「組織防衛本能」の病理 - 松本徹三

2009年08月16日 00:45

NTTグループには、私にとって旧知の方々がたくさんおられ、その多くは、人間的にも能力的にもとても尊敬できる人達です。にも関わらず、話が組織構造の問題に及ぶと、皆さんが急に慎重になるというか、極言すれば「思考停止」になられるようなのを、私は長い間訝しく感じてきました。


しかし、これは、突き詰めると、人間が本来持っている「組織防衛本能」なのではないかと、最近では思うようになりました。これは「組織に対する忠誠心」と言ってもよく、また「現行体制を変えることに対する漠然たる恐怖心」と言ってもよいかと思います。これを「日本人固有の性向」と言うのは性急かもしれませんが、少なくとも、「日本人に特に色濃く見える傾向」ということは言えるでしょう。

このことは、大げさに言うと、農耕民族として生きてきた「日本人の歴史的背景」と、キリスト教やイスラム教のような唯一神を持たない「日本人の精神構造」とも関連していると思います。農耕民族は、基本的に決められた土地を守り、巡ってくる季節が収穫をもたらすのを待ちます。新しい土地を開拓したり、不順な天候と闘ったりすることは、出来れば避けたいことです。唯一神に対する信仰がなければ、事の善悪よりも、組織や家父長に対する忠誠がより重要とみなされることになります。

一方で、このような「本能」或いは「心理」は、「既得権を守る」行動にも当然つながっていきますし、何事によらず、「改革・開放政策」に対しては、抵抗勢力として作用します。また、組織ぐるみでの不適切な慣行があった場合には、隠蔽工作につながっていきます。要するに、あまり良いものは生み出していないようなのです。

面白いことに、私が若い頃には、「内部告発」などというものは「組織に対する裏切り行為」であり、たとえ止むに止まれぬものであっても、なんとなく後ろめたいものと思われていましたが、最近はそうではなく、法律家や会社のコンプライアンス担当部門などは、むしろこれを推奨しているようです。つまり、事の善悪についての各個人の判断のほうが、組織に対する盲目的な忠誠心より重要であるということが、公然と言われる時代になったということです。

にも関わらず、本来は時代の先端を行くべき情報通信の世界で、却って「組織防衛」や「既得権を守る」動きが多いように思えるのは、残念というしかありません。既存メディアには「インターネット敵視」の傾向が根強く残っており、既存テレビ局は、未だに「ソフトとハードの分離」という「当然の流れ」に抵抗しています。NTTグループはなおも「大きいことは良いことだ」と考えているようであり、「独占への回帰」を強く望んでいるかのように見受けられます。

さて、NTT問題ですが、2010年にはNTTの構造問題についてのレビューが始まるということで、私もそれなりに勉強をしました。

野中広務氏が郵政族のドンとして君臨していた1997年に、「分割は行うが持株会社を認める」という玉虫色の決着がなされた時のことは、私の記憶にも新しかったのですが、その頃の記録をあらためて精査してみたところ、当時危惧されたようなことは、結局のところは幻想に過ぎなかったのであり、「本当は持株会社などは要らなかったのだ」ということが分かりました。(その根拠については、6月5日6月8日の二回に分けて投稿した私の長文のブログの中で詳細に説明しております。)

ところが、それでは、「あの時の決着は、良く考えてみると意味のないことだったから、あらためてNTTの構造問題を考えてみようではないか」と熱意を持って提言し、取り組んでいこうとする政治家が、自民党であると民主党であるとを問わず、今いるだろうかと考えてみると、どうもその可能性は少なそうです。理由は簡単で、集票力のあるNTTや全電通を敵にしてまで、そんなことをしてみても得るものは殆どないと、どんな政治家でも思うだろうからです。

NTTグループと競争する立場にあるKDDIグループやソフトバンクグループは、当然「公正競争実現」の見地からNTTの構造問題にメスを入れることを求めていくでしょうし、既にKDDIの小野寺社長は、いくつかの牽制球を投げ始めておられますが、現在の政治力学から考えると、民主党と近い京セラの稲盛和夫さんの影響力を勘案してみても、その前途には色々な困難があるように思われます。

私もソフトバンクの役員ですから、時が来れば、ソフトバンクとしての意見をはっきり言わなければならないことになるでしょうが、今の時点での私は、むしろ「自分がNTTグループの社員だったら」という観点からものを考えています。何故なら、この問題は、「NTT 対 競争事業者」の問題というより、「全ての関係者(ステーク・ホルダー)にとってのよりよい業界構造の追求」の問題であるように思えてならないからです。

先ず、もし私がNTTグループの中堅社員だったとしたら、最も危惧するのは、「独禁法に対する懸念から、或いはドミナント・キャリアーとしてのステータスから、色々な面で手足が縛られ、自由が利かなくなること」でしょう。この意味では、「現状維持」は必ずしも望ましいことではないのです。

次に、私がもしNTTの労組の役員だったら、周囲の批判を受けることなく雇用を維持する為には、「現状維持」だけで事足りるのだろうかと考え、相当に悩むでしょう。そして、私が提言している「光通信網構築の前倒し」(8月3日付のブログをご参照ください)のような、何らかの新しいプロジェクトに取り組めれば、この悩みが解消するのではないかと考えるでしょう。

最後に、国・財務省を含めたNTTの株主の立場から考えてみると、前述の6月5日付の私のブログで分析したように、NTTの構造を変えることが株価の上昇につながり、或いは、やり方次第で新しい財源を生み出す可能性もあることを、よく検討してみる必要があるでしょう。

このように考えてみると、「構造問題」と聞いただけでNTTの関係者が拒否反応を示すのは、実は謂れのない「組織防衛本能」が機械的に働いているだけのことであって、本当は、NTT自身のステーク・ホルダーこそが、今こそこれを真剣に考えるべきではないかとさえ思うのです。

勿論、「持株会社は実は要らない」等と言われれば、持株会社の社長やその周辺の人達は心穏やかではないでしょう。しかし、会社を代表してその得失を考えるべきは、一握りの経営者ではなく、全ステーク・ホルダーの集合体であるべきです。また、いつも言われているように、NTTグループのあり方は、産業戦略的にも、財務的にも、常に国の利害と背中合わせで考えられるべきでもあります。

今必要なことは、日本中のあらゆるところでの「組織防衛本能」の病理からの脱却です。これがなされなければ、いつか我々はそのことを深く悔やみ、又、恥じることになるでしょう。

松本徹三

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