池尾さんの記事に引用されているのとまったく同じ記事が、日経ビジネスオンラインに出ています。私も、この記事を読んで引っかかりを感じました。まず竹森さんは、池尾さんの同じコラムを引用して、こう書きます:
前川リポートの問題意識は、「日本の貿易収支の黒字を輸入の拡大を通じて減らす」ことにあった。つまり、日本経済全体が自動車の輸出に依存している事実を問題にしていたのではなく、自動車輸出は今後とも重要だが、さらに海外からの製品輸入が増えるように市場を開放するべきだというのが基本思想だった。(強調は引用者、以下同じ)
これは正確ではありません。前川リポートの原文の第1項目は「内需拡大」で、その内容は「外需依存から内需主導型の活力ある経済成長への転換を図るため、この際、乗数効果も大きく、かつ個人消費の拡大につながるような効果的な内需拡大策に最重点を置く」と書かれています。第3項目に「市場アクセスの一層の改善と製品輸入の促進等」もあがっていますが、前川リポートは、明らかに「外需依存」を問題にしており、内需拡大を「最重点」の政策として提言しています。
さらにいえば、通商交渉で米政府が要求してきたのは、市場開放よりも「430兆円の公共投資」などの内需拡大策でした。当時すでにほとんどの工業製品の関税がゼロになっており、市場開放の余地が少なかったからです。前川リポートについては「経常収支がつねに均衡する必要はない」という経済学者の批判もありましたが、リポートの最重点が内需拡大策だったことは歴史的事実です。
もう一つは、池尾さんも引用している部分ですが、私はもっと素朴に日本語として疑問を感じます:
今、日本の全労働者が就業時間の2割を削って、その時間を家族の高齢者の介護に当てたとしよう。その結果、精神的な満足は得られるかもしれないが、所得と生活の水準の低下は免れず、GDP(国内総生産)も2割ほど減るだろう。全労働者が2割就業時間を削る代わりに、労働人口の2割が医療と介護を職業に選ぶならば、他の労働者との代金のやり取りによってGDPは膨らむかもしれないが、結果は同じはずだ。
たしかに国民の2割が無償のボランティアになったら、GDPは減るでしょう。しかし医療や介護を職業として行なえば、そのサービスへの対価が発生します。現に竹森さんも「GDPは膨らむ」と書いているではありませんか。その膨らむGDPが2割を上回るか下回るかは先験的にはわかりませんが、労働者の2割が無償で介護するのと「結果は同じ」ということはありえない。それとも自動車産業のGDPと福祉部門のGDPには、何か本質的な違いがあるのでしょうか?
以上は、特に経済学の高度な理論を援用しなくても判断できる誤りで、たぶん竹森さんのケアレスミスだと思われるので、彼の本論である医療についての議論には言及しません。この記事が誤読であれば、反論を歓迎します。「アゴラ」に投稿できるよう招待メールを出しましたので、そのメールからライブドアにログインすれば投稿できます。
コメント
この記事にコメントしても良いのか分かりませんが、
まさに「自動車産業のGDPと福祉部門のGDPには本質的な違いがある」ということなのではないでしょうか。
税で支えられている福祉部門と、完全な民業である自動車産業では比較にならないと思います。
「公共事業がダメなら介護だ」と言った方がまだ筋が通っています。
それだけでなく、自動車産業は機械化、ロボット化が進んでいますが、現状の介護は100%人手のサービス業で、生産性の伸びも期待できません。
さらに言えば、現状の介護保険制度と介護ビジネスは、事務コストが嵩むお役所体質そのもので、とても有益とは思えません。
そういった問題も、役所で作られた、税により支えられる、生まれながらに腐敗した制度であるからで、それが自動車産業と根本的に違うのではないでしょうか。
まあ、つまるところ、税で支えなければ、医療も介護も成り立たないので、これを拡大して内需拡大とするには、日本社会はまだまだ未熟で時期尚早ということではないでしょうか。
本論を読むと、竹森さんも「福祉=公共事業」と考えている節があります。しかし政府支出でまかなわれているのは医療や介護の一部だけで、大部分は民業です。そして「官営」に片寄っている福祉サービスを民営化することによって生産性を高めるべきだというのが、多くの専門家の意見です。
したがって自動車と福祉に本質的な違いはなく、市場の縮小した前者から後者に需要が移動することによってGDPが維持できます。ところが竹森さんは、それを「自動車に代わって医療をリーディング産業にすべきだというバカげた話」といい、福祉は政府の「再分配」の問題であって産業ではないと考えている。
率直にいって、こういう考え方こそ、現在の福祉をだめにしている厚労省の家父長主義です。福祉を「普通の産業」ととらえないかぎり、本来の意味での「内需拡大」はできないでしょう。
自動車産業のGDPと福祉“産業”のGDPには、本質的には変わりはありませんね。常識だと思います。
ただ、現時点での生産性という点で、ある意味磨き抜かれた自動車産業と、まだまだ産声を上げて間もない福祉産業を直ぐに置き換えられるものと思ってもいけないと思いますね。
兎に角、福祉も産業のひとつ。そしてこれからも需要は拡大し続ける有望な市場ですよ。しかも、世界でもっとも高速に高齢化が進行している日本です。ここでしっかりと民間の競争に依る切磋琢磨で生産性を上げる事ができれば、後からやって来る世界的な高齢化問題でアドバンテージを獲得する事が出来るかもしれないのですね。
もし、介護の仕組みで素晴らしいものが出来上がれば、100%人手のサービスであっても、そこはフランチャイズ展開とか、ビジネスモデルの構築次第でしょう。それで世界で稼ぐ事だって可能です。
こうした事は国が云々するのではなくて、(出来れば日本の)起業家の知恵で世界展開にまで持って行って欲しいなぁと思います。
経済の知識ナシの理系人間だが、
日本には3人の人しかいないとする。それぞれ
A=10、B=10、C=0(失業者)、D=-5(公務員)計15 のプラスがあったとする。
Aが高齢者となり働けなくなると、
A=0、B=10、C=0、D=-5 計5 だが、Aに2の介護が必要となり、Bが働く2割を介護に当てると、
A=0、B=8、 C=0、D=-5 計3 一方、介護保険で失業者Cに仕事が回るようになると、
A=0、B=10、C=2、D=-5-α 計7-α となるので、GDPが3より上がるので、介護保険でCに仕事を回した方が良い。となるが、介護保険の原資は所得のあるBとCから税金で2取られている訳だから結局計5-αとなり、αが2を上回るとBが自分で介護した方が良いことになる。問題はAが10から0になった事、及びD(公務員)事務費が大きいと言うことで、経済学者ならば、Aは無理して働くか、無くなってもらうことが一番良い。それが出来ないなら、Dの事務費を大きく削減せよ。と言うべきだと思うが、肝心な所は言わず話が大きな要素に行かないのは何故か?経済学が学問であるならば、本質の部分を語って頂かぬと皆が幸せになれない。
訂正ですすいません。日本には4人いました・・・・。