NTT問題での原淳二郎さんの投稿に感謝する - 松本徹三

松本 徹三

NTT問題は、原さんもご指摘の通り、十年一日の如く、同じ様な議論が行われてきたに関わらず、何の変化も起きていません。十数年前からこの問題をウォッチし続けてきた私には、それが何故だったのかは勿論分かっています。一言で言えば、NTTグループの巨大な集票力に魅力を感じてきた自民党の族議員が、出ていた結論を「骨抜き」にする(1997年 堀之内久男郵政大臣)とか、「凍結」する(2006年 片山虎之助総務大臣)とかしてきたからです。


物事が理由もなくうやむやにされることはありません。そこには必ず「うやむやにしたい」と願う人達の強い意思が絡んでいるのです。多くの人が「『NTTの組織問題』から議論を始めるのはおかしい。『日本の情報通信産業のあるべき姿』こそを、先ず議論すべきである」ということを言っておられますが、そんなことは常識であって、過去の議論も勿論全てそこから始まっているのです。そして、延々と議論をした結果、問題が結局「NTTの組織問題」に帰結すると、そこで族議員が登場して、政治力が働き、全てがうやむやになってきたのです。

ちなみに、小泉さんが郵政民営化を言い出した時にも、当時の自民党の有力者は全て反対でしたが、それは「政治家が自由に使える『国のプロジェクト』の資金源を潰して、民間に回すなどもっての他」とか「そんなことをして、特定郵便局長会の票を失ったらどうするのか」とかいう、あまり人には聞かれたくない理由からでした。NTT問題の場合も、本音は全く同じです。(だからこそ、一般の人には分かりにくい「国際的な技術競争力」などに争点をすり替えて、カモフラージュした議論が横行してきたのです。)

原さんは高名なジャーナリストでいらっしゃるので、100人以上いると言われている「著名人をターゲットにした、NTTの組織防衛の為のオルグ組織」の方々からは、既にある程度のご進講は受けておられる筈であり、そのことは、今回の原さんの記事の文脈からも十分推測されますが、これを機会に、是非とも、私のような「NTTの現在の姿勢に強い懸念を持っている人間」の考えも聞いて頂きたいと念じております。

先ずは手始めに、ご多忙中誠に恐縮ではありますが、アゴラに掲載された下記の私のブログ記事(特に初めの3件)をご一覧頂けると、誠に有難く存ずる次第です。

(ちなみに、この記事の標題を「原淳二郎さんの投稿に感謝する」としたのは、原さんとは面識のない私に、このような厚かましいお願いをする機会を与えて頂けたことと、そして、あまりに執念深い私のNTT論議に辟易しておられるかもしれないアゴラの読者の方々に対する、私の「言い訳」をつくって頂けたことに対する感謝です。)

4月14日 目に余るNTTグループの独占回帰への試み

6月 5日 NTT持株会社は本当に必要なのか?

6月 8日 NTT持株会社は本当に必要だったのか?(続き)

8月16日「組織防衛本能」の病理

9月19日 新内閣は「参院選準備内閣」? 新総務相は「集票マシン支援相」?

10月5日 民主党と労働組合

10月12日 情報通信産業の国際競争力

10月15日「NTT分割の議論は2週遅れ」の意味

11月2日 原口大臣とNTT問題(再論)

11月11日 日本の情報通信産業を強くする為にはNTTの分割は不可欠

11月26日 NTT組織改編問題-再論

12月7日 ICT政策に関するタスクフォースでの議論に注目しよう

12月12日 タスクフォースでの議論と「国際競争力」の謎 

以下は原さんの記事に対する私の逐条のコメントです。

光アクセスの敷設はNTTが独占してきたわけではなく、電力会社やCATV 会社、ベンチャーも参入した。

電力会社についてはその通りですが、幹線では利益が上がるがアクセス回線では赤字になり、これ以上投資をする意欲があるとは思われません。(特に地方では絶望的です。)CATVは、私自身伊藤忠時代に担当していたのでよく知っていますが、早い時期に「難視聴対策費」に支えながら施設するのがやっとでした。ベンチャーの参加は、外国企業などが勘違いでやったことはあったものの、全て破綻している筈です。

NTTの競合事業者が、光アクセス回線の8分岐での貸出しに応じないNTTの方針を難詰した時、関西電力系のケーオプティコムや四国のCATV事業者は、「そんなことをしたら、自ら敷設をしなかった事業者が安い価格を出せるようになるから、(コストの高い)自分達は競争できなくなる。(ユーザーには高値で我慢してもらっても)自分達が生き残れるようにして欲しい。(ユーザー価格は、「コストの高い事業者でも生き残れる」、従って、「コストの安い事業者はうんと儲かる」レベルで、固定すべきである)」として反対し、結果として、このような意見も斟酌した総務省は、競合事業者の要請を退けました。 <注: カッコ内の文章は、ケーオプティコムなどの申し立てを、私が「意訳」したものです。>

地方自治体や地下鉄なども参入、日本のブロードバンドは一気に進んだ。

地方自治体が税金を投入してやったのには、それなりに意味があると思いますが、現在のようなやり方では、経済合理性から見て疑問です。地下鉄は、自社の業務上必要なメタル回線を既に持っていたものを、光に変えただけと理解しています。日本のブロードバンドが一気に進んだのは、ソフトバンク(ヤフーBB)がNTTからメタル回線を借りてADSL事業を始め、蛮勇を振るって価格破壊をしたからです。しかし、光時代になると、NTTがルールを変えたので、さすがのソフトバンクもどうしても採算が成り立たず、敢無く降参しました。その後は、残念ながら、ユーザー価格は下がっていません。

NTTが不当に競争制限をしたり、市場をゆがめる活動をしたりした形跡はない。

これは原さんが自ら確かめられたことでしょうか? それともどなたかから聞かれた事でしょうか? 「不当に」とか「ゆがめる」とか言う言葉は、多分に主観的なもので、見る人によって基準が違うのが普通ですが、少なくともNTTと競合している会社から見ると、「不当」と取れる事例はたくさんあり、既に総務省にも色々な機会に上申されています。(例えば、前述の8分岐の問題などもその事例の一つです。)少なくとも、「形跡はない」と断定されるような状況でない事は間違いないので、その点はご理解ください。

開放要求を飲んでいたら、NTTの光アクセス網はここまでは伸びていなかっただろう。ライバルを有利にするために、NTTが光を施設するはずはないからだ。

まさにここに問題の本質があります。

現在のNTTの組織では、「光回線設備そのものを所有している部門」と、「これを使ったサービスを顧客に提供している部門」が、明快な会計分離すらしていない形で、NTT東と西に包含されています。従って、NTT東・西の経営者は、「サービス部門」の競争者となる他社には、まともな競争が出来ない様な条件でしか、回線設備を貸与しないのです。

また、NTTとしても、自分達の力で売れる分しか売れないので、「需要の掘り起こし」はどうしても遅くなります。(競争がありませんから、必死で需要の掘り起こしをする必要もないのです。)更に、「自力で確実に売れて利益を出せる」自信があるところまでしか、NTTは回線の敷設をしませんから、敷設のスピードも遅くなります。(当然目標も下げます。)

それでは、「光通信施設を建設して保有する部門」と、「その上で行うサービスを開発して顧客に売る部門」を、完全に分離したらどうでしょうか? 「サービス部門」は競合他社との競争に勝ち抜く為に、必死で働き、価格も下げます。そうすると市場が広がります。一方、「施設部門」は「自然独占」となりますから、「コスト・プラス・フィー」で計算される価格が妥当であるかどうかにつき、国の厳しい監査を受けます。このやり方だと、「施設部門」は、利益を増やす為には事業規模を大きくするしかありませんから、各サービス会社に出来るだけたくさん売って、回線の増設を可能にしようとするでしょう。

この方がみんなにとって良いのではありませんか? こうすることによって今の状態より悪くなる事があるのなら話は別ですが、どうも悪くなる事は何もなさそうなのです。

こういう比喩も出来ます。或る地方都市に私立学校が3校ありました。生徒数はA校が1500人、B校が800人、C校が600人でした。A校は長年この都市の唯一つの学校として多くの先輩を卒業させてきましたから、卒業生の寄付金なども蓄積されており、抜群に豊かです。A校は、この豊かな資金を使って、立派な音響設備を備えた講堂を作りました。A校の演劇部や、古典芸能研究会、お笑い同好会、管弦楽団、合唱団、ジャズ同好会、それから幾つかのロックバンド等は、この施設を使って、頻繁に発表会や演奏会を開きますが、それでも、この立派な講堂は「使われていない日」の方がはるかに多いのです。

一方、B校やC校には、A校の生徒よりもっと優れた能力を持った生徒もたくさんいるのに、設備がないので発表会が開けません。B校とC校の校長や市民有志が何度もA校を訪れて、「空いているときにはB校やC校の生徒にも設備を使わせてやってほしい」と申し入れましたが、「悔しかったら、自分で講堂を作ったらいいじゃあないですか」と、A校の返答はにべもありません。

通信業界の話をするときにも、「建設・不動産に投資してこそ一人前の通信事業者」という古い考えが、今でもまかり通っていることがあります。「ハコものさえたくさん作れば、殆ど使われていなくても、立派な町だ」という考えがまかり通っている「田舎の小さな町」に似ています。「設備のシェアーをして、利用者の選択肢の幅を広げ、利用者の為にトータルコストを下げよう」という考えなどは、毛頭なさそうなのです。

光と無線のブロードバンド競争は可能ではないのか?

答は既に出ています。完全な競争は不可能です。インターネット回線を経由して最も多くの高速通信がなされるのは、深夜の自宅ですが、この場合、将来の無線通信(例えばLTE)でも、メタル回線のADSL並みの快適さがやっとです。(深夜人口が密集しているような場所では、混雑により回線速度が大幅に低下する事もありえます。)多量の映像をやり取りするような場合は、光回線にはとても太刀打ちできません。これは、無線通信技術を熟知している人なら、誰でも分かる事です。

インフラレベルの競争は出来るのか出来ないのか。そこを判断するのが先決。

これは当然の事です。これまで、「族議員が力で抑え込む」までになされてきた全ての議論は、「この競争が難しい」という結論から出てきている議論(ボトルネック独占論)です。

世界一のブロードバンド環境があるのに、何故ICTの利活用が遅れたのか、そこに問題があるのに、未だに通信インフラの遅れ、独占の問題が議論されているのは理解できない。

「通信インフラが遅れている」とは、誰も言っていないと思います。「通信インフラが独占されているので、その利活用が十分に(自由闊達に)なされていない」という事が言われているのです。

また、通信インフラについても、地方は十分にカバーされておらず、デジタルデバイドが生じています。これは「普通の営利会社」であるNTTではどうにも出来ないことであり、違った仕組みが必要です。その仕組みについては、既に一つの提言がなされているので、総務省も、NTTも、「もはや議論の必要はない」などと根拠のない断定はせずに、心を開いてそういった議論に加わるべきです。

松本徹三