NTT再々編より完全民営化を - 池田信夫

池田 信夫

アゴラで、当事者の松本さんがNTT問題について発言しておられることは重要です。今までこの問題では、NTTも競合他社も当局との摩擦を恐れて発言しないため、「NTTの独占はけしからん」というマスコミ的な感情論と「国際競争のためにはNTTの規模が必要だ」というNTT御用学者の無内容な論争が続いてきました。NTT側の反論も歓迎します。


中曽根内閣でNTTの分割・民営化の方針が出たとき、NTTが分割に反対した最大の論拠は研究開発でした。これはナンセンスで、今やNTTの研究所は事業会社から巨額の「上納金」を召し上げるお荷物です。NGNのエッジルータも「NTT」と書いてあるのは外側だけで、中身はシスコのOEM。世界中のどこにも、NTTのように12も研究所をもっているコモンキャリアはありません。通信機器は完全にコモディタイズし、ベンダーの技術のほうがはるかに進んでいるので、キャリアが開発する意味はない。

ただし10年前の再編で地域会社と長距離会社に分割したのは大失敗で、インターネット時代に電話時代のインフラに合わせて分割した「ねじれ」が今も続いています。このためNTTにとっては、地域会社が全国レベルで営業できるようになることが悲願で、かつては再々編を働きかけていました。ところが地域会社の県間営業がなし崩しに認められ、NGNでは一体営業できるので、「寝た子は起こさない」というのが現在の経営陣の方針です。

ここに日本の通信規制の特殊性があります。どこの国でもインカンバントは規制の撤廃を求めてロビイングを行なうのですが、日本ではNTT民営化から25年近くたっても政府が1/3の株式をもち、それを完全民営化してほしいという声が出てこない。むしろNTT経営陣は「ものいわぬ安定株主」として政府がいることを望んでいる。他方、競合他社も政府の非対称規制で「NTTより少し有利な条件」でレントを上げるビジネスモデルを築いたため、完全民営化を望んでいない。

このようにNTTも他社も政府に依存している状況が、日本の通信業界全体をだめにしています。先日も慶応のシンポジウムで言ったことですが、「NTTが強い」というのは過去の話で、今や日本の通信業界全体が(キャリアもベンダーも)世界市場の負け組です。大事なのは、規制を撤廃してグローバルな競争を実現することで、そのためにはNTTの完全民営化が不可欠の条件です。もちろん今のまま自由にするわけには行かないので、民営化のためには何が必要かを考える必要があります。

ひとつの考え方はNTTの水平分離ですが、NTT法を改正して再々編するのは時代錯誤です。そういう特殊会社法は、もう霞ヶ関でもやめようというのが常識です。情報通信法の検討が始まったときは、NTT法を廃止してレイヤー別の一般的な規制に移行する方針でしたが、これはその後撤回され、NTT法は残ることになりました。これでは情報通信法はほとんど意味がなく、抽象的な原則を羅列した拘束力のない法律になりそうです。

欧米でも水平分離の考え方にそって、ローカルループ・アンバンドリングの規制が行なわれましたが、うまく行かなかった。インカンバントの設備を第三者に利用させるのはむずかしく、いろいろな意地悪ができるからです。アンバンドル規制が成功したのは日本だけで、それはソフトバンクの冒険的な事業によるところが大きい。光ではそのソフトバンクも苦戦しているので、この方向で問題を解決するのはむずかしいでしょう。

私はむしろ、有線と無線を分離したほうがいいと思います。世界的には、有線のキャリアが携帯電話サービスを行なった国はうまく行かず、まったく新しいプレイヤーが参入した国では競争が促進されています。NTTグループの中でも、ドコモは独立したいのに持株会社が(連結営業利益の9割をかせぐ)ドコモへの支配力を強めているのが現状です。NTT法を廃止すると同時にドコモをMBO(Management Buyout)で独立させ、NTTは有線通信の会社として自由にしてはどうでしょうか。

松本さんは有線と無線の競争は成り立たないというのが持論ですが、私はそうは思いません。NTTのFTTHは赤字で、それほどうらやむべきビジネスとは思えない。100Mbps以上の速度を求めるユーザーは多くないので、価格さえ安くなればLTEでもWiMAXでもFTTHと競争できるでしょう。問題は、帯域が不足しているために有線と競争できる価格で無線インフラが建設できないことです。この点で、2011年に470~806MHzの周波数を全面的に開放することが決定的に重要です。政府の介入しないプラットフォーム競争を実現する制度設計を考えるべきだと思います。

コメント

  1. 松本徹三 より:

    池田先生の言われるとおり、アンバンドリングだけでは問題は解決しません。アクセス回線については、どうしても組織の分離(最低限完全な会計分離)が必要です。

    現状ではNTTは「施設の卸売り部門」でたっぷり利益を上げ、自社のサービスの「小売部門」の損失を補填することが出来ます。

    「水平分離」というこの1点さえ解決すれば、私は、個人的には、「東」と「西」、更には「COM」が合体しても一向に構わないと思っています。

    無線と有線の問題は話せば長くなりますが、私が「無線では永久に光に勝てない」と言っているのは、2-3年後にトラフィックが現在の100倍にも増えた時の事を言っています。今ならOKでしょうが、そんな短期的な視野では通信事業は経営出来ません。

    ところで、世の中の全てのシステムは、〔衛星システムを除き)有線と無線の混合体です。モバイルでも、基地局までは光でつなぐ必要がありますから、最後の10メートルほどをWiFi〔無線〕に委ねる「光アクセス回線サービス」と大同小異です。よって、無線事業者と有線事業者の完全分離は、かつての地域分割同様に問題があります。

  2. 池田信夫 より:

    これは法技術的な問題ですが、霞ヶ関では「業法」はやめて一般法+政令でやろうというのがコンセンサスです。まして特殊会社法で規制するのは、行政の裁量の余地が大きく、腐敗やロビイングをまねきやすい。「完全民営化」というのは、こういう特殊会社をやめようということです。

    その方法論はいろいろありますが、情報通信法が当初ねらっていたように、業界全体をレイヤー別に規制するのが一番すっきりします。しかしこれは政治的には困難で、現実にも情報通信法は空文化しそうです。だから次善の方法として、ドコモの分離を提案したわけです。

    いずれにせよ、NTTだけを対象にした特殊会社や非対称規制をやめることが、通信業界が規制のくびきを脱却する第一歩だと思います。もちろん市場占拠率が問題になる場合もありますが、そういう規制は公取委に移管して、独禁法でやるべきでしょう。

  3. 松本徹三 より:

    池田先生とはまだ意見の異なるところが多いようです。

    法技術的な問題はさておき、私の関心事は、何よりも「自然独占分野」と「競争可能分野」を分離する事であり、これによって「完全な公正競争環境」実現することです。

    「規制」或いは「規制の撤廃」は、手段であり、目的ではないので、こういった「抽象的な言葉」を議論の出発点にする事は危険です。

    基本インフラの低コスト化を実現し、その上で、多くの企業が公正な競争を繰り広げるようにすれば、日本のICT立国は必ず実現できます。しかし、今のままでは絶望的です。

    NTTや総務省の方々も招いて、この問題についてのシンポジウムを開いていただけると嬉しいのですが・・・。

  4. hitoeyama より:

    有線での設備競争が理想的と思いますが、もう不可能なのですかねえ。ドコモとNTTの戦いは興味があります。ドコモがケータイの利益を使ってCATV会社や電力系会社を買収して有線ブロードバンドに参入したり、NTTはドコモ株を売ったお金でauを買収してケータイに参入したりといった展開になれば面白いです。旧田中派の小沢民主(ドコモ)対自民(NTT)といったところでしょうか。
    ところで、日本の有線ブロードバンドやケータイサービスは、世界ではトップクラスと聞いています。であれば、政府としては、ほっとけばいいのではないかという気もしてきました。これからの主戦場は、iPhoneやgoogle、amazonのようにオープンなインターネットの世界をベースとしたビジネスでしょうから、楽天やmixi、日本のyahoo等が国内で自由にサービスを開発して海外へも乗り出していけるよう、通販の薬の規制を中止するとか、著作権法を改正してコンテンツをいつでもどこでも使い易いようにするとか、インターネット選挙の解禁とか、インターネット上の規制緩和を進めたほうが有効なように思いました。またベンチャーにお金や人が回りやすくなる仕組みづくりも必要に思います。googleもamazonも当初は全く儲けていなかったように思いますから。

  5. https://me.yahoo.co.jp/a/6KtAaHlYUKKufh9OV_2LRvqpI3ov#10711 より:

    この議論は昔から疑問に思っていましたが、「完全な公正競争環境」を作ることにより、何を目指しているのかがよくわからないです。そもそも人間が作る規制によって「完全な公正競争環境」なんて作れるわけがありません。派遣を規制すれば社会が良くなる、というような話と同じようなもので、規制を作れば作るほど悪い方向にしか進まない気がしています。その点で、池田先生の規制緩和の方向に賛成です。
    国力を上げたいなら、一番強い企業を更に強くするのが最も合理的だと思います。成績の一番良い人に我慢してもらって、みんなで仲良くしたいなら、学校全体の評価が下がるのを受け入れなければならない。
    技術の現場にいるものとしては、みんなが「日本は技術力があるから」と言っているのはただの幻想で、ほんとは本気で追い上げなければいけないのに、そんな幻想にしがみついて、「成績のいい人は、成績の悪い人を手伝ってください」と言っているうちに、ほんとうに国力そのものが取り返しがつかなくなるのではと心配しています。
    現代のわれわれは、過去の幻想にしがみついて、貯蓄を食いつぶしている状態。貯蓄が亡くなる前に、戦える状況にしてほしい。

  6. mshino3523 より:

    IT会社のくせにNTTはWinnyによる個人情報流出がやけに多い。
    情報管理が杜撰なところを見ていると、お里が知れてるように思える。
    NTTってなんかインチキくさい会社。利益率は高いようだが、
    ドコモを切り離したり規制緩和を進めたらボロが出るかも。

    http://www.geocities.jp/winny_crisis/
    Winny 個人情報流出まとめ

    表●主要IT企業12社の業績推移(金額は百万円単位) 2009年3月期
               売上高  営業利益  営業利益率
        富士通 2,427,700  163,300     6.7%
         NEC   824,500   59,000     7.2%
         日立  1,272,100   115,000    9.0%
     NTTデータ  1,139,092   98,546     8.7%
    http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090521/330443/