情報通信産業の国際競争力 - 松本徹三

2009年10月12日 10:00

原口総務大臣は、事業者の再編問題を含め、今後の通信行政のあり方は「国際競争力強化」の観点から考えなければならないと言っていますが、それは大変正しいことだと思います。

それでは「情報通信産業の国際競争力」とはどういうことでしょうか? それは先ず、「国民が享受できるサービスが、他の国で得られるものに比べ、質的により高く、コスト的により低い」ということでしょう。

「日本で開発された技術や商品がこれに寄与する(そうなれば、当然国際市場でも売れる)」ということも、「競争力」の範疇に入るでしょうが、これは「二義的な目標」と考えるべきでしょう。(国産技術に拘ってサービスの質とコストを犠牲にしてしまっては、元も子もありませんから。)

日本国内で受けられる情報通信サービスが、他の国で受けられるものよりも質的に高く、且つコストが安いということは、日本に様々なメリットをもたらせます。


第一に、日本企業、或いは日本に立地する外国企業の生産性を高め、これによって日本のGDP向上に貢献し、税収を増加させます。第二に、国民の生活の質を高め、国民の満足感を増大させます。第三に、教育の質を高め、次世代の競争力を確保します。そして、第四に、「電子メディア」が「印刷(紙)メディア」を代替し、また「通信」が「移動」を代替する事によって、森林資源を保護し、CO2の排出を減少させます。この事は諸外国でも十分に意識されているようで、各国が競い合うようにして「情報通信サービスの高度化」を国策に織り込んできているのも、それ故でしょう。

では、何をもって、その競争力を測ればよいのかといえば、下記の四つの項目でチェックするのが合理的でしょう。

1) 「カバレッジ」と「安定性」。具体的には、「通常の情報通信サービス(放送を含む)が受けられる地域」が全国津々浦々に及び、不測の事態にも或る程度対応出来る事が必要です。

2) 通信の「キャパシティー(容量)」と「スピード」。これは、ユーザーが平均して(瞬間風速ではなく)享受出来るデータスピード(bit per second)で測るべきです。

3) サービスとコンテンツの「質」と「多様性」。

4) それぞれのサービスに対する「ユーザー・コスト」。

これらの四つの項目について、それぞれの評価基準(採点のフォーミュラ)をつくり、これによって、国際比較をするべきです。

上記のうち、3)についての議論は比較的簡単でしょう。要するに、「多くのプレーヤーがそれぞれに創意工夫を凝らしてビジネスを創出出来る仕組み」をつくり、その為のプラットフォームを整備すればよいのです。(これさえ出来ていれば、あとは各プレーヤーの努力次第ですし、「表現の自由」と「公序良俗」や「政治的不偏性」等との「せめぎあい」をどうするか等は、別途議論すればよいことです。)

2)も比較的簡単で、「cost per bit」という数値で、4)と関連付けながら評価すればよいと思います。

しかし、一番の難物は1)であり、特に4)との関係が議論を呼ぶでしょう。例えば、「災害時でもビクともしない全国一律の通信網の構築」は勿論望ましい事ではありますが、その為に、毎日、一般のユーザーに理不尽なコストペナルティーをかけるような仕組みでは、「競争力のあるシステム」とは言えないでしょう。

「通常は、多くの場所で、極めてリッチな通信(放送)サービスが安価に利用できるが、どんな過疎地でも、また、災害などの異常事態が生じた場合でも、最低限の通信リンクは確保できる」というのが正しい姿でしょうが、その為には「最適コストモデル」が緻密に計算されなければなりません。(一般的に言って、日本人は「過剰品質がコストを押し上げる」事には比較的寛容ですから、特に注意しなければなりません。)

さて、それでは、こういう問題を全て考慮に入れながら、情報通信サービスの国際競争力を高める為にはどうすればよいかといえば、先ずは、「自由競争が最良の結果をもたらす分野」と、「計画経済的な手法を取り入れ、全体的な投資効率を上げる必要がある分野」とに、明確に分けて考える必要があります。情報通信サービスには、「一般の工業、商業、サービス業」に近い分野と、「道路、水道、電力のような公益サービス」に近い分野が、混在しているからです。

そして、国としてやるべき事は、前者に対しては、「公正競争を保障する為の全ての施策」を徹底して行い、後者に対しては「国策事業を推進する」事です。間違えてもこの両者をごっちゃにして議論してはなりません。

私は、常日頃から、情報通信サービスを考える時には水道と対比させて考えると分かりやすいと思っています。

松下幸之助さんが、若い時に、至る所にある水道の蛇口から水が只で飲める事にいたく感動し、これが「水道哲学」として彼の生涯の経営哲学を支えた事はよく知られていますが、私は、子供の時、水道の蛇口からジュースが出て、いつでも飲めたらどんなに良いかと夢想し、大人になってからは、上質の飲料水と、普通の水、それに熱湯が、三本の水道管に分かれて供給されるように出来ないのかと、真剣に考えた事があります。しかし、ビル内や宅内では熱湯が冷水と並行して供給されることが多くなった以外には、これは実現していません。

飲料水については、水道の水質を一律に良くするということは殆ど期待されず、一時は浄水器といったものが結構売れましたが、現在はコンビニや自販機で売られるペットボトルが花盛りです。国民の嗜好と経済力と、「水道事業の経済合理性」を総合的に勘案すると、そこに落ち着いたということなのでしょう。

水道局を民営化しようというような話はあまり聞いた事はないですが、それは現在のサービスの質とコストに不満を持つ人があまりいないからでしょう。「第一水道会社」と「第二水道会社」を作って競争させようというようなことを言う人もいませんが、それは、水の供給というものについては、多様な技術が次々に出てくるということもなさそうだし、サービスの差別化やコストダウンの余地も少ないからでしょう。早い話が、「第一水道会社」が既に全ての家庭にサービスをしているところに、新たに「第二の水道管」を全国に敷設し、競合するサービスをしようなどと考える人間は、どこにもいないことは分かりきっています。

しかし、通信回線の場合はどうでしょうか? 例えば、光ファイバーの場合は、その気にさえなれば、ファイバーを二本、三本と重複して敷設しなくても、一本のファイバーによって、色々な会社が提供する様々なサービスが重畳して提供されるようにすることは可能です。

こうなれば、情報通信サービスに携わる様々な事業車間の競争が活性化されて、ユーザー価格が下がる一方、ユーザーの選択肢も格段に広がります。言うなれば、「コンビニで売られている様々な飲料水が、各家庭でちょっと違った蛇口の開き方をすると、一本の水道管を伝って流れてくる」というような夢のような事も、やり方次第で可能になりうるのです。

情報通信産業の国際競争力を最高水準まで高めようとすれば、こういうことこそが、先ず真っ先に考えられなければならないことだと思います。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑