービス業に移動し、サービス業の賃金が下がります。したがって労働市場が完全に流動的だとすると、移民が不可能でもサービス業の賃金は中国に近づきます。


もちろん現実には、こういうことは起こりません。それは国内の労働移動が困難なためです。今のところ輸入代替がもっとも顕著なのは、繊維や日用品のような労働集約的な商品で、この部門から日本メーカーはどんどん撤退しています。これによって労働力がサービス業に移動すると、単純サービス労働の賃金は下がります。しかし貿易財であっても、ハイテクなどの専門的労働はこうした労働移動の影響を受けません。

つまり中国との競争の影響を受ける要因として重要なのは、貿易財か国内財かということではなく、中国の労働者が代替できる単純労働か否かという点なのです。サービス業であっても、単純労働の賃金は下がります。これがアメリカで、ここ30年に起きたことです。ウォルマートの賃金が中国に近づいても、利潤は上がるのでGDPは増えます。他方、ITを活用できる知識労働者との所得格差は拡大しました。

この動きを止める方法は、原理的にはありません。可能なのは「鎖国」することぐらいですが、かつてアメリカがやった保護主義的な政策は、ビッグスリーのような衰退産業を甘やかして死期を先延ばししただけでした。一時は衰退すると思われたアメリカ経済が生き返ったのは、輸入代替できない金融やハイテク分野に労働力を移動し、グローバル化によって中国などの低賃金を活用したためです。しかし日本には、残念ながらそういう次世代の産業がほとんど育っていない。

だから雇用の面からみて可能なのは、福祉・医療・流通などの分野に単純労働を移動して、実質的な賃下げを行なうことでしょう。この場合、規制を撤廃して競争を促進し、価格を下げないと市場が拡大しません。それは容易なことではなく、アメリカで起こったように所得格差が拡大する可能性もあります。しかしそれを止めようと規制を強化したり、「ゾンビ企業」を延命したりすると、日本経済全体が衰退してしまいます。

もっとも望ましいのは、ユニクロのように日本の技術と中国の低賃金という双方の比較優位を活用してグローバル化する道ですが、これが成功したケースは稀です。何より問題なのは、このようにグローバル化する企業が減っていることです。かつて日本の製造業は世界市場にチャレンジして大きな成功を収めましたが、サービス業は通信サービスにみられるように「ガラパゴス化」し、縮小の道をたどっているようにみえます。

だから「ものづくり」が不要だとか「サービス化」が必要だとかいう議論は、あまり意味がない。重要なのは、製造業だろうと非製造業だろうと、コモディタイズしないノウハウをもっているかどうかです。サービス業もコールセンターなどは中国にアウトソースされているし、逆に製造業でも任天堂のように独自の技術をもっていれば高い収益を上げています。日本経済の生き残りに必要なのは、コモディタイズする市場でつねに製品差別化するイノベーションです。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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