地獄と極楽のお話: 次世代経営と生産性 - 樋口耕太郎

2010年01月05日 14:21

地獄と極楽のお話
ある人が地獄と極楽の見物に出かけようと思い立ちました。まず地獄へ行きました。そこではちょうど大きな円卓を囲んで、大勢の人たちが食事をするところでした。その人々の姿は娑婆(しゃば)に住む私共と変りありませんでした。大きな円卓の真ん中にご馳走が山と盛られてあるので、普通の箸では届きません。皆がそれぞれに五、六尺(2メートル弱)もあるような長い箸を持っています。ところが箸があまりにも長すぎて、折角挟んでも自分の口に運ぶことができない。持ってくるまでに人の口に入ってしまうのです。人に食べられてなるものかとみんな我れ一になって、自分の食べることばかり考えるものですから、長い箸と箸が音をたてて交錯し、結局、ご馳走は卓上に散乱して、誰一人として満足に食べることができないのです。食べようとして食べ得ざる時、人の心は焔となって怒りの火を発するのです。


ところでその人は次に極楽を見に行きました。極楽も地獄も人そのものの姿には、全く相違はありませんでした。食事の時になりました。大きな円卓の真ん中にご馳走が山のように盛られてあり、人々は長い箸を持っている。それもまた地獄と全く同じことでした。ところが、ここではその人々がそれぞれ、自分のお箸に挟んだご馳走を「これはおいしそうでございます。お一つ如何ですか」と人の口へ運んであげています。「結構なお味でございます。あなたさまも如何ですか」とお互いがお互いに食べさせあっているのです。有難うございます。おお勿体ないことと食事は実に和やかに進んで、みるみるうちにご馳走はなくなってゆき、最後には「ありがとうございました。ご馳走さまでございました」とみんな喜び合い、感謝し合いながら終わったというのです。(高田好胤著『己に克つ』より)

地獄の食事
現代資本主義社会の企業経営は地獄でご馳走を食べようとする姿に見えます。2メートル近くもある箸は企業の保有資産≒バランスシート≒ 企業価値、食べることができた僅かなご馳走はフリーキャッシュフローといったところでしょうか。企業は「効率よく」ご馳走を食べるために、例えばさまざまな箸の研究開発に多額の経営資源を投下します。遠くのご馳走に手が届くように、更に長くて軽量の箸を開発した企業は「イノベーションに優れた企業」と呼ばれ、他人が気付かない場所にあるご馳走をいち早く見つけた企業は「先見のある戦略的な企業」と賞賛されるかもしれません。それにしても(市場)全体として考えるとき、実際に食べることができるご馳走(収益)は、ほんの僅かであり、その僅かのご馳走を獲得するために、膨大な労力が費やされます。膨大な労力を惜しまない人は「成功者」として「尊敬」されますが、その労力が実は著しく非効率かも知れないとは誰も考えません。

極楽の食事
私は、仮に、次世代社会で機能する経営が存在するのであれば、その経営理論における企業価値は、資本主義社会の常識的な経営論で理解されているように「所有資産の価値」ではなく、「利用可能資産の価値」によって決まるのではないかと考えています。テーブルの向いの人々とその人々が持つ箸は利用可能な「簿外資産」であり、簿外資産(他人の箸)の方が所有資産(自分の箸)よりも遥かに規模が大きく(数が多く)、かつ多大な収益を生み出す(おなかいっぱいご馳走にありつく)ために、効率の高い資産であるのは明らかであるように思えます。そして、極楽の人々が象徴するように、このような「簿外資産」は良好な人間関係によって成り立っています。人間関係に働きかける主な方法は基本的に、利害を提供することと、愛を提供すること、の二種類しかありませんが、皮肉なもので、利害を提供するよりも愛を提供することの方が遥かに「費用対効果」が優れているものです。

地獄と極楽を分けるもの
地獄も極楽も「人々の気持ち」以外に全く相違点がない、というのが象徴的です。現代経営の課題のひとつは、この膨大な「簿外資産」にアクセスし活用する手法の欠如です。・・・これはすなわち、この簿外資産にアクセスするために不足しているモノは何もない、必要なものは利己的かつ利他的な発想とそれに基づく行動(・・・つまり、愛、ということですが・・・)だけ、という経営者の「気付き」が生産性を生むことを意味します。必要なものは発想と行動だけであるため、追加的な資本を殆ど必要とせず、限界的に生み出される事業効率が極めて高い(資本に対して実質的に無限大の生産性を生む)という、経営的に重大な特徴があります。膨大な簿外資産にアクセスし、比較にならない豊かさを享受するために必要なことは、「ハイテク箸の開発」でも、「合意形成」でも、「人を出し抜く」ことでもなく、「人にご馳走を差し出す」こと*(1) であり、これが、(多くの経営者の常識に反して)経営合理的な事業行動であるのです。

     *   *   *   *   *

*(1) 少々テクニカルな事例になりますが、一般的な沖縄のホテルでは、不測に稼働率が高まるとオーバーブックという現象が起こり得ます。具体的には、例えば200室の客室に対してそれ以上の予約が入ってしまうと、希望するお客様に対して一部特典付きで他のホテルに宿泊を御願いするということになります。オーバーブックをした送客ホテルが費用を負担して次の受入れホテルでのグレードアップをしたり、食事の特典をお付けするなどの対処を行い、お客様にはむしろ喜んでそちらを選択いただくように務めるのですが、その際に送客ホテルが負担する費用は相当な額に上ることがあります。他人の不幸は密の味ではないですが、送客ホテルがお客様の移動先を探す際、受入れホテルは宿泊料を言い値で請求することも多々あり、これが更に送客ホテルの大きな費用負担を招いていました。「事業は競争である」という認識の基にはこのような対応がむしろ当然だと思います。

私が経営を担当していたときのサンマリーナホテル(沖縄県恩納村)では、この問題に対処するために、他のホテルの立場を優先してみました。他のホテルがオーバーブックをしてサンマリーナに送客を希望する場合、当方に空室がある限りにおいて、先方の言い値(原価)でお受けするように方針を決め販売担当に伝えました。すなわち、サンマリーナを受入れホテルとする場合、送客ホテルはグレードアップや特典追加をお客様に提供できるにも拘らず、差額の費用が発生しないことになります。・・・すると、当時私もこれほどの効果を予測していたわけではないのですが、サンマリーナが送客する際においても、多くの周辺ホテルが同様の考え方で安価に対応して下さるようになり、この方針を定めた年度以降、サンマリーナでは前年度約1,000万円支払っていたオーバーブック費用が、ほぼゼロとなりました。売上高利益率10%で計算すると、サンマリーナにとっての経済効果は、約1億円分の売上または7,000人分の新規顧客に相当するインパクトです。サンマリーナでは、他社を競合相手とは考えず、助け合うことのできるパートナーと考えたため、それがそのまま事業における現実となりました。財務的にも、昨年度まで「競合他社」と呼ばれていたものが、この年からサンマリーナの簿外資産に変ったと考えることができます。このような発想の切り替えによって、サンマリーナは実質的に保有客室(200室)以上の顧客を受け入れることが可能になったともいえるのです。

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