「深まる心配」から生まれた「真冬の夜の夢」 - 松本徹三

2010年01月11日 12:00

民主党版の「公開会社法」の話にはさすがにびっくりしました。

勿論、民主党を支える基盤の一つが労働組合であることは百も承知していますし、鳩山首相が経団連の首脳と会って「あなた方は供給側、私は需要側」と言ったという報道からも、「現在の民主党政権は、投資家や企業経営者などを、何となく『利害が対立する相手方』と考えているのではないか」という疑いも抱いていましたが、まさかこれ程の「時代錯誤的な政策」が、公然と語られているとは思いませんでした。


現在、諸外国の市場関係者は鳩山政権をほぼ見限っており、「日本売り」が常識になってしまっていますが、そんなことが起こっていても、民主党の一部の議員にとっては、一向に平気なのでしょう。

彼等は、恐らくは、心の中で、「株を売買しているような人間は、額に汗せず金儲けをしている怪しからん連中だから、株が下がったって一向にかまわないじゃあないか」と考えているのではないでしょうか?「企業は、悪しき資本家を肥らすような配当は減額して、その分賃金を上げるべきだ。そうすれば、家計も潤い、内需も拡大する」と、本気で考えているということだと思います。

しかし、皮肉なことに、仮に現政権が、このような考えに基づいて一連の社会主義的な政策を本当に実行したとすれば、最も困難な状況に追い込まれるのは、間違いなく「最下層の一般庶民」です。「悪しき資本家」は全く困りません。彼等は、日本株を売って外国株に投資すればよいだけのことなのですから。

政府が「企業が仕事をしにくくなるような政策」をとり続ける状況下では、「事業家精神に燃えて拡大路線を取る」ような企業はなくなるでしょう。経営者は、小さく縮まって状況が変わるのを待つか、拠点をどんどん海外に移していくでしょう。

従って、当然雇用は減ります。既に正社員になっていて、組合で守られている人達はよいかもしれませんが、失業中の人達や、非正規の社員、生き残りの難しい中小企業の社員、それに新規の学卒などは、どこにも行き場がありません。縮小路線では、企業は利益の拡大はおろか維持も難しくなりますから、税収も更に減り、社会保障費の捻出も難しくなります。

仮に多くの有権者が、「そんなことなら、まだ昔の自民党のほうが良かった」と考え直して、参院選で自民党に投票したとしても(そんな可能性はあまり考えられませんが…)、もはや手遅れです。衆議院で民主党が絶対多数を取っているという事実は変わりがないので、仮にそんな奇跡が起こったとしても、今度は「逆ねじれ現象」が起きて、混乱が増幅するだけです。やはりここは、民主党の中で、取り急ぎ「経済学基礎セミナー」か何かをやってもらって、一部の議員に正気に戻ってもらうしかありません。

ところで、人間は、暗い気持ちになると、苦し紛れに「突飛なアイデア」が出てくるものらしく、私の頭の中でも一つのアイデアが生まれました。それは、「この際、『思い切った地方分権化』の考えに立って『道州制』を導入し、各州が自由に色々な法律を作れるようにすればどうか」ということです。

私は、リーマンショックで日本中が茫然自失していた麻生政権の末期にも、「こうなれば、道州制をやって、新しい考えを持った政治家が、政策を(紙の上だけでなく)現実の世界で競い合うようにすればどうか」という考えを持ち、そういった趣旨のことをアゴラに寄稿したことがあります。今、そのことをもう一度考えてみたいと思います。

仮にこれを本気でやったとすると、どういうことが起こるでしょうか? 

A州では、知事が、「家計」を第一に考え、非正規労働者にも優しくあろうとして、「企業に厳しい社会主義路線」を取り、「公開会社法」とか、「派遣労働法」とか、色々な法律を作り、その一方で、どんどんお金をバラまいて、その穴埋めに「州債」をどんどん発行したとします。知事は、「これで『人気沸騰』間違いなし、他の州からどんどん移住者が増えて、消費が増え、この州はどんどん景気がよくなるぞ」と、自信満々でした。

ところが、実際には、A州に本社を置いていた企業は、この知事の政策を嫌ってどんどん他の州に移転、そうなると、これらの企業に勤めていた社員も、労働条件が多少悪くなっても、結局はその州に引越しせざるを得ませんでした。一方、その他の多くの州民も、せっかく手厚い社会保障があっても、仕事がなければどうにもならないので、やはり他の州に引越したので、気がついてみると住民は激減し、「後には、返済する当てのない膨大な州債だけが残った」という悲劇的な結末となりました。

まあ、漫画のような話で、誰も真剣に受け止めてはくれないでしょうが、日本自体がA州のようになろうとしているとすれば、笑い事では済まされません。資本や企業はどんどん移転出来ても、住民は簡単には外国に移住できません(相手国が受け入れてくれません)から、上記の「道州制下の日本」の場合と異なり、可哀想な一般庶民だけが、膨大な国債とともに国に残されるのです。

こんな悲劇が現実にならないように、日本自体が、一日も早く、独立色の強い「道州制」に移行し、ここで、「理想に燃えた」様々な政治家に、「模擬試験」をたくさん受けてもらうようにしてはどうでしょうか? 

国の場合は、政府が間違えれば、取り返しのつかないことが起こってしまい、そこで失われた「国富」は永久に回収できませんが、州の場合なら、州知事が間違えても、庶民の悲劇は最小限に食い止めることが出来ますし、「現実に富をもたらすエコシステム」は、連邦内のどこかに留まっていて、外国に流出することはありません。

それ以前に、各州は常に他の州と比較されているわけですから、間違いを犯す余裕などはとてもなく、全てのことを必死で考え抜いてやることになるでしょう。そして、望むらくは、その中から「日本の将来を担う有能な政治家」が、彗星の如く出てくることを期待したいものです。

私は、今、たまたまインドにいますが、この国は、言葉も人種も相当に違う28州(+7直轄区)から構成されている一種の「連邦共和国」です。各州には「首相」がおり、「外交」、「防衛」、「金融」、「通信」を除いては、それぞれに強い権限を持っています。こうなると、各州の政策の優劣は、誰の目にもはっきりと分かるように現れます。現実の「発展の度合い」も、それぞれの政策如何で大きく変わってくるからです。

例えば南部のタミルナド州では、ITの将来性を見抜いた首相がインドで唯一のIT専門の大学をいち早く作って技術者を養成、これに魅力を感じた外国企業などが大挙進出してきたので、短期間のうちに、「インドのシリコンバレー」と呼ばれるに至る程の急成長を遂げました。

日本は言語も民族もほぼ単一であり、インドが抱えているような問題はありませんから、別に「連邦共和国」のような体制を取る必要は全くありませんが、それでも、「種々のやり方を並存させて競わせる(仮に一つのやり方が失敗しても、国全体は致命的な影響は受けない)」という観点から、敢えてそのように国の体制を再編成してみることは、一考に値すると思えてなりません。

日本全体が「世界の大勢からかけ離れた社会主義国」になりかねない現状に心配するあまりに見た「真冬の夜の夢」なのかもしれませんが…。

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