米国周波数オークション戦記

2009年10月22日 20:30
ENOTECH Consulting 代表
海部美知

日本では現在、携帯電話などの通信に使われる無線周波数帯のライセンスを、オークションで割り当てるべきではないか、との議論が行われている。米国では、世界に先駆けて1995年にデジタル携帯向け周波数ライセンスのオークションを導入した。現在では、業務用無線や専用用途のものまで含めたあらゆる周波数を、オークションで割り当てる仕組みがすっかり定着している。また欧州各国も、その後第三世代(3G)携帯電話向けの周波数帯から、オークションを導入している。


私は、1995~7年にわたって行われた米国のデジタル携帯周波数オークションでライセンスを獲得したベンチャー会社に在籍し、オークション前後の事情を近くで観察する機会があった。その体験から、日本におけるオークション導入是非の議論に参考にすべきと思われる点を述べてみたい。

オークションは「唯一の選択肢」だった

90年代の米国でのオークションは、「他に合理的な選択肢が全くなかった」ために導入されたと言ってよい。これには、歴史的な背景がある。米国では、80年代にアナログ携帯電話の周波数が割り当てられた際、日本のような全国一律や大きな地域区分でのライセンス割り当てでなく、通勤圏程度の細かい地域割りで、全国を734に分けた小地域(MSAおよびRSA)ごとに割り当てた。それぞれの地域に、該当周波数を「A」「B」の二つのブロックに分けて付与した。当時は類似サービスとして力のあった「ページャー(ポケベル)」の業者の要求に従い、ページャー・ライセンスの地域区分に準じたからである。このときの割り当てライセンスの総数は、734×2=1468となる。

90年代にデジタル携帯電話(「PCS、Personal Communication Service」と呼ばれた)を導入する際、全国一律や大地域区分も検討されたが、アナログ携帯事業者が「不公平」として反対し、全国51の「Major Trading Area」と呼ばれる大地域区分と、全国493の「Basic Trading Area」という小地域区分に分けられることになった。該当周波数のうち、「A/B」の2つのブロックはMTA、「C~F」の4つのブロックはBTAという地域区分ごとに割り当てられた。つまり、割り当てに供されたライセンスの総数は、51×2+493×4=2074という数に上ったのである。

このような多数のライセンスに対し、それぞれに多数の応募企業が殺到すれば、規制当局がそれぞれの企業の内容や計画を精査して決定を下すために、莫大な時間と手間がかかってしまう。このため、80年代のアナログでは「無差別抽選」が使われたが、この方式では不適切な応募者が当たってしまうことが多く、その後ライセンスの転売が多数発生し、混乱を招いた。このため、90年代のPCSでは、手間をかけずに不適切な落札者を自動的に排除できる「オークション」方式を導入することとなったのである。このあたりの背景事情は、日本とは大きく異なることは留意しておくべきで、供されるライセンスの数という意味では、その後実施された欧州のオークションのほうが日本の事情に近い。

オークションでは、「比較審査」方式につきものの水面下での政治的取引を排して透明性を確保し、既存事業者以外にも門戸を広げることができる。さらに、オークションで国庫に支払われる「免許料」収入が、政府にとっては魅力的であったことも間違いない。

当時、「ライセンス料が上乗せされることで事業者の負担が増え、料金が上がってしまうのでは」との懸念もあったが、「比較審査方式」のコストと比較して、むしろシステム全体としては「安上がり」ということもあり、あまり大きな議論にはならなかった。実際には、デジタル方式移行による事業者のコスト低下と、参入事業者の数が増えたことによる料金競争激化により、「上乗せ負担分」は吸収され、事業者のコスト増も料金増加も起こらなかった。

混乱を招いた「ベンチャー企業枠」ライセンスとその教訓

さて、PCSのライセンスのうち、最初に割り当てられたのは「A/B」の二つである。この2つの落札者は、既存の大手携帯電話事業者と、それまで携帯事業を持っていなかった長距離通信事業者が中心であった。1994年から95年にかけて実施された最初のオークションは、「大手同士」の戦いであったためにほぼ想定内の結果で終わり、ライセンス料も一括で支払われて、大きな混乱はなかった。

問題が起こったのは96年に実施された「C」ブロックである。Cブロックは、ベンチャーの参入を促すという目的で、参加資格が「中小企業・ベンチャー」となっていた (注1)。この時点では、アナログ携帯電話が伸び盛りの時期であったため、一攫千金を狙うベンチャーが、他業種企業や外国企業、既存電話会社などの出資を受けて、数多く参加した。いわば「ゴールドラッシュ」のような展開となり、落札価格がA/Bと比べて大幅に高騰した(注2) 。私の在籍したネクストウェーブという会社も、そのようなベンチャーの一つであった。

このブロックの該当事業者は、落札直後に10%の頭金を支払い、その後10年の延払いができるという特典もついていた。このため、ベンチャーは延払いを前提に資金計画を行っていた。ところが、細かい資格規定が多いことから、「この落札者は資格不適合である」といった異議申し立てが落札後に相次ぎ、公式なライセンス付与が遅れるなどしているうちに、オークションの熱気が冷めて「心理的」な周波数相場が暴落してしまい、落札ベンチャーが資金調達に苦しむようになった。このため、落札者が政府に対する支払いができず、倒産する事態が発生した。しかし、オークションの規則に、こうした場合にどうするかのルールが決められていなかったため、FCCによるルールの変更や、FCC相手の訴訟などといった混乱が起こったのである。ネクストウェーブ社も、1998年に「チャプター11」(日本の会社更生法に該当)を申請して事実上倒産した。現在、MetroPCSやLeap Wirelessなど、このときのCブロック・ベンチャーがいくつか生き残っているが、大手携帯電話会社に対する有効な競合相手となっているとは言いがたい。

ここで注意しておきたいのは、「オークションで落札したものの、ライセンス料が払えず倒産した」という事例は、この「特例」であるCブロックの特殊事情の中でのみ発生していることである。通常の入札では、ライセンス料は落札後一括で支払うことになっており、それが調達できなかった事業者はその場で資格を失い、そのライセンスは再オークションにかけられる。小さい過疎地事業者などでは、その後大手に買収されたなどの例はあるが、大手による中小事業者の買収はオークションの有無にかかわらず常態的に発生しており、また大手事業者の間ではライセンス料倒産の例はない。

また、入札資格やその周辺に、別の思惑で人工的な規制をあまり入れ込むのは得策ではない、ということも言えるだろう。ベンチャー参入促進という理想は美しいが、この時点で多額で長期にわたる設備投資が必要な携帯電話市場に、枠を設けることでベンチャーを参入させようという試みは、あまりに人工的で無理がありすぎた。オークションでは、事前に決めたルールを最後まで守らなければ、継続的に公平なオークションを運営することができない。予想外の事態を避けて完璧を期そうとすれば、事前のルールがますます細かく複雑となり、どこかで齟齬を来たす可能性もますます大きくなってしまう。オークションのルールは、本来の目的に絞り、なるべくシンプルにするほうが望ましいだろう。

もう一つ、このような「オークション過熱後の暴落」という現象が、これだけ騒がれながら初期には何度も起こっていることも認識しておくべきだろう。オークションによって新しい周波数が市場に出るということは、すなわち「周波数の供給が増加」することである。従って、周波数そのものの需要・供給バランスを考えれば、オークション直後は大幅な「供給過剰」になり、市場心理としては「冷える」のである。これは、上記の米国Cブロックでも、欧州の3Gライセンスでも、同様のことが起こった。(欧州の場合、時期的にさらに「バブル崩壊」という要素も加わった。)何度もオークションを繰り返すうちに、こうした結果を見越して「過熱」も「崩壊」もあまりなくなり、参加者は合理的な行動をするようになったが、Cブロックのケースを今から振り返ると、参加者も制度設計者も、全員経験が浅かったために、非合理的な結果を招いたともいえよう。つまり、理論でいえばオークションでは「合理的な結果」に落ち着くはずのところが、参加者や制度設計者の経験の浅いところでは、非合理的な結果により混乱する場合もありうる、ということである。

オークションの実際

さて、私が実際に経験したオークションの現場は、にぎやかな築地の魚市場やサザビーズの美術品オークションなどとは違い、パソコンの前に座ってひたすらスプレッドシートに数字を記入していく、淡々としたオンライン・オークションであった。

まず、毎日一度、全国493のBTAの番号と地名が縦にずらっと並んだスプレッドシートをFCCの専用サイトからダウンロードする。前日までに、金額がいくらになったかも記入されている。どの地域をいくらで指値するかは、毎日幹部数人が協議して決定するので、それに従い、今日の「指値」をそれぞれの欄に黙々と記入していく。大体、どの地域でどのように営業を展開するかの方針が決めてあり、その地域を取っていくのだが、場合によっては、同じ場所を狙う競合相手を撹乱するために別の場所に指値したり、本当はほしくないのに相手が損をするように値段を吊り上げる目的で指値したり、などいろいろな駆け引きがある。ただし、指値を記入する際には、他の参加者がいくらと入れているかはわからない。また、前回よりも最低何パーセント以上多く入れなければいけないという、ミニマム増加額が決まっている。全部記入が終わったら、確認のうえ「send」ボタンを押すと、その日の入札が終わる。基本的にはこのように、一日1ラウンド(注3) であり、次の日にその結果が発表される。その時点で、誰がどこにいくら入れたかがわかる。そして、その日も同じことを繰り返す。
一回だけ札を入れて最高値のものを選ぶ入札でなく、こうして複数ラウンドの入札をすべての地域に関して同時に行い、それを繰り返していき、最後に誰も札を入れなくなったら終了という、「simultaneous multiple round(同時複数ラウンド)」方式といわれるやり方である。情報の漏洩や談合が起こらないよう、細かいルールが決められている。

現在の日本で周波数オークションを導入するとしたら

90年代の米国でのオークション導入の意義は、上記のようにはっきりしているが、現在の日本では状況は大きく異なっている。ライセンスの数は少なく、当時のような急成長フェーズでもないため、多くの入札者を集めることは困難であり、実施したとしても比較的限られた既存事業者内での競争になる可能性が高い。それなら比較審査をしても、規制当局の手間も申請者側の手間もそれほどではない。

また、現在の技術動向では、このときのデジタル携帯のような、大幅なコスト低下が見込める新しい技術は当面なく、そのためにオークション導入が事業者にとってコストの「純増」となって跳ね返る可能性もある。コストと手間の点、およびライセンス料収入の最大化という点から考えると、すでに導入のタイミングを逸してしまったとも考えられる。

しかし別の見方をすれば、それほど過熱する要因がないために、むしろ現在は、「経験の浅さによる過熱の問題」を回避して、システム全体が徐々に経験値を上げていくための開始タイミングとしては悪くない、と言えるかもしれない。

また、オークションのもう一つの大きな意義である「透明性」については、現在であっても同じ意義がある。これまでの日本の周波数行政の経緯を見ると、規制当局による恣意や水面下の工作といった「作為」を排除してより公平に割り当てを決定する仕組みの導入が必要であると思われる。入札に参加する事業者の側も、落札してライセンス料を払った大切な周波数を、より効率的に使おうというインセンティブがわき、現在のように周波数を「飼い殺し」状態にしておくともったいないということになるだろう。

現在オークションを導入する場合には、十分な数の参加者を確保する努力が必要となる。90年代であれば、異業種や外国からの参入がほうっておいても見込めただろうが、現在では飽和状態の日本市場に新規参入は難しい。オークション成功のためには、例えば韓国や中国などの海外事業者、グーグルのような異業種も含めて積極的に招き、もし彼らが落札に成功したら歓迎して育てる覚悟が、業界にも規制当局にも不可欠であろう。

今現在の停滞状態にとらわれず、この先10年、20年といったスパンで将来を考えた場合、無線周波数は、携帯電話だけでなく、ますます多様な用途に使われていくこと、それらのためにこの先も種々の画期的な技術が生まれてくるであろうことを想定することが必要だ。日々刻々進化する市場と技術の動向に合った用途向けに、機動的に周波数を割り当てるためには、どこかの時点で日本もオークション方式に脱皮することが必要と思われる。いつの日か、「次」の大型技術が出現したタイミングでいきなり始めるのでは遅いのである。世界的にオークションが「標準」となりつつある中、どうせやらなければならないなら、過熱の心配が少なく、また諸外国での経験が十分蓄積されている現在というタイミングは、悪くないと思えるのである。

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1.誰でも参加できるのだが、一定の規模以下の企業に対しては自動的に入札額の25%の割引が与えられるので、実質的には小企業しか参加できない仕組みであった。
2.この後、残りのD/E/Fブロックもオークションに供された。(1996~97年)この3つのうち、DとEの参加資格はA/Bと同じ、FはCと同じであった。私がネクストウェーブ在籍中に、端末から実際に入札する作業を行ったのはこのときであった。ただし、これらのブロックについては、あまり大きな混乱なく実施されたので、詳細は割愛する。
3.最後に近くなると、スピードアップのため一日2ラウンドという場合もあった。

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