新聞のあり方に影響を与える方策 - 松本徹三

2009年09月13日 22:55

私はこれまでに何度か新聞とインターネットの融合についての意見を投稿してきましたが、その都度、「新聞社の実態に対する見方が甘すぎる」「新聞社の姿勢を内部から変えるのは無理だ」という趣旨のご批判を頂きました。成程、そうなのかもしれません。

そこで一つ提案があります。毎日の新聞記事を全国の色々な人達が綿密に読んで、その問題点を一つ一つ指摘して議論を呼び起こす「専門のブログサイト」を作ることです。


日本中には、それぞれの分野に詳しい方々が星の数ほど居られ、意見はそれぞれに異なっていても、それぞれに相当の見識を持っておられると思われます。この人達が、それぞれの新聞記事のどこに問題があるか、具体的に言えば、「事実誤認」「偏り」「見落とし」「論理の不整合」等があるかを指摘し、サイト上で議論を活発に闘わせれば、通り一遍の新聞記事だけでは満足できない人達を惹き付ける事ができるでしょうし、それ以上に、各新聞社はこれまでの安易な姿勢を改めざるを得なくなるでしょう。

編集責任者の池田先生にご異議がなければ、先ずはアゴラがこの役割を買って出る事にすれば如何でしょうか? 

現状では、「似たような考えの人が集まっているので、アゴラ自体の論調に偏りがある」という批判をする人が出てくるかもしれませんが、そこがインターネットの良いところです。各投稿者が、「誹謗中傷はしない」「公序良俗を害するような事は書かない」「常に論理的で公平な議論をするように心がける」という原則を守ってくれる限りは、「如何なる人の如何なる議論も受け入れる」という原則をアゴラが堅持し、このような批判は回避できるでしょう。

既存の「五大新聞社」と「五大民放」を支配する一握りの人達が世論形成に絶大な力を持っている日本の現状を危惧する人達は多く、いつだったか、この五大グループの外にある週刊誌が「既存メディアがタブー視することを集中的に取り上げる」ことを標榜した事もあったと記憶しますが、週刊誌や月刊誌ではタイミングが遅れてしまい、既存メディアに対する牽制機能は持ち得ないということもすぐに分かってしまいました。

この点、インターネットは、既存メディアに対して「即時性」で引けをとらず、「双方向性」と「情報量と情報源の広がり」では、はるかに既存メディアを凌駕します。「情報解析の質と洞察力」については意見が分かれましょうが、これは結果が出てから争えばよい事です。

抽象的な事ばかりを言っていては埒があきませんので、以下に一つ例を上げます。この記事自体は別に何と言う事もないものであり、些細な事の揚げ足を取るようで心苦しいのですが、私が具体的に例を示せるのは自分の専門分野の事でしかないので、悪しからずご了承ください。

先の投稿で、「既存メディアは総務省の記者クラブ等での取材だけに頼るのではなく、もっと海外で得られる情報を取り上げるべきだ」と私は論じたのですが、偶然、その直後の9月7日付の日本経済新聞に、ブリュッセルの特派員が発信してきた「EU『第4世代』携帯研究 来年から官民で母体組織」と題する5段抜きの記事が出たのを目にしました。

この記事の冒頭には、「EUは2010年から『第4世代』と呼ばれる携帯電話の研究開発を始める。母体となる組織には携帯電話機最大手のノキア(フィンランド)や独シーメンスなどの企業、研究機関が参加する。EUは官民の連携によって新サービスの国際標準づくりで主導権を握る考えだ。」と書かれており、「EUは先ず10年1月に1800万ユーロ(約24億円)を投資し、資金面から研究開発を支援する。」「携帯各社は来年以降『3.9世代』と呼ばれる『LTE』方式の次世代携帯サービスを始める。これに対し、EUが研究開発に乗り出すのは、さらに高速の『LTE Advanced』で『第4世代』に相当。」と言う文章が続いています。

ご丁寧にも、この記事には、EUの旗を背景にスペインの国防相が携帯電話機を手にして微笑んでいる写真(この記事とは何の関係もない写真と思われる)が二段抜きで添えられており、全体のトーンは、明らかに、「EUは次々世代の国際標準の主導権を握るために官民が連携して動き出しているぞ(日本もぼやぼやしていないで、もっと官民が連携すべきではないのか)」と訴えているかのようです。

さて、意地悪爺さんのようで申し訳ないのですが、この記事の問題点(間違い)は下記の通り、多岐に及びます。

1. この記事の出所は、私の知る限りでは、「次世代携帯に関連するアプリケーション開発について、EUとしても、その促進の為に若干の基金を拠出する事を決めた」ということのようで、その対象としては、ノキアのような巨大メーカーよりは、むしろ大学や独立の研究機関を考えているようです。

(但し、通信関連技術の開発を促進する為のこの程度の金額の拠出は、日本でも既に行われており、特に大きな記事にするほどの事とも思えません。)

2. 細かいことですが、独シーメンスは、通信インフラ部門はノキアが主導するNSNという新会社に合体済み、端末部門はそれ以前に台湾の会社に売却済み故、このような組織(?)に直接参画する事はありえません。

(EUの担当者がもしシーメンスの名前を口走ったのであれば、「何か特殊なアプリケーションを手掛けている同社内の小さな一部門がこの基金に興味を示している」という事ではないでしょうか?)

3. この基金を、どのようなやり方で「適格と見做された各企業や研究機関」に割り当てようとしているのかは分かりませんが、仮に総額24億円を公正を期する為にEU加盟国の10社程度の業者に配ったとすると、1社が受け取れるのは2-3億円程度になります。この程度の金額は、LTEのような通信システムの開発に必要な厖大な資金に比べれば雀の涙にも満たないもので、Nokiaのような大手メーカーでは殆ど問題にもならない金額です。

(ちなみにLTEの開発に既に550人の開発要員を投入しているという業界トップのEricson社の上層部にこの記事の事を聞いてみましたが、誰もこの事は知らず、特に興味も示しませんでした。そんな事よりも、彼等が今最も気にしているのは、LTEを含めた次世代携帯通信技術の開発に1500人を投入していると言われる中国のHuawei社の動向です。)

4. EUを含め、日本以外の世界中の通信技術関係者が「第4世代」と言うときには、日本では「3.9世代」と呼ばれている「LTE」と、日本で「第4世代」と呼ばれている「LTE Advanced」を総称しています。「3.9世代」という呼び名はNTTドコモが総務省に提案したものと思われますが、日本だけで通用している呼び名です。

(私自身は実はこの呼び名が気に入っているので、特に声を大にして異議は唱えていませんが、世界で通用していない呼び名である事は確かです。)

5. LTEの標準化は既にITUの下部機関である3GPPという標準化機関で粛々と進んでおり、LTE Advancedの標準化も当然それに続くものと思われます。3GPPには世界中の主要機器メーカーや技術開発会社、通信事業者などが参加していますが、会議を主導しているのはメーカーや技術開発会社で、お互いに出来るだけ自社で開発が進んでいる技術を標準に入れるべく、しのぎを削っています。

(EUは勿論、国はこの標準化機関のメンバーではありません。)

6. この記事を読む限りでは、あたかも「EUがITUの向こうを張るような形で独自に研究開発や標準化を進めようとしている」かのような印象を与えますが、そんな事はあり得ません。技術開発は、自社の存立を賭けて各メーカーが既にとっくの昔からやっていることであり、標準化は3GPPの仕事と明快に決まっています。

第2世代のGSM、第3世代のWCDMA/HSPAを使ってサービスを提供している通信事業者の世界組織であるGSMAは、私もボードメンバーの一人ですが、今、各メーカーへの影響力を行使して、3GPPでの発言力を間接的に強めていこうと考えているところです。

多くの通信事業者は多国籍企業で、サービスの質を上げてコストを下げる技術は、提供者の如何に関わらず歓迎する立場ですから、技術開発や標準化で特定の国やEUの関与を求めるような考えはありません。

さて、はからずも特定の記事に小うるさくイチャモンをつける内容の投稿になってしまいましたが、ここで、罪滅ぼしの為に、各新聞社に対して一つの提言をさせていただきたいと思います。

先ず、日本経済新聞クラスになれば、本社にはそれぞれの分野で少なくとも数名の専門家を置き、日頃から色々な人達の異なった意見を聞いて、これを事実や理論に照らしてよく比較検討した上で、自社としての一つのゆるぎない見識を持っておくべきです。(大本営発表をそのまま鵜呑みにするべきではないのは当然の事です。)

海外特派員からの発信には敬意を払うべきですが、海外特派員は全ての分野に詳しいわけではないのですから、その内容については、本社に蓄積されているこの「見識」に照らしてよく吟味し、必要に応じて修正が加えられるべきです。(尤も、今回のケースでは、「3.9世代」 と「第4世代」の用語の使い分けなどについて、特派員側には罪がなく、本社側に正しい理解がなかったのではないかと私は疑っていますが…。)

最初にお断りしましたように、ここに挙げた事例は、たまたま私の能力の中で対処できた一つの事例に過ぎず、この記事に仮に「明らかな事実誤認」や「妥当性の疑わしいメッセージ」が含まれていたからと言って、特に目くじらを立てるような事ではありません。しかし、数多くの新聞記事の中には、多くの人達にとってはるかに大きな弊害をもたらすものも含まれているのは事実でしょう。そういう事態は放置しておくべきではありません。

多くの識者が指摘しておられるように、一旦強大な力を持ってしまった組織というものは、「組織防衛のための団結力」は強烈に働いても、「外部の声に率直に耳を傾けた上での自浄機能」はなかなか働きにくいもののようですから、ここはやはり、アゴラのようなインターネットプレイヤーの出番なのかもしれません。

松本徹三

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