匿名ネット社会の可能性(後編) ―中川信博―

2009年09月09日 18:30

―メディアはどんどん多様化し始めました―

2000年以降メタル回線は光ファイバー回線へシフトします。キャリアは様々な回線プランを用意して顧客の囲い込みに奔走します。ビジネスモデルはホームページなどから動画配信へとシフトします。PCはローカルで作業する「端末」からAV機器的役割を持ち始めます。携帯端末がネットに接続できるようになり、端末についているカメラで映像や動画がリアルタイムで共有できるようになりました。


―WEB技術の進化―

ユーザーへのサービスはホームページからブログ、そしてSNSと情報発信型からコニュニケーション型へ進化し、それまでの匿名―ネット上の本人―から実名でリアル社会とリンクしたものへと変化し始めました。WEBブラウザはWEBアプリケーションの動作プラットホームへと進化しました。

―ビジネス系サービスとコンシューマ系サービス―

ビジネス界ではインターネット上での「交換」いわゆる市場が出来ました。情報を検索したついでに購入できるようになりました。セキュリティーはハード面―クレジットなど―とともにソフト面―個人のプライバシーや名誉毀損など―で向上した結果、コミュニティを使用するコンシューマを多く引き寄せました。―当然まだ問題は解決しておりませんが―

ブログへの専門家の参加は情報の質を飛躍的に高めるとともに、匿名個人の情報や暗黙知が新聞やその他のメディアをしのぐようになりました。新しいメディアの誕生です。SNSは同じ趣味、思考、興味、出身地などの今まで集えなかった人々を繋げ、情報の交換や議論をすることにより、社会に影響を与えるようになりました。

―再び浮かび上がる匿名問題―

しかし実名で真摯に情報を発信しているユーザーが特定の思想的問題で攻撃を受けるようになりました。いわゆる炎上です。匿名ユーザーの攻撃性はリアル社会では許されない名誉毀損でも、むしろ英雄的行為として賞賛を受ける場合が少なくありません。

むしろそのことに触発された他のユーザーの方がその攻撃性を増幅させる場合も見られます。リアル社会では考えられない、10代の若者が社会的地位の高い―学者や経営者など―人を批難罵倒していることが恒常化しつつあります。匿名というのは人を感情のおもむくままにする、一種の麻薬のような作用があるのでしょうか。

―なぜか右翼化したネットコミュニティ―

ネトウヨという言葉に見られるように、ネット世論は右、左で言うと右よりだと思います。せと氏のブログなどはLivedoorのブログランキングでも常に上位です。

特に麻生氏の登場は彼彼女を保守的論調に誘導したと思います。ここで驚くべきことは当初「しがらみ」から自立した人々が連帯したことです。麻生氏の支持はネット世論―そのようものがあるならば―ではすさましいものがありました。既存メディアが伝える麻生総理支持率がなにかうそのような、高い支持を得ていたことは確かです。

―なぜ麻生氏は支持を得たのか―

当初、ネットに集う彼彼女は、リアル社会から締め出された、あるいはかかわりを持ちたくないという人たちではなかったと思います。彼彼女はインターネットとともに漫画やアニメのユーザーでもありました。リアル社会では互いに接点がない、彼彼女らはインターネットを通じて、漫画やアニメで共感できる、あるいは自分をわかってくれる擁護者として、リアル社会の麻生氏を熱烈に支持をしたのではないでしょうか。漢字も読み間違いなどは彼彼女らにとっては、いよいよ強く共感できる行為になったのではないでしょうか。

彼彼女が集っていた掲示板はやがて個人用のブログとなり、情報は専門的になり、その交換はいよいよ密に影響を与え合う相互性を強めたのではないかと思います。その結果その情報はある一方向へと収斂していき、「麻生支持」という世論を形成したのではないかと分析しています。

―結局日本的な村社会が出現した―

ある共感や価値、またそれをリードする情報やその発信者などによりコミュニティに序列が出来て秩序が現れます。そのなかでその共感や価値を否定するような情報やその発信者を排除するような行動が現れます。先出の「炎上」というものです。

リアル社会から逃避してネット社会に自己を発見した彼彼女は今度、このコミュニティから排除されたくない為に、一方向に収斂した共感や価値に服従します。いわゆる村八です。ネット社会の村八はリアル社会のそれより、恐るべきスピードと範囲で起こります。

―どのように判断行動するのでしょうか―

たとえば私が購買行動であれ、投票行動であれ、判断行動する場合は、ネット上や既存メディア、あるいは書籍や雑誌などの知識や情報を、今まで薫陶を受けた恩師や尊敬すべき友人などから教わった考えかたで、信仰や日本の伝統文化を通じて学んでいる基準で、判断行動するでしょう。インターネットから情報や知識を得ますが、最終判断をするのはリアル社会の自分になります。

ネット社会の彼彼女は、伝統や文化、地域社会、学校、家族といったリアル社会のコミュニティと、ネット上のそれとは違う顔を持っていたり、あるいは孤立したりと、影響をまったく受けていないのではないでしょうか。そしてその違う顔をした彼彼女からの影響をネット上から受けているのではないでしょうか。

―どちらの自己が本当の自己なのか―

つまり彼彼女が判断行動する場合の判断する自己は、ネット上の自己なのでしょうか、あるいはリアル社会の自己なのかどちらなのでしょうか。ネット上で影響を受けて、リアル社会でもその行動をするのでしょうか、ネット社会上の自己はネット社会上で影響を受けながらも、リアル社会の自己はリアル社会からの影響で行動しているのでしょうか。

ネット上で麻生総理を支持した彼彼女はリアル社会で本当に麻生総理を支援したのでしょうか。この既存メディアの出口調査とニコニコの出口調査の乖離が非常に面白いと思います。

これらのことは今後、政治はもちろん、経済や経営を考える上で、非常に重要なことになるような気が致します。ネットでもリアルネームで情報や知識を発信している人はこのような乖離はないでしょうが、匿名で活動している彼彼女らの判断行動はどちらの自己なのでしょうか。

これら彼彼女らの心の内側の「知」を知ることが出来れば、政治経済を大きく変革できるかかもしれません。

(終わり)

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