ニューヨークでの鳩山演説を評価し、これからの政策に期待する - 北村隆司

北村 隆司

具体的な手法も示さず「主要な排出国の合意を前提に、温室効果ガスの90年比25%削減をめざす」という鳩山発言を聞き、人気取りの暴言だと感じたのは私だけではないでしょう。

ある試算によると、全ての新築家屋に太陽発電装置を義務付け、新車の90%、日本の全車数の40%をHVにした上、現在の太陽光発電を55倍に増やし、鉄鋼、セメントなどは20%以上も減産を迫られ、一家族当りの年間負担が36万円に上るなど、余りにも高いハードルです。


最近の世論調査によると、この削減目標は賛成42%、反対13%という高い支持を得たそうです。但し、この調査に答えた人々が削減目標の負の部分を知った上で支持したものかどうかは、私が知る由もありません。

民主党は、再生可能エネルギーによる発電全量を電力会社に買い取らせ、買い取り制度拡充によって電気代の負担が増える一般家庭のうち、低所得者層に対し電気代などを補助する検討を始めたと報道されています。全量買取制度は米国が再生可能エネルギーを普及させる為に1978年に成立させたPURPA法に倣い、補助金制度はドイツの制度に倣ったものでしょう。

太陽光発電の全量買い取り制度を導入し、負担増分に補助金を出したドイツは、2005年には太陽光発電導入量で日本を抜き世界一になり、補助金対象を全ての再生可能エネルギーに拡大して同様の政策を導入したスペインは、たちまちドイツと並ぶ再生可能エネルギー大国の地位を占めました。

ところが、金融危機で財政負担に堪えられなくなったスペインが、補助金制度を廃止した途端、同国の再生可能エネルギーブームは去ってしまいました。最近の経済紙の報道によりますと、ドイツも補助金政策の見直しを迫られ、経済が好転しない限りスペインと同じ運命を辿る危険があると指摘しています。

米国は世界に先駆け1978年にPURPA法を成立させた位ですから、再生可能エネルギーの先進国で、70年代のカリフォルニアの丘陵地帯に沢山の風力発電機が並ぶ風景は壮観でしたが税法改正と共に衰退しました。当時は中西部の農業地帯を中心に、大型バイオエネルギープラントが多く建設されましたが、ガソリン価格の低下や税法の改正と共に工場は閉鎖される運命を迎えました。温室効果ガスの削減は崇高な目的ですが、これ等の過去の事例は価格競争力のないエネルギーは永続きしない現実を示しています。

話は変りますが、削減基準年を鉄のカーテンが崩壊した翌年の90年に設定した事自体、欧州の利己的な魂胆を疑わせます。何故なら、旧共産圏の老朽化した発電,工業設備の排出削減は極めて容易なのに対して、90年以前から省エネ技術の導入が進んでいた日本の排出削減は「乾いた雑巾を絞る」ほど難しいからです。

又、現行の温室効果ガス削減基準に、CO2中心主義(欧州セントリック)の政治的色彩を強く感じます。欧州は大都会が少なく、NOXがスモッグ化し難い北方に位置する国が多くディーゼルのメリットであるCO2削減を優先し、NOXやPM 規制を甘くする傾向が強い事です。欧州の次期規制(ユーロ5案)でも、規制値は日米よりゆるく、DPF装置基準も明確ではありません。ディーゼルの氾濫でパリやロンドンで目に痛みを覚えたり、喘息に罹ったりする実例も出ています。潜在的癌患者も当然多発している筈です。

高い人口密度と大都会の多い日本は、悪臭,騒音、振動、固形ゴミ、水質規制なども厳しく規制し、その処理に莫大なエネルギー消費をしています。欧州は比較的水質汚染や固形廃棄物に鈍感で、かなり雑な埋め立て方式を採用しCO2排出量を抑える事を容易にしています。

欧州は持ち前のしたたかさに加え、日本とは比較にならないルールと標準の設定能力を持っています。官僚制度の致命的欠陥は、過去の因習と先例主義に依存する体質の為、将来目標と基準の設定に著しく遅れを取る事です。その結果、日本は常に他人の書いた国際ルールに黙々と従う国柄を作ってしまいました。

そんな日本が、何も深く考えずに、25%というような大胆な削減案を国際社会向けに持ち出そうとしている事を知った私が、どんなに心配したかは容易にご想像いただけるでしょう。国内向けの人気取り政策を安易に国際社会に持ち出すなどは、自殺行為だと私は思ったのです。

ところが、そういう考えを持って鳩山首相の「国連気候変動首脳級会合」でのデビュー演説を聴いた私は、少し宗旨替えをしました。一言で言うなら、私は彼の演説に相当魅せられ、国民と世界の指導者に25%という大胆な削減目標を提示して「選択と集中」を迫ったのは、少なくとも第一段階としては正しかったと考えるに至りました。そして、これを単純に「人気取り」と誤解していた自分を反省しました。

そこには過去の歴代首相とは全く異なる指導者の姿がありました。自分の信じる信条を自分の言葉で伝える姿は、説得力も充分で、日本もやっと通常の指導国家に戻ったと言う実感を禁じ得ませんでした。演説の触りで自然発生的に起きた拍手も、過去の日本の首相演説ではなかった現象でした。

経営工学で博士号を持つ鳩山さんだけに、前例踏襲型経営から目標管理型国家経営に舵を切った感じです。米国では「誤った判断は、判断をしないより遥かに良い」と言う言葉があります。何故なら、誤りか否かが早く解るからです。

しかし、当然の事ながら、重要なのはこれからです。

国際的指導者としてデビューした鳩山首相には、12月に開かれるコペンハーゲン会議で以下の提案をし、欧州バイアスの基準を是正する方向に議論を誘導して頂きたいと思います。

1. キャップアンドトレード取引の制限 : 京都議定書で認めた排出権取引の中で、排出枠の設定に政治力や裁量が働き易く金融派生商品的色彩の濃い、キャップアンドトレードには厳格な取引ルールを儲け、金融取引化を防ぐ方向で調整をお願いしたい。

2. ベースライン・クレディット取引の奨励 : 省エネ装置や技術の能力を客観的に査定出来るこの制度を推奨し、これ等の装置や技術の提供者に温室効果ガスの排出削減量をクレディットする制度を奨励して欲しい。(クレでイットの仕方についても、通常のクレディット取引に加え、国内外の租税特恵制度やODA制度を活用した輸出の推進などを可能にし、国家や企業の負担を減らす「ソリューション・プロバイダ・クレデイット」の創設を提案して頂きたい。)

また、国内政策としては、

1. 原子力発電の積極推進。(日本の原子力発電技術はフランスと覇を争い、大型機器は世界の80%を占める程で、削減クレディットを与える事で一挙両得となる。)
2. 水流エネルギーの積極活用(太陽光や風力に比べ変動幅が少なく、大型でなければ居住地に近接した場所に設置可能で、農家のエネルギーコストと温暖化ガスの削減に向いている。下水道発電に見られる通り、技術は既に完成の域に達している。発展途上国援助にも向いた技術で、送電線不要のメリットもある。)
3. 地熱利用の積極化(大型発電には立地や余浄水の問題など解決すべき問題もあるが、熱水利用による農家のエネルギーコストの節減にもすぐ役立つ。地熱発電用タービンは世界の8割近くが日本製で、地熱掘削技術は温暖化ガスの地下封じ込め技術の開発にも役立つ。)
4. 全国に3千箇所近くある各種ダムの多様途利用の推進(縦割り行政を克服し、水流発電技術を平行して使用する事で、多量のクリーンエネルギーを作る事が可能。)
5. 日本に割り当てられた森林吸収量、特に達成が困難と思われる3.8%の森林管理クレディットの達成の為、海外から森林管理―主として間伐と植林―特別研究生を受け入れ、森林管理を推進、研修期間終了後は母国の植林専門家としてODA資金を使って就職保障。)
6. 商業車両及び介護施設、福利施設用車両の高速道路料金の90%割引(モラルの低下に繋がる無料化は反対)と自家用車の割引廃止。
7. フェリーには搭載車両の種類(車のナンバープレートで識別)と距離の合算により温室ガス削減クレディットを支給。

8. 鉄道貨物フェリーシステム(米国のピギーバックシステムや航空機のコンテナーを改良した車両や荷物の積載用意なシステム)を開発疲弊した地方鉄道の振興と温暖化ガスの削減を図る。

等々を鋭意検討し、温室効果ガス削減目標達成に当り、公的負担を減らす工夫をして頂きたいと願う次第です。

鳩山演説を聴いて 
ニューヨークにて 北村隆司

コメント

  1. tokin2007 より:

    本を読んでみると、2100年には太陽光発電が世界の電力供給のほとんどをカバーするようになる、と書いてありますが、太陽電池が画期的に安くなり、高い発電能力を持つようになるまでは、段階的に移行していけば良く、予算もかからないということになりますが、2012年までに太陽光発電で55倍は流石に無理があると思います。もちろん、代替エネルギーもありますが、日本は狭く地震も多く、国民には核アレルギーがある中で新規の原子力発電所を受け入れるでしょうか。
    書かれているように、鳩山総理が25%削減という、欧米各国に比べて不平等な削減目標を掲げ、達成を約束したというのは評価できます。この強気が、しり込みする自治体を焚きつけて、原子力発電を導入する原動力となるならば、十分価値あるパフォーマンスだと思います。

  2. tinycrop より:

    鳩山首相の言う25%というのはいわゆる真水ではなく、京都メカニズムと同様に、各国間の排出権取引や多国間での排出削減事業の共同実施、途上国で行う排出削減事業などにより獲得する排出枠も含んでいると考えられます。これ以外にも、森林吸収源なども含むと思われます。これは現在の京都議定書の6%削減の約束でも同じです。

    途上国もこの枠組みに参加し、削減義務を負うとなると(鳩山総理はそれが前提と言っていますが)、削減事業(たとえば途上国の製鉄や発電設備の省エネ改修や太陽光設備の導入など)が国際的にかなり大きなマーケットとなるはずです。しかも、そこで削減した二酸化炭素の一部分は日本の25%に充当できるでしょうから、もしかすると悪くない話かもしれません。

  3. ismaelx より:

    25%削減策 取りまとめ指示
    直嶋経済産業大臣は、鳩山総理大臣が国連の気候変動サミットで温室効果ガスの25%削減を国際公約として表明したことについて、実現に向けた対策などを早急に取りまとめるよう関係部局に指示しました。
    http://www3.nhk.or.jp/news/k10015681031000.html

    民主党ではいまごろ具体策をまとめるんだそうです。脳内妄想で突っ走る首相を誉め上げるのはよしてください。この世の中、自分に都合のよいようになる、なんてことはないんです。

  4. yutakarlson より:

    ■【英国ブログ】日本の温室効果ガス削減目標25%に英国の見方は?-宇宙人外交は世界に通用するか?
    こんにちは。イギリスのBBCのサイトにある環境問題のブログでは、今回の温室効果ガスの日本の野心的な目標をアメリカに対する挑戦状とみています。確かに、アメリカに対して注文をつけるべきです。なにしろ、国民一人あたりのCO2排出量は世界一だし、日本の倍です。アメリカが日本と同程度にしただけで、世界のCO2排出量削減目標は完全に達成できます。鳩山さん、70年代のスタンフォードでOR(オペレーションズ・リサーチ)など分析技術を学んだ人です。80年代には、アメリカではMBA卒による分析麻痺が多くの企業に機能不全をもたらし、MBA排斥運動がおこりました。しかし、最近はその反省から MBAでは、コミュニケーション、チームワーク、各国の伝統文化などに力点を置くようになりました。鳩山さんはそうした教育を受ける機会がまったくなかったわけです。だから、「政治を科学する」などという言葉が出てて来るのだと思います。いずれにせよ、11月のオバマ来日によって、鳩山外交の実力がどの程度なのかうかがい知ることができると思います。詳細は是非私のブログをご覧になってください。

  5. shlife より:

    「真水でない」 「途上国も参加が前提」の2点を踏まえれば、日本が25%程度とするのは悪い話ではないと思います。

    日本の排出量は全体の数%で、25%は排出量全体の1%相当です。中国やアメリカにしてみれば自国の3%程度になります。 この3%分を日本の排出枠として、交渉して出資するのも損ばかりではないでしょう。

    これには、「削減しないと、気候変動により世界が経済的に困難な状況になる」 という認識が参加国に浸透する必要もあります。

    この認識が持てなければ、中国やアメリカが枠組みに入らない。
     –>従って、日本も数字を下方修正すればよい。 
      –>本当にCO2で気候変動が激化すれば、各国が衰退するでしょう。(勝ち組ほとんどなし) 

    子、孫たちの世代は大きく人口が減っているかも。

  6. bobby2009 より:

    中国は内モンゴル自治区オルドス市の65平方キロの敷地に、200万キロワットの発電能力を持つ世界最大級の太陽光発電プラント(米ファーストソラー社)を建設するそうです。建設コストはUSD3000/KW(原子力発電でUSD1611/KW)だそうです。中国のように広大な土地がいくらでもある国は、これから太陽光発電が有力になってゆくでしょう。なお太陽電池セル製造の設備投資額で、中国は世界全体の1/3を占めているそうですから、これが国策である事は明らかでしょう。

    http://bobby.hkisl.net/mutteraway/?p=1534

  7. disequilibrium より:

    一言だけですが、

    中国が環境製品を自給自足してしまったり、日本以上の輸出国になってしまっては、日本は何の利益も得られず、ただ貧しくなるだけになってしまいますね。

  8. oil_king より:

    >新車の90%、日本の全車数の40%をHVにした
    これは、今後新車販売の90%をHVに限り、2020年の現存車の40%がHVになるということだと思うのですが

    これは論理的に成り立つのでしょうか?