少し旧聞に属しますが、日本の某有名大学の教授からこんな趣旨のメールを貰いました。少し長くなりますが引用させて頂きます :
『先日、日本人同士の争うボクシングのフライ級タイトルマッチがありましたが、ボクシングに興味がない私は、新聞で少し見ただけでその状況が気になりました。
まず、勝利した方のボクサーは、兄弟三人で父親に完全にコントロールされ、子供の頃からボクサーになるように徹底的に育てられたそうです。父親のためにリングに上がる姿は「ポケモン三兄弟」です。朝日新聞の見出しは「亀田、因縁対決制し涙声。オヤジー、どんなもんじゃい」となっていましたが、これでは父親のためにボクシングをしているようにしか見えません。
『先日、日本人同士の争うボクシングのフライ級タイトルマッチがありましたが、ボクシングに興味がない私は、新聞で少し見ただけでその状況が気になりました。
まず、勝利した方のボクサーは、兄弟三人で父親に完全にコントロールされ、子供の頃からボクサーになるように徹底的に育てられたそうです。父親のためにリングに上がる姿は「ポケモン三兄弟」です。朝日新聞の見出しは「亀田、因縁対決制し涙声。オヤジー、どんなもんじゃい」となっていましたが、これでは父親のためにボクシングをしているようにしか見えません。
次男が二年前に反則負けしたので、長男がそれに雪辱したと言うのですが、個人競技のボクシングで他人に雪辱してもらうというのは、たとえ兄弟でも妙な話です。たとえば相撲で(少し例えが古いですが)若乃花が負けた曙を、貴乃花が倒したところで、それを「雪辱した」とは誰も思わなかったはずです。こういう場合にはせいぜい「仇討ち」と言います。
一方で、負けた方の元チャンピオンの方の朝日新聞の見出しは、『内藤完敗「ごめんね、負けちゃったよ」 WBCフライ級』となっていました。誰に言ったのかというと、「お疲れさまでした」とねぎらってくれた妻に言ったとのことです。別の報道によりますと、その妻が試合後、会長に「続けさせてください」と直訴したので、引退を考えていたこの35歳のボクサーは、現役を続行することになったそうですが、これでは妻のためにボクシングをしているようなものです。
両者が本当に父親や妻のために戦ったのかどうかは知りませんが、少なくともこの試合に関する報道はそのようにストーリーが構成されています。言うならばこれは父親のポケモンと妻のポケモンとのタイトルマッチで、その試合が大変な注目を集めて高視聴率を獲得したことは、ポケットモンスターが根強い人気を誇っていることと関係がありそうに思います。
私は、現代の日本人の多くが、他人のポケモンになっている気がしています。自分自身のために生きて自分自身のために力を尽くすのではなく、自分の親や、配偶者や、上司や、世間に褒められるために頑張る人が多いように感じるのです。
ポケモンはそのような社会の状況、特に母親のために勉強や習い事に奔走させられる子供たちを反映しているように見えるのです。今回のタイトルマッチは、リングで一対一で力を尽くして戦うボクサーでさえも、ポケモン化してしまった(より正確にはそのような認識で報道されるようになってしまった)ことを示しています。
しかし本当の勇者というものは、人のために戦ったりはしません。自分自身のために、自分自身の判断で戦うものです。本当に強いということは、「自分が勝てる状況を念入りに作り出すことができる」ということであり、それが勇者というものです。親や配偶者や上司や会社の都合にあわせて死力をふり絞るというのは、どんなに強くともポケモンであって勇者ではありえません。
どんなに他人に脅されようとすかされようと、自分自身にとどまり続けることが勇気の本質ですから、勇気があれば君子たりえ、なければ小人になります。小人が勇者ということはありえないので、小人はどんなに強くともポケモンです。』
「現代の日本人の多くが、他人のポケモンになっている」と言う教授のご指摘を読み、成る程と思いつつ、鳩山首相が重なって見えて来ました。教授にその旨伝えますと、私の意見には余り賛成されず :
『首相が一体、何をやりたいのか、皆目不明ですが、孫子の言うように、何をやりたいかがバレると負けで、 何をやりたいのか隠そうとしても、必ずバレるものですから、 何をやりたいのか自分でもわからない、という状態が最強なのです。 その意味で、鳩山氏は、相当に<強い>。
日本がどうなるのか私も不安ではありますが、 アメリカも、中国も、韓国も、鳩山さんが何をやりたいのか皆目見当がつかず、 とっても気持ちが悪いのではないかと推測します。 それぞれが押すと、その方向に少し動くので少し安心しますが、 別の国が押すと、またそっちに行くので、かなり不気味なのではないでしょうか。 では鳩山さんは一体何がやりたいのか、というと、 私は彼は本気で「友愛」を目指しているのだと思います。 鳩山氏と日本とがフニャフニャやっているうちに、日本国内も、国際関係も、 みんな力が抜けてしまうのを狙っている』という答えが返って来ました。
「友愛」が具体的に何を意味するのか?私にはよく理解出来ませんが、鳩山首相が雑誌に寄稿した「私の政治哲学」と言う小文には、首相の祖父、鳩山一郎元首相が「汎ヨーロッパ運動」の父と言われたクーデンホフ・カレルギー伯の「全体主義国家対人間」と言う著書を日本語に翻訳する際、「博愛」の代わりに「友愛」という表現を使い、その後「友愛主義」が、一郎氏の政治思想の中心に据えられたと書かれています。
カレルギー伯は『最上の価値を持つ自由を保障する手段として、資本主義を擁護しながら、深刻な社会的不平等を引き起こす欠点を持つ資本主義の反動として勃興し出した、共産主義や国家社会主義を憂慮し、自由と平等は重要だが人間の尊厳を冒すことがないよう均衡を図る理念が必要で、それをフランス革命の3大理念「自由・平等・博愛」のうち最後の理念である「博愛(Fraternity)」に求めなければならない。』と主張したとしています。
「分配一辺倒」の経済政策と「東北アジア共同体構想」を核とする外交政策が「社会的不平等の是正」と「汎ヨーロッパ運動」を掲げる「友愛主義」の猿真似だとすれば、鳩山首相に日本の将来を託す事は出来ません。
最近の世論調査に依れば、鳩山首相への支持率は急激に低下し、連立を組む社民党の支持率に至っては1・8%、国民新党は0・7%と、それぞれ泡沫政党並の低さです。又、首相の指導力を「評価しない」が72・4%で、マニフェストについては、「守れなくても仕方ない」が79・7%、3党の連立政権を「評価しない」とする声が64%に上っており、「亀井」「福島」「友愛」の3マスターに翻弄されるポケモン宰相への不信は明らかです。
自民党政権では、官僚と族議員の「密室」でのやりとりが中心だった予算編成作業をオープンにし、短い期間に国家予算に対する国民の意識を変えた民主党政権に対する国民の期待は高く、首相と民主政権を分けて考える必要も出てきました。
野党時代は「政治とカネ」問題に厳しい姿勢を示した首相は「政治家と秘書は同罪」「秘書が自分のために行動してくれたことによる犯罪で共同正犯だ」…。「もし鳩山由紀夫の秘書が同じことを行っていたとすれば、すぐに国会議員のバッジを外す」とまで公言したこともありました。これ等の言葉を、最近の首相の言葉と比べて見ると、鳩山首相が信用出来ない事は明らかです。オバマ大統領に高言した「トラストミー」と言う言葉と共に誠に情けない限りです。
此処で思い出されるのが「政治的良心に従う」と潔く退陣した石橋湛山元首相です。予算審議という重大案件の中での辞任表明には、野党でさえも好意的で、当時の野党であった日本社会党の浅沼稲次郎書記長は「いさぎよい。政治家はかくありたいもの」と激賞しました。それに対して、かつて議会への出席ができなくなった当時の浜口雄幸首相に対して、東洋経済新報に「退陣を勧告する社説」を執筆した石橋氏は「いさぎよいのではない。もし国会に出ることができない自分が首相を続投すれば、当時の社説を読んだ読者を欺く事態になる」と述べたと伝えられています。何たる言葉の重みの違いでしょう。
首相の適格性に多くの疑問がある民主党政権ですが、このまま古色蒼然たる自民党に政権を渡しては元も子もありません。ここは一刻も早く、鳩山首相の辞任に期待するしかありません。ポケモン首相は何とかならないものでしょうか? 今年最後の願いです。
ニューヨークにて 北村隆司
一方で、負けた方の元チャンピオンの方の朝日新聞の見出しは、『内藤完敗「ごめんね、負けちゃったよ」 WBCフライ級』となっていました。誰に言ったのかというと、「お疲れさまでした」とねぎらってくれた妻に言ったとのことです。別の報道によりますと、その妻が試合後、会長に「続けさせてください」と直訴したので、引退を考えていたこの35歳のボクサーは、現役を続行することになったそうですが、これでは妻のためにボクシングをしているようなものです。
両者が本当に父親や妻のために戦ったのかどうかは知りませんが、少なくともこの試合に関する報道はそのようにストーリーが構成されています。言うならばこれは父親のポケモンと妻のポケモンとのタイトルマッチで、その試合が大変な注目を集めて高視聴率を獲得したことは、ポケットモンスターが根強い人気を誇っていることと関係がありそうに思います。
私は、現代の日本人の多くが、他人のポケモンになっている気がしています。自分自身のために生きて自分自身のために力を尽くすのではなく、自分の親や、配偶者や、上司や、世間に褒められるために頑張る人が多いように感じるのです。
ポケモンはそのような社会の状況、特に母親のために勉強や習い事に奔走させられる子供たちを反映しているように見えるのです。今回のタイトルマッチは、リングで一対一で力を尽くして戦うボクサーでさえも、ポケモン化してしまった(より正確にはそのような認識で報道されるようになってしまった)ことを示しています。
しかし本当の勇者というものは、人のために戦ったりはしません。自分自身のために、自分自身の判断で戦うものです。本当に強いということは、「自分が勝てる状況を念入りに作り出すことができる」ということであり、それが勇者というものです。親や配偶者や上司や会社の都合にあわせて死力をふり絞るというのは、どんなに強くともポケモンであって勇者ではありえません。
どんなに他人に脅されようとすかされようと、自分自身にとどまり続けることが勇気の本質ですから、勇気があれば君子たりえ、なければ小人になります。小人が勇者ということはありえないので、小人はどんなに強くともポケモンです。』
「現代の日本人の多くが、他人のポケモンになっている」と言う教授のご指摘を読み、成る程と思いつつ、鳩山首相が重なって見えて来ました。教授にその旨伝えますと、私の意見には余り賛成されず :
『首相が一体、何をやりたいのか、皆目不明ですが、孫子の言うように、何をやりたいかがバレると負けで、 何をやりたいのか隠そうとしても、必ずバレるものですから、 何をやりたいのか自分でもわからない、という状態が最強なのです。 その意味で、鳩山氏は、相当に<強い>。
日本がどうなるのか私も不安ではありますが、 アメリカも、中国も、韓国も、鳩山さんが何をやりたいのか皆目見当がつかず、 とっても気持ちが悪いのではないかと推測します。 それぞれが押すと、その方向に少し動くので少し安心しますが、 別の国が押すと、またそっちに行くので、かなり不気味なのではないでしょうか。 では鳩山さんは一体何がやりたいのか、というと、 私は彼は本気で「友愛」を目指しているのだと思います。 鳩山氏と日本とがフニャフニャやっているうちに、日本国内も、国際関係も、 みんな力が抜けてしまうのを狙っている』という答えが返って来ました。
「友愛」が具体的に何を意味するのか?私にはよく理解出来ませんが、鳩山首相が雑誌に寄稿した「私の政治哲学」と言う小文には、首相の祖父、鳩山一郎元首相が「汎ヨーロッパ運動」の父と言われたクーデンホフ・カレルギー伯の「全体主義国家対人間」と言う著書を日本語に翻訳する際、「博愛」の代わりに「友愛」という表現を使い、その後「友愛主義」が、一郎氏の政治思想の中心に据えられたと書かれています。
カレルギー伯は『最上の価値を持つ自由を保障する手段として、資本主義を擁護しながら、深刻な社会的不平等を引き起こす欠点を持つ資本主義の反動として勃興し出した、共産主義や国家社会主義を憂慮し、自由と平等は重要だが人間の尊厳を冒すことがないよう均衡を図る理念が必要で、それをフランス革命の3大理念「自由・平等・博愛」のうち最後の理念である「博愛(Fraternity)」に求めなければならない。』と主張したとしています。
「分配一辺倒」の経済政策と「東北アジア共同体構想」を核とする外交政策が「社会的不平等の是正」と「汎ヨーロッパ運動」を掲げる「友愛主義」の猿真似だとすれば、鳩山首相に日本の将来を託す事は出来ません。
最近の世論調査に依れば、鳩山首相への支持率は急激に低下し、連立を組む社民党の支持率に至っては1・8%、国民新党は0・7%と、それぞれ泡沫政党並の低さです。又、首相の指導力を「評価しない」が72・4%で、マニフェストについては、「守れなくても仕方ない」が79・7%、3党の連立政権を「評価しない」とする声が64%に上っており、「亀井」「福島」「友愛」の3マスターに翻弄されるポケモン宰相への不信は明らかです。
自民党政権では、官僚と族議員の「密室」でのやりとりが中心だった予算編成作業をオープンにし、短い期間に国家予算に対する国民の意識を変えた民主党政権に対する国民の期待は高く、首相と民主政権を分けて考える必要も出てきました。
野党時代は「政治とカネ」問題に厳しい姿勢を示した首相は「政治家と秘書は同罪」「秘書が自分のために行動してくれたことによる犯罪で共同正犯だ」…。「もし鳩山由紀夫の秘書が同じことを行っていたとすれば、すぐに国会議員のバッジを外す」とまで公言したこともありました。これ等の言葉を、最近の首相の言葉と比べて見ると、鳩山首相が信用出来ない事は明らかです。オバマ大統領に高言した「トラストミー」と言う言葉と共に誠に情けない限りです。
此処で思い出されるのが「政治的良心に従う」と潔く退陣した石橋湛山元首相です。予算審議という重大案件の中での辞任表明には、野党でさえも好意的で、当時の野党であった日本社会党の浅沼稲次郎書記長は「いさぎよい。政治家はかくありたいもの」と激賞しました。それに対して、かつて議会への出席ができなくなった当時の浜口雄幸首相に対して、東洋経済新報に「退陣を勧告する社説」を執筆した石橋氏は「いさぎよいのではない。もし国会に出ることができない自分が首相を続投すれば、当時の社説を読んだ読者を欺く事態になる」と述べたと伝えられています。何たる言葉の重みの違いでしょう。
首相の適格性に多くの疑問がある民主党政権ですが、このまま古色蒼然たる自民党に政権を渡しては元も子もありません。ここは一刻も早く、鳩山首相の辞任に期待するしかありません。ポケモン首相は何とかならないものでしょうか? 今年最後の願いです。
ニューヨークにて 北村隆司


『ソーシャルメディアマーケティング』
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『ITの未来を読む365日+α』

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しかし、北村氏の主張には、理解不明な思いです。
私の分かる事は2点です。
「政治を科学する」と言っているので、合理を非常に重視する(説明と納得を重視する)はず。
「友愛」と言っているので、自身の心情より他人の心情を優先する社会理念を目指しているのだろう。