*今月から、毎週日曜に「良書悪書」と題して書評を掲載します。これは読むに値する本とそうでない本を客観的に評価する消費者ガイドです。評価は★であらわし、5個が満点です。
★★★★☆ (評者)池田信夫
ネット評判社会(NTT出版ライブラリーレゾナント 57)
著者:山岸 俊男
販売元:エヌティティ出版
発売日:2009-10-07
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一時、日本社会の「道徳の崩壊」を嘆き、武士道の復活を求める議論が流行したことがあった。著者はこうした通俗的な「道徳教育」を批判し、むしろ市場のルールを守る「商人道」こそ重要だと説く。武士道の依拠しているのは、集団に忠誠をつくす安心社会の原理だが、商人道は不特定多数の相手と取引するための信頼社会のルールだ。日本人は互いを信頼しているなどというのは神話で、その実態は特定の集団の中での長期的関係に依存する安心社会だ。
これは山岸氏が『信頼の構造』で明らかにした事実だが、本書はこれをネット・オークションなどを使った実験でさらにくわしく分析している。それによれば、完全な匿名市場、名前は表示されるが評判の不明な顕名市場、名前は不明だが過去の評判が表示される評判市場の3つのタイプの市場を実験で比較すると、オークションで不良品を売りつける被験者の比率は、最初はそれほど変わらないが、時間が経過するにしたがって、匿名市場では不良品が顕著に増える。他方、顕名市場と評判市場の成績はそれほど変わらない。
しかし不良品を売りつけた被験者が市場から排除された場合、二度と参入できない評判市場と再参入できる評判市場を比べると、後者の場合には不良品を売りつける被験者が増え、匿名市場とあまり変わらなくなる。つまり評判を守るインセンティブが働くのは、いったん裏切ったら二度と許されない閉鎖的な社会に限られるのだ。これはゲーム理論でフォーク定理と呼ばれる結果と一致している。
このような評判メカニズムは、秩序を維持するコストは低いが、市場が開放されると機能しなくなる。このようなオープンな社会では、法律のような特定の個人の評判に依存しない司法制度をつくって中央集権的に秩序を守る必要がある。こうした制度の担保があれば、初対面の人を信頼することも容易になる。したがって欧米社会のほうが信頼が強いのだ。
日本社会がグローバル化するにつれて、安心社会から信頼社会に移行することは避けられない。そのためには、役所を中心にした武士道型の秩序ではなく、堂島の米市場で日本が世界で初めて実現した商人道による秩序維持のメカニズムに学んだほうがいいだろう。
コメント
先日、NHKの「知る楽 歴史は眠らない 日本借金事情≪第1回≫」という番組を観たばかりで、当記事との関連性を考えていました。
中世日本に『無尽』という借金の仕組みがあり、いわば「信頼」という概念を取り込んだ合理的な仕組みでした。
「信頼」という言葉の裏には「信頼を裏切ったら、その村では生きていけない」という現実があり、正に当記事のネットオークションの仕組みに似ているものです。
加えて、鎌倉幕府の北条泰時は伊豆・駿河の大飢饉に際し、自らの保障を付けて裕福な者から農民に貸し付けを要請したという話もありました。これは勿論、単なる美談でなく農民が生きていけなければ結果として自らも生きていけなくなるという合理的な判断が行われたという事でした。
翻って、現在 存する中小企業の中で、そもそも経営能力がなく、社会の要請に応え得ない企業が(恐らく半数を上回る割合で)存在するのも事実。経営能力のない企業への貸し付けは【貸し手責任】、本来、経営能力のある企業には「大飢饉」を乗り越えるための政府の援助も必要だと思った次第です。