日本の情報通信産業を強くする為にはNTTの分割は不可欠 - 松本徹三

2009年11月11日 12:17

「情報通信産業を強くすることが、日本の将来の発展の為に不可欠」ということは、どうやら誰にも異論のないコンセンサスのようです。従って、「日本の情報通信産業全体にとって一つの大きな存在であるNTTの在り方について議論する時にも、先ずはこの観点から議論するべきであり、『とにかく大きすぎるから分割しろ』等というのはおかしい」という原口総務大臣などのご見解にも、私としては、全く異論はありません。


しかし、「本当に日本の情報通信産業を強くしたいのであれば、NTTの現在の組織を変えることは不可欠である」ことも、先ず間違いはないように思えます。理詰めに考えていくと、どうしてもそういう結論になってしまうので、これは悪しからずご理解頂くしかありません。それが何故かについては、以下にその根拠を申し上げますので、よろしくご検討下さい。

その「第一の根拠」は、「技術開発力」の問題です。

10年前のNTT分割論議の際には、「NTTの技術開発組織をバラバラにしたら、情報通信技術の研究開発力が大いに損なわれ、日本の国益を害う」という時代錯誤の主張が、白昼堂々と開陳されました。私が出席していた経団連の会合でも、NECや富士通の社長が次々に立ち上がって、申し合わせたように(現実には、恐らくNTTから依頼された通りに)このことを言い立てられたことを、私は昨日のことのように憶えています。

結果として、この恥ずかしくも愚かな主張が認められ、「NTTの研究開発部門のそのままの姿での温存」が、新たに法律を作ってまで実現させた「NTT持ち株会社」設立の根拠の一つとなりました。しかし、それから10年たった今、我々はどういう光景を見ているでしょうか?

米国では、冒険心にあふれた一握りの人達が始めた、アップル、マイクロソフト、インテル、シスコ、オラクル、サンマイクロ、クアルコム、グーグル、アマゾン、イーベイ、フェイスブック等々の会社が、次々に世界のIT産業をリードする立場へとのし上がっていっているに対し、日本からはそのような企業は一向に現れません。それどころか、NTTの庇護の下にあった日本の通信機器メーカーは、世界市場では凋落の一途をたどり、今や殆ど存在感がありません。

その理由は簡単です。

まず、第一に、革新的な技術は、過剰な管理体制によって運営されがちな「大きな組織」からは生まれず、「比較的小さくて自由闊達な組織」から生まれる確率の方がはるかに多いからです。NTTで研究開発に従事している技術者は、現時点で2000人を下らず、その多くが、全国の選りすぐった大学を卒業したとりわけ優秀な人達だったと思うのですが、私の知る限りでは、現在、この人達が、大きな夢を抱いて、目を輝かして「自分の信じる技術」に挑戦しているようにはあまり思えません。

極言するなら、「NTTは全国の選りすぐられた若い技術者をほぼ独り占めにした上で、その人達を硬直した組織体制の中に閉じ込め、その潜在力を殺してしまっている」と言っても、過言ではないと思うのです。

そして、第二に、如何によい素質を持った技術者であっても、自分が開発したものが「競争激甚な世界市場」で実際に評価されるかどうかを、ヒヤヒヤ、ドキドキして見守る環境で鍛えられなければ、成長は出来ないということです。

それなのに、現状では、世界市場での競争の現実も知らず、また、自ら研究開発の現場に足を踏み入れて「若い技術者の葛藤する思い」を直接聞いたこともない「一握りの政治家や官僚」が、「通信技術の専門家」を自称するNTTの幹部のご進講を鵜呑みにして、「NTTの技術開発体制は世界に冠たるものだ」と思い込み、「これを現状のままに維持するのが日本の為になる」と結論付けてしまおうとしているかのようなのです。何と恐ろしいことでしょうか!

米国の開発力の源泉についても、日本では、とかく「国」や「軍」の関与が誇張されて論じられがちです。(今回発足した「情報通信に関連するタスクフォース」のリーダーの一人である寺島実郎さんも、インターネットの思想が「軍」から出てきたことを引き合いに出されて、確かそういうことを言っておられたように思います。)

成程、インターネットの考え方自体は、東西冷戦下で、「ヒエラルキー的に構築された通信網が破壊されても、生きているところだけで通信が確保されるようにしたい」というニーズから生まれたものですが、実際にシステムを構築したのは、アーパネットという学術ネットワークであり、ネットワーク技術で中心的な役割を果たしたのは、シスコという小さなベンチャー企業でした。(ちなみに、ソフトバンクは、このシスコがまだ名もない小さな会社だった頃に、その潜在力に目をつけて、相当額の投資をしています。)

現在の第三世代携帯通信システムのベースになっているCDMAという無線通信技術は、もともとは50年近く前に軍事用に考え出された理論に基づいたものですが、これを実用化するのに必要な多くの要素技術は、これまた、クアルコムという小さなベンチャー企業が開発しました。

クアルコムは7人の大学教授などが集まって創った会社です。初期の頃こそ、海軍からの委託研究等で「その日暮らし」をしていたものの、イランから逃れてきた若手実業家が始めたベンチャー企業の為に、「衛星利用の商用トラック運行管理システム」を開発したのがきっかけで、会社の基礎が固まりました。この会社は、その後も、開発力を維持するために、「国」や「軍」の力を借りたことは殆どありませんでした。

ちなみに、このCDMA技術の開発は、日本でも、自衛隊の一技官の要請で、当時の日本の無線技術の最高峰であった若かりし日の桑原さん(NTT)や横山さん(NEC)が集まって試みられましたが、その頃にはDSPなどの技術がまだ存在していなかった為、結局モノになりませんでした。(「早すぎたのが不運だった」ということです。)

しかし、ここで注目すべきは、このプロジェクトは、たまたま自衛隊が発議したものではあっても、別に「国策」として企画されたものではなく、むしろ一技官の個人的な興味によるものだったのであり、桑原さんや横山さんのような超一流の技術者が集ったのも、これが「斬新で面白い技術」であることに惹かれたからだろうということです。

画期的な技術の多くは、個人の興味から生まれるものであり、「お偉方」の頭でっかちの「政策論」から出てくるものではありません。若い技術者がその能力をフルに発揮出来るのは、目に見えないところにいる管理者が方向性を決めてしまうような「巨大な組織」においてではなく、物事を決める力を持った人が隣に座っているような「小さな組織」においてです。

もはやお分かりと思いますが、NTTの研究開発組織は、色々な観点からモチベーションを分析した上で、幾つかの目的意識のはっきりした「小さくて、機動性のある組織」へと「分割」した方がよいことは明らかです。

具体論はまたの機会に譲りますが、色々なプランが考えられます。
一定の条件下で、NECや富士通のような通信システムメーカーの中に人を入れていくグループもあってよいでしょう。独立したコンサルタント会社として、発展途上国の通信事業者を支援し、きっちりお金も稼いでくる組織もあってよいでしょう。失敗覚悟で、先端技術に賭ける「ベンチャー企業」へと、スピンアウトしていくグループもあってよいでしょう。そして、すぐにビジネスに結びつかないような「基礎研究」は、国立の研究所へと衣替えする手もあるでしょう。

さて、次に、「分割論」の「第二の根拠」である「公正競争の実現」ということについて論じたいところですが、今回は長く書きすぎましたので、これも次回に譲ります。

松本徹三

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