選挙に勝つことが政党の存在意義である - 矢澤豊

2009年07月10日 02:20

長期にわたって政権党であり続けた与党は、ここにいたって末期症状。世論調査で野党に後れをとりつづけ、首相/党首自身の支持率は半永久的に20%以下を横ばい。手詰まり状態のところに、党首選挙で党内のアウトサイダーが対立候補として名乗りを上げ、紆余曲折の末、新党首が選出される。新党首/新首相の下で総選挙に突入した与党は、全ての世論調査の予想を覆して、大勝する...。


追いつめられた自民党代議士の白日夢?

いやいや、イギリスにおける1990年11月サッチャー首相失脚から、1992年4月メージャー首相奇跡の総選挙勝利にいたる経緯です。

20世紀のイギリスにおいて最長を記録したサッチャー保守党政権は、前人未到の総選挙三連勝(1979年-1983年-1987年)を記録。しかし政権末期には人気が低迷し「このままでは次の選挙に勝てない」と、保守党議員たちはパニック。ところがサッチャー首相ご本人はそんな陣笠議員のあせりなどおかまいなし。世論や支持率など気にもせず、飽くなき改革に突き進む「信念の政治家(Conviction Politician)」、鉄の女宰相。

そこに保守党内でアウトサイダーであったヘゼルタイン氏が党首選挙で対立候補として名乗りをあげます。サッチャー首相は一回目の投票で、へゼルタイン氏に規定の得票率15%の水をあけられなかった為、二回目の決選投票にもつれ込むことになります。

予想以上のヘゼルタイン支持票に驚きはしたものの、当然決選投票で勝つつもりでフランスのフォンテーヌブローで開かれていた欧州サミットから帰国したサッチャー首相は、支持を確認するため閣僚とひとりひとり面談しすることにしました。そこで閣僚たちは異口同音にこう返答したのです。

「首相、わたしはもちろんあなたを支持しますが、あなたは決選投票で負けるでしょう。」

ことここに至り、サッチャー首相は自分の政治生命が断たれたことに気がつきました。次回総選挙をサッチャー首相の下で勝利することは不可能との結論にいたった保守党議員たちは、一回目の投票結果が出た時点ですでにサッチャー首相をお払い箱にすることで意見が一致していたのです。

翌日、泣きはらした目のままダウニング街10番地の外に現れたサッチャー首相は、国民に向け別れの短いスピーチをした後、政治の表舞台から永遠に去っていきました。

その後、2回目の投票から出馬したメージャー氏が新党首/新首相としてオンステージ。1992年の総選挙までの2年間、メディアにさんざっぱらバカにされつつ、なんとか政権運営をこなし、総選挙戦に突入すると、各世論調査によって勝利を確信した労働党キノック党首の派手な選挙キャンペーンに対抗して、メージャー首相は街角で木箱にのっかりメガホン片手に街頭演説を展開。かくして投票日にフタを開けてみたらメージャー保守党が英国史上最高の全国得票数(ただし小選挙区制度のため議席数は減少)を得て保守党政権は四期目を迎えることになったのです。

歴史的宰相への恩義と忠誠心をあっさりと捨て、悲惨なまでの失脚劇をもって葬り去ったあとに、総選挙を見事に制する。サッチャー政権で閣外相を勤めた故アラン・クラーク氏は自嘲と屈折したプライドを込めてこう言いました。

「保守党はここら界隈で一番のやり手婆ぁなのさ。」

(本当は「The Oldest Whore in Town」と言ったのですが、「売春婦」じゃいまいち意味が通じないかと思ったので、あえて意訳。)

日本やイギリスのような議院内閣制の国において、政党の存在意義は選挙に勝利し、政権与党となることにあります。この目的の為に、政党は政策を研究し、多数派工作を行い、選挙民の支持を得ようと努力するのです。(政権をとることもねらうこともなく、政府方針にはなんでも反対、実現不可能な政策と理想をかかげるだけでこと足れりとしている万年野党という存在は、いいたいことだけ言い、ぼやくだけぼやくことを生業として、しかも政党助成金などの税金で養われている希有な存在といえるでしょう。)

先週のエコノミスト紙にも記事でとりあげられていましたが(コチラ)、この視点から今現在の自民党を眺めると、ことここに至ってまでも、まともに「麻生おろし」もできず、あたかも座して死を待つかのような有り様で、政党としてこの存在意義をすでに忘れてしまったのではないかと思えます。(それにしてもこの記事の麻生さんのイラストはあまりに悪相ですね。)エゲツない「やりて婆ぁ」とまではいかないまでも、政党として「勝つ努力」と自浄能力が全く作動していません。

県知事選、都議選への影響を考えて...という至極ごもっともな理由もあるのでしょうが、一番根本的な理由は、現在の自民党議員の大多数を占める「世襲議員」たちに、自分たちの議員としての地位を所属政党に負っているという意識が少ないからではないかと思います。そりゃ、パパやおじいちゃんから地元支持組織と集票マシーンを「棚からぼた餅」した若殿様衆に政党への帰属意識が高いわけありません。

政党として選挙に勝とうという意欲がみられないということは、 政権担当政党としての機能が缺落していることに他なりません。自らの出自と門閥だけで選挙戦を戦える世襲議員は、元気に選挙カーから手を振って、駅前で声をあげていればいいのですが、政党として選挙に勝つ為にはまじめな政策議論と、それに基づいた選挙民の支持獲得への努力が不可欠となります。

族議員間の妥協と、問題の先送りばかりといった自民党のマニフェスト案の概要を仄聞するに、どうやらこのままでは今回も元気に選挙カーから手を振って、駅前で声をあげるだけの昔通りの選挙戦になりそうです。

1992年総選挙におけるメージャー保守党の奇跡の勝利のカラクリのタネの一つは、当時のイギリス労働党に、時期尚早な戦勝ムードではカバーしきれなかった右派/左派の分裂があったことです。サッチャーさんにやられつづけてきた労働組合を支持基盤とする旧態然の左派と、後のトニー・ブレアに代表される、中道よりの新世代。サッチャー退陣から総選挙までの2年間、労働党首脳部はズボラして、この両者間のズレを解決することなく、ひたすら安易な与党批判に費やしてきたため、八方美人で玉虫色なマニフェストで総選挙線に突入。財源確保の裏付けが不明瞭でスキだらけのマニフェストは保守党の格好のエジキとなり、「労働党は増税党」というネガティブ・キャンペーンは70年代「英国病」の悪夢をまだ忘れていなかった選挙民に絶大な効果を上げたのです。(なんとなく今の日本の民主党と共通点が多いような気がしませんか?)

12日の都議選以降、どのようなテンポで総選挙までの政局が推移するのかわかりませんが、自民党はたけし軍団の補欠選手に色目を使って安易な人気取りに走ったり、野党党首の献金問題で適失をねらったり、と寝技を狙うのはいいかげんにし、降ろすべき党首は降ろし、揚げるべき政策の旗幟を鮮明かつより踏み込んだものにすべきでしょう。

正々堂々の選挙戦を挑めば互角以上の勝負ができるはずです。心ある国民にとって一番の理想は、X人目のタレント候補や、今年X件目の献金疑惑ではなく、政権を担うにたる政党同士による納得いくまでの政策討論なのですから。

最後に、以前は政党の中枢にあったのに、途中で努力を放棄し、「イチぬけた」をした渡辺喜美氏や、鳩山(弟)氏などは、「政局」と聞くと目の色を変える政治部記者からみれば賢い選択をしたかのように思え、格好の「歩く記事ネタ」に見えるのかもしれませんが、政党政治家としてはただ無責任なだけの若殿様政治家の典型だといえるでしょう。(ご両人とも「元気に選挙カーから手を振って、駅前で声をあげて」いれば当選確実です。)イギリスの格言では「沈没する船から最初に逃げ出すのは『ネズミ』と相場が決まっている」というのです。

オマケ
The Political Assassination of Margaret Thatcher

UK General Election of 1992
民主党の皆さん、反面教師です。

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