金融規制監督をめぐる政治力学--池尾和人

2009年12月18日 10:43

金融機関の破綻処理のために公的資金(税金)を使うはめに陥るというのは、金融規制監督当局にとって大失態を意味する。当然に、そうした大失態を演じた金融規制監督当局は、国民の強い批判にさらされるとともに、国民の批判に反応した政治からの強い圧力の下に置かれることになる。それゆえ、公的資金投入後の金融規制監督当局は、金融機関に対しておしなべてタフな姿勢をとらざるを得なくなる。


現在の日本は、公的資金慣れしてしまったようなところがあるけれども、住専(住宅金融専門会社)問題の処理のためにはじめて公的資金(いまからみると、たったの6850億円)を使った以降は、日本の金融規制監督当局(当時の大蔵省と日本銀行)は厳しい批判にさらされ、最終的には大蔵省から金融規制監督部局は分離されてしまった。そして現在は、欧米の金融規制監督当局が、同様の世論からの批判と政治的圧力を受けている。

とくに大変なのが、英国のFSA(金融サービス機構)である。英財務省、FSA、イングランド銀行のトロイカ(3頭立て)体制は、現在のブラウン首相が蔵相時代に確立したもので、それが失敗を犯したということから、保守党は批判を強めている。もし英国で政権交代が実現したら、FSAは「お取り潰し」になりかねない状勢である。

保守党は、政権を奪取したときには、FSAを廃止し、金融規制監督機能はイングランド銀行に再統合するとともに、消費者保護庁的な機関を設立する意向だと伝えられている。英FSAのターナー長官の発言(例えば、「トービン税」の導入提案など)は、こうした政治情勢と無縁なものではないと考えられる。その規制改革案も、金融機関に対してタフな姿勢をとる必要があるという政治的要請を反映したところがあるといえる。

米国の金融規制監督当局である財務省・FRB(連邦準備理事会)も、議会からの強い圧力を受けている。米国の金融規制改革に関する財務省の原案では、システム上重要な金融機関(持株会社)については、銀行持株会社のみならず、証券持株会社・保険持株会社であっても、FRBによる一元的管理下に置くというものであった。しかし、議会案は、そうしたFRBへの権限集中に異論を唱えるものとなっている。

11月10日に公表された上院案では、金融機関監督局(FIRA)を新設し、FRB(および他の既存の金融規制監督当局)の監督権限はそこに移管するとされている。また、システム上重要な金融機関の破綻処理手続きの整備に関しても、財務省原案では認められていた再建型や存続型の手続きは、上院案でも12月2日に委員会採決された下院案でも認められず、清算型の手続きだけを準備することになっている。このように議会は、金融機関に対するよりタフな姿勢を求めている。

公的資金投入に対する国民の怒りは正当なものである。しかし、そうした国民感情に迎合した政治的圧力が経済合理的なものであるとは限らない。この種の政治的圧力の下での金融規制や監督体制の見直しは、結果的に金融サービス産業の競争力を削ぐものにつながる可能性は少なくない(自己資本比率規制については、いまは政治的圧力から相対的に自由な日本の当局の根回しで性急な強化策導入は避けられたけれども、この可能性がなくなったわけではない)。

もっとも英米の当局は、自国の金融機関に対してタフな姿勢をとらなければならないとしても、その結果、自国の金融機関だけが不利になることは避けようとする。したがって、金融機関に対する規制は国際ルールとして実施し、日本の金融機関にも同様の負荷がかかることを求めてくる。そのため、日本の金融サービス産業が必ずしも漁夫の利を得られるということにならないだろう。

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