八ツ場ダムとサンクコスト - 池田信夫

2009年09月23日 23:55

前原国土交通相が、八ツ場ダムの現地を訪れ、住民との話し合いを求めましたが、ダム建設中止に反対する住民は、会合を拒否したようです。こういう話し合いは地元対策としてはわかりますが、事業の当事者でもない住民と話すのは、セレモニーとしての意味しかない。本質的な問題は「今までの苦労をどうしてくれる」などという議論ではないからです。


八ツ場ダムの総事業費4600億円のうち、すでに3200億円が使われ、残る事業費は1400億円です。国土交通省の公式発表によれば、ダムの費用対効果は3.4だから、効果は1兆5000億円以上ということになります。これが事実だとすれば、ダムは建設すべきです。逆にその効果が費用を下回るなら、建設は中止すべきです。今まで地元の人々が苦労した気持ちはわかるが、そういう取り戻せないサンクコストは考えてはいけないのです(各都県に費用を返還するのは当然で、国と自治体の間の所得移転にすぎない)。

問題は、国交省が発表している費用対効果が正しいのかどうかです。これについては、私は一次資料をもっていないので何ともいえませんが、反対派のウェブサイトによれば、その効果には疑問があります。

  • 利水効果:八ツ場ダムは治水のために夏場は水位を下げるので、渇水対策としての効果は小さく、関東圏の5%程度

  • 治水効果:八ツ場ダムによる水位の低下は、過去最大規模の洪水が起こったとしても10cm前後で、ほとんど効果はない

これに対する国交省の反論はないので実態はわかりませんが、正確に便益を評価するには、機会費用を考える必要があります。八ツ場ダムがまったく必要ないという反対派の主張が正しければ、機会費用はゼロですが、国交省はダムと同様の治水効果を堤防によって実現するには数千億円が必要だという。近隣の知事にも、水需要は限界にきているという意見があります。

今後の追加的費用の見積もりにも不確実性が残りますが、国交省の計算によれば、今ダムの建設をやめると、生活関連の補償などで770億円かかり、事業継続によるネットの費用は(1400-770=)630億円ということになります。ただし反対派は、東電への補償などによってさらに1000億円以上のコストがかかると主張しており、これを上限とするとネットの費用は約1600億円です。

この場合もサンクコストは無視してよいので、建設を中止することが合理的になるのは(総事業費ではなく)今後の追加的費用である1600億円よりダムの便益が小さいときです。だから長期事業の大部分が終わったところで中止するのは――その事業の総事業費が便益を上回るとしても――不合理になることが多い。

今後も事業費がふくらむリスクを見込んでも、残るコストの2倍の3200億円以上の便益があれば継続は正当化できるでしょう。民主党がダムを中止すべきだと考えているのは便益がそれを下回ると推定しているためでしょうが、これは現在の国交省の1兆5000億円という評価とは大きな開きがあり、このままでは議論は成り立たない。

まず必要なのは、こうしたダムの費用対効果を(サンクコストを無視して)計算し直すことであり、地元に説明に行くのはそれからです。「マニフェストで約束した」というのもサンクコストだから、無視するのが合理的です。少なくとも国交省の公式の数字では効果が費用よりはるかに大きいのに、国交相がそれをやめる前提の話し合いをするのは順序がおかしい。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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