情報通信産業の国際競争力 - 松本徹三

松本 徹三

原口総務大臣は、事業者の再編問題を含め、今後の通信行政のあり方は「国際競争力強化」の観点から考えなければならないと言っていますが、それは大変正しいことだと思います。

それでは「情報通信産業の国際競争力」とはどういうことでしょうか? それは先ず、「国民が享受できるサービスが、他の国で得られるものに比べ、質的により高く、コスト的により低い」ということでしょう。

「日本で開発された技術や商品がこれに寄与する(そうなれば、当然国際市場でも売れる)」ということも、「競争力」の範疇に入るでしょうが、これは「二義的な目標」と考えるべきでしょう。(国産技術に拘ってサービスの質とコストを犠牲にしてしまっては、元も子もありませんから。)

日本国内で受けられる情報通信サービスが、他の国で受けられるものよりも質的に高く、且つコストが安いということは、日本に様々なメリットをもたらせます。


第一に、日本企業、或いは日本に立地する外国企業の生産性を高め、これによって日本のGDP向上に貢献し、税収を増加させます。第二に、国民の生活の質を高め、国民の満足感を増大させます。第三に、教育の質を高め、次世代の競争力を確保します。そして、第四に、「電子メディア」が「印刷(紙)メディア」を代替し、また「通信」が「移動」を代替する事によって、森林資源を保護し、CO2の排出を減少させます。この事は諸外国でも十分に意識されているようで、各国が競い合うようにして「情報通信サービスの高度化」を国策に織り込んできているのも、それ故でしょう。

では、何をもって、その競争力を測ればよいのかといえば、下記の四つの項目でチェックするのが合理的でしょう。

1) 「カバレッジ」と「安定性」。具体的には、「通常の情報通信サービス(放送を含む)が受けられる地域」が全国津々浦々に及び、不測の事態にも或る程度対応出来る事が必要です。

2) 通信の「キャパシティー(容量)」と「スピード」。これは、ユーザーが平均して(瞬間風速ではなく)享受出来るデータスピード(bit per second)で測るべきです。

3) サービスとコンテンツの「質」と「多様性」。

4) それぞれのサービスに対する「ユーザー・コスト」。

これらの四つの項目について、それぞれの評価基準(採点のフォーミュラ)をつくり、これによって、国際比較をするべきです。

上記のうち、3)についての議論は比較的簡単でしょう。要するに、「多くのプレーヤーがそれぞれに創意工夫を凝らしてビジネスを創出出来る仕組み」をつくり、その為のプラットフォームを整備すればよいのです。(これさえ出来ていれば、あとは各プレーヤーの努力次第ですし、「表現の自由」と「公序良俗」や「政治的不偏性」等との「せめぎあい」をどうするか等は、別途議論すればよいことです。)

2)も比較的簡単で、「cost per bit」という数値で、4)と関連付けながら評価すればよいと思います。

しかし、一番の難物は1)であり、特に4)との関係が議論を呼ぶでしょう。例えば、「災害時でもビクともしない全国一律の通信網の構築」は勿論望ましい事ではありますが、その為に、毎日、一般のユーザーに理不尽なコストペナルティーをかけるような仕組みでは、「競争力のあるシステム」とは言えないでしょう。

「通常は、多くの場所で、極めてリッチな通信(放送)サービスが安価に利用できるが、どんな過疎地でも、また、災害などの異常事態が生じた場合でも、最低限の通信リンクは確保できる」というのが正しい姿でしょうが、その為には「最適コストモデル」が緻密に計算されなければなりません。(一般的に言って、日本人は「過剰品質がコストを押し上げる」事には比較的寛容ですから、特に注意しなければなりません。)

さて、それでは、こういう問題を全て考慮に入れながら、情報通信サービスの国際競争力を高める為にはどうすればよいかといえば、先ずは、「自由競争が最良の結果をもたらす分野」と、「計画経済的な手法を取り入れ、全体的な投資効率を上げる必要がある分野」とに、明確に分けて考える必要があります。情報通信サービスには、「一般の工業、商業、サービス業」に近い分野と、「道路、水道、電力のような公益サービス」に近い分野が、混在しているからです。

そして、国としてやるべき事は、前者に対しては、「公正競争を保障する為の全ての施策」を徹底して行い、後者に対しては「国策事業を推進する」事です。間違えてもこの両者をごっちゃにして議論してはなりません。

私は、常日頃から、情報通信サービスを考える時には水道と対比させて考えると分かりやすいと思っています。

松下幸之助さんが、若い時に、至る所にある水道の蛇口から水が只で飲める事にいたく感動し、これが「水道哲学」として彼の生涯の経営哲学を支えた事はよく知られていますが、私は、子供の時、水道の蛇口からジュースが出て、いつでも飲めたらどんなに良いかと夢想し、大人になってからは、上質の飲料水と、普通の水、それに熱湯が、三本の水道管に分かれて供給されるように出来ないのかと、真剣に考えた事があります。しかし、ビル内や宅内では熱湯が冷水と並行して供給されることが多くなった以外には、これは実現していません。

飲料水については、水道の水質を一律に良くするということは殆ど期待されず、一時は浄水器といったものが結構売れましたが、現在はコンビニや自販機で売られるペットボトルが花盛りです。国民の嗜好と経済力と、「水道事業の経済合理性」を総合的に勘案すると、そこに落ち着いたということなのでしょう。

水道局を民営化しようというような話はあまり聞いた事はないですが、それは現在のサービスの質とコストに不満を持つ人があまりいないからでしょう。「第一水道会社」と「第二水道会社」を作って競争させようというようなことを言う人もいませんが、それは、水の供給というものについては、多様な技術が次々に出てくるということもなさそうだし、サービスの差別化やコストダウンの余地も少ないからでしょう。早い話が、「第一水道会社」が既に全ての家庭にサービスをしているところに、新たに「第二の水道管」を全国に敷設し、競合するサービスをしようなどと考える人間は、どこにもいないことは分かりきっています。

しかし、通信回線の場合はどうでしょうか? 例えば、光ファイバーの場合は、その気にさえなれば、ファイバーを二本、三本と重複して敷設しなくても、一本のファイバーによって、色々な会社が提供する様々なサービスが重畳して提供されるようにすることは可能です。

こうなれば、情報通信サービスに携わる様々な事業車間の競争が活性化されて、ユーザー価格が下がる一方、ユーザーの選択肢も格段に広がります。言うなれば、「コンビニで売られている様々な飲料水が、各家庭でちょっと違った蛇口の開き方をすると、一本の水道管を伝って流れてくる」というような夢のような事も、やり方次第で可能になりうるのです。

情報通信産業の国際競争力を最高水準まで高めようとすれば、こういうことこそが、先ず真っ先に考えられなければならないことだと思います。

コメント

  1. https://me.yahoo.co.jp/a/u540mrdbVIb5etvNTFCFUJ40iuo-#576de より:

     松本さんのご意見はとても論理的で分かりやすく、アゴラの中でも大変読みやすい方の一人です。
     しかし過去の記事を含めて気になる点が一つあります。
     光ファイバーのいわゆる最後の1マイルを、なぜ設備競争から回避したいのでしょうか。
     池田信夫さんもいうとおり、「設備競争こそがNTTの独占を打破する真の競争を生み出すことは、携帯電話をみればわかる。もしもドコモの基地局に「開放規制」を行って、他の業者がそれにぶら下がっていたらどうなったかを想像すれば、光ファイバーについても結論はおのずと明らかだろう。」という主張は私も正しいと思います。
     この点はいかがでしょうか?
    http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/fc1759fe1d090f9bc1c547d327219701

  2. forcasa3 より:

    水道事業の民営化は世界的な潮流ですよ(と云うより、ウォーターメジャーがいよいよ世界進出し始めた、と云うのが正解?)。あのヴィヴェンディも元は水道事業者ですし。
    日本でも法改正に合わせて民営化の動きが起きつつあります。

  3. 松本徹三 より:

    残念ながら、設備競争がどうしても不可能な分野があります。例えば、各家庭に光ファイバーを引きこむような事はこれにあたります。

    このような事は、NTTの場合は明治時代から使っている管路をそのまま使えるからこそ出来るのであり、新興会社ではとても採算に合いません。CATV会社はやっているではないかと言われるかもしれませんが、CATV会社が採算が取れたのは、「難視聴対策費」という安定的な固定収入があった故であるともいえます。

    ソフトバンクは不可能に見える事にも挑戦する会社であり、現実に「自前の光回線計画」も推進したのですが、現在の枠組みの中では厖大な損失を出し続けざるを得ないことが判明した為、これを断念、NTTの回線を使わせてもらってISPの地位に甘んじる道を選ばざるを得ませんでした。

    KDDIは東電の光回線サービス会社を買収し、NTTと全面的に競争する構えを一応は見せていますが、これが辛うじて可能なのは大都市の都心部だけであり、地方においてはNTTの回線を開放するように既に求めています。(小野寺社長の最近の談話。)

  4. 松本徹三 より:

    水道事業の民営化の動きについては迂闊にして知りませんでした。「発展途上国の水道施設の拡大を助ける」という大義名分で入っていき、これを将来の営利事業に育て上げようと考えている欧米の会社があるということですか?

    通信事業は営利事業として成り立つという事で、早くからODAなどの対象から外されましたが、都市部以外は採算性が悪いので、サービスの拡大が遅れたという側面もありました。しかし、今は通信の主流が携帯電話システムに移行したので、どんな田舎でも携帯電話が通じ、営利事業としても何とか成り立つ構図が出来つつあります。

  5. https://me.yahoo.co.jp/a/u540mrdbVIb5etvNTFCFUJ40iuo-#576de より:

    >NTTの場合は明治時代から使っている管路をそのまま使えるからこそ出f来るのであり、新興会社ではとても採算に合いません。
     それはメタリックならその通りだと思いますが、池田さんも指摘するとおり、ファイバーならNTTもソフトバンクも同格と思います。
     時期的に可能だったにも関わらず、なぜファイバーの設備競争に参加しないのでしょうか?
     「各家庭に光ファイバーを引きこむような事」は、ソフトバンクがADSLに参入し、東京メタリック通信を無力化して廃業に追い込み、NTTのISDNすら意味を成さなくなるほどのインパクトを与えた時期に一致していると、個人的には思っております。
     もちろん現在のブロードバンド通信の低価格化に大きな影響を与えているという点で評価に値しますが、最初からファイバー設備の競争に参加しないというスタンスはどうなんでしょうかね。

  6. sponta0325 より:

    国際競争力という視点。

    国際競争力をつけよう。グローバルで勝利しよう。その視点は理解します。しかし、グローバリズムが曲がり角に来ている現時点において、自分の足元を固めぬままに、国際競争に乗り出すことは危うい。そう思えてなりません。

    実際のところ、実業の人たちは日本での足元を固めてから、海外に乗り出している。原口大臣のように「国際競争力」と空論を操っている企業はひとつとしてないでしょう。

    私は今年の春頃、リチャード・コシミズやベンジャミン・フルフォードら陰謀説論者を知ったのですが、彼らの主張は、「郵政民有化は、郵政という日本の巨大事業をグローバル経済に巻き込む愚策」とのこと。株式会社ならばニューヨーク証券取引所の影響を受けざるをえず、株式市況の動向によっては、日本の郵政・金融事業が外資に乗っ取られる可能性も出てきたわけです。

    国際的なルールを作る能力のない日本がどのように国際社会を乗り切っていくか。オリンピック同様、勝てばルールが変更される。そんな悪循環にどう対応するか。それが重要であり、まず、公平・正義なジャパニーズスタンダードをつくりあげ、それを国際社会に発信していく。そういうことが重要なんじゃないかなぁ…。と、思うのです。

  7. forcasa3 より:

    水はエネルギーや食糧と同様、生存に不可欠な資源であり、世界人口の増加に伴い希少化しつつあるので、民間企業としてはこれを黙って見ている手は無いのでしょう。
    実際には英仏に於いて民営化が先行しており(それぞれ9割/7割が既に民営化)、かの国で実績とノウハウを手に入れたウォーターメジャーが世界進出を計る、と云う構図です。
    日本企業も水道事業では遅れているものの、淡水化事業では世界をリードする立場にあるようです。

  8. 松本徹三 より:

    ソフトバンク(ヤフーBB)がADSLで画期的な低料金サービスが出来たのは、既設のNTTのメタル回線を比較的フェアな条件で使わせてもらうことが出来たからです。

    NTTは、既設の管路を使って、メタル回線の横に光ファイバーを敷設することが出来、既にそのような敷設が相当進んでいますが、同じ様に電力線と併設できる電力会社以外の会社は、このような芸当はとても出来ません。

    従って、ソフトバンクも、NTTに対し、「メタル回線の場合と同じような条件で回線を使わせてほしい」と申し入れたのですが、「8本まとめ買いでなければ駄目」と言われ、断念せざるを得なくなったのです。
    この辺の事情は、本年4月7日付の「目に余るNTTグループの独占回帰志向」と題する私のブログに詳細に記していますのでご参照下さい。

    国際競争力についてのspontaさんのコメントには若干異論がありますが、これについてはあらためてブログで論じます。

  9. 松本徹三 より:

    水の問題については、focasa3さんに教えて頂いて、大いに触発されました。

    中国などは水資源の不足が今後の経済発展の最大のネックとされていますし、中近東の産油国はもっとそうでしょう。一方、水処理技術にかけては、日本が世界の最先端を行っていることは承知しています。

    水道事業が官営のままでは、「海外に技術を売る」というようなところまではとても行かないでしょうが、民営化されれば、日本を代表する国際スケールのビジネスを創造することも夢ではないかもしれませんね。

  10. forcasa3 より:

    確かに日本は淡水化について高い技術を持っているのですが、高コストがネックとなり産油国相手にしか商売にならないそうです。「技術力は高いものの、思うように世界展開出来ない」と云う筋の悪さは通信事業も相通じる気がしますね。
    一方で、放送事業では日本式の地デジシステムがこのところ立て続けに南米諸国で導入が決定しているみたいで、それなりに善戦しているようですが(その割に国内では余り評判が良くない気も・・・)。

  11. 松本徹三 より:

    やはりコストですか? ユニクロはパリでも受けているようだし、牛丼や回転寿司もcost consciousな外国人に受けています。これからは昔からのestablished起業ではなく、新興勢力に期待したほうがよさそうですね。

    日本は「通信」よりも「放送」のほうが強いですね。放送についてはアメリカが随分のんびりしているので、普通はアメリカの方式に追随する中南米に、日本方式が浸透することが出来ました。携帯通信でもアメリカ発の技術は中南米には浸透できませんでしたが、この分野では、日本発の技術はお呼びではなく、欧州発のGSMが全部さらっていきました。