科学への不信感 - 岡田克敏

岡田 克敏

 「オーガニックコットン」とは農薬などを使わずに栽培された綿花のことですが、グーグルで検索するとなんと163万件もヒットします。多くは販売サイトだと思われ、それを商売にしている業者が多いことにまず驚きます。また、食べ物ならともかく、衣類にまで不安を感じている人が多いことにも驚きました。無農薬だけでなく無化学肥料をうたっているものがあるのは、化学肥料まで不安の対象になっているわけで、もうこれは合理性の及ばない信仰の領域だと思われます。


 世の中には自然のものは良く、自然でないもの・人工的なものは良くないと考える人たちが結構多くいらっしゃるようです。このような考えが生まれた背景には産業の負の側面である公害や農薬の大量使用による生態系の破壊などがあったのでしょう。

 一方、マスメディアは悪いことを好んで取り上げるという困った特性を備えています。科学技術の負の面が大きく報道されたことが一因だと思われますが、科学技術を否定的に捉える一群の人々が生まれました。(参考拙記事 科学技術は役立たず、環境を壊すという教育)

 ここにあるのは科学技術を否定的に捉え、その対立概念として自然を重視する考え方です。科学技術の負の部分を修正するのではなく、科学技術を全体として否定し、対立するものとして自然に価値を求めたわけです。二つしかないので実にわかりやすい話ですが、ここには自然と科学技術が対立概念としてはたして適切であるのかという強い疑問があります。

 例えば、毎年10人前後が食中毒で亡くなりますが、そのほとんどはキノコやフグ、ボツリヌス菌などの自然毒であり、農薬などによるものはまずありません。しかし、自然食品、無農薬〇〇、オーガニック〇〇などが大きい市場を形成するようになりました。検査システムだけでなく、科学技術に対する不信がその背景にあるためでしょう。

 かつて科学技術は素晴らしい未来を実現すると信じられた時代がありました。実際、科学技術がもたらしたものはまことに大きく、飢餓や多くの病気から解放し、物質的には豊かな時代を築きました。むろん負の面がなかったわけではありませんが、それは功績に比べると小さなものです。

 しかしメディアの世界では科学技術の負の部分に起因する事件や事故の報道がその功績の報道を圧倒していました。その結果、一部の無批判な読者は科学の負の側面ばかり印象づけられ、科学に対する無理解と不信感はかなりの広がりを持っているように考えられます。

 昨年の事業仕分けでは科学技術予算の削減が話題になりました。素人の仕分け人がばっさり切り捨てたものの、あとで専門家などから強い批判を浴び、一部が復活しました。もとより日本の政府の科学技術予算のGDP比は主要国中で低位を占めています。

 鳩山内閣は2020年までに国内の温暖化ガス排出量を1990年比25%減らす目標達成に向け、ロードマップ案を作りましたが、その中にはもっとも必要と思われる原発に関する記述がありません。社民党は原発を否定する立場ですから、これに配慮したのでしょうか。

 科学の重要性に対する適切な理解があれば、教科内容の3割を削減するという「ゆとり教育」は恐らく実現しなかったでしょう。科学への無理解と不信感がマスメディアや教育、政治の場で広がれば影響力を強めれば、国の将来に取り返しのつかない損失を招きかねないと思います。不安を食いものにする怪しげな産業だけは栄えることになりそうですが・・・。

コメント

  1. onyasu0222 より:

    根源は情報を扱う者の無知だと思います。
    不安心理を煽るマスコミ、無知なコメンテーター、それを鵜呑みにする国民。考える力が不足してます。

  2. ingolstadt0320 より:

    オーガニックコットンなどがはやっているのは、主要因としては無農薬野菜などの業者が長年マーケティングしてきたから。無論そのマーケティングの背景には指摘されている水俣病など公害に関するネガティブイメージは活用された。科学の不信というより科学の無知・無理解の隙を突いてきた。
    メディアの影響は無農薬野菜マーケティングに関する積極的な影響はあっても科学に関する不信は副次的な影響しかないと思います。なぜなら一般の方は農薬のリスクと食品に含まれる成分のリスクとの比較などほとんどの人が関心もない。科学に対する一般的な関心がないから科学不信も持ちようがない。むしろ過度のリスク回避の傾向が”科学不信”に見えるだけだと思います。過度のリスク回避傾向は貯蓄の投資先が銀行に偏っているなど、科学分野に限らず他の分野でも顕著です。

  3. isseishimiz より:

    科学技術に不信感があるというよりも、単にわからないので(理解できないので)、不信感を持ちやすいということだと思います。みんな、理解できないものには、我慢ができないのではないでしょうか。

    テレビなどを見ていても、科学的な(単なる意匠かもしれませんが)説明をしているものは、けっこうあると思います。健康や美容の分野に限られてしまいますが。

    記事の内容とズレますが、たとえば、岡田さんのキライな宗教でも、科学的な意匠は採用されているように思います。
    オウム“真理”教とか、幸福の“科学”とか、創価“学会”などです。(教義の内容まではよく知りません)

    >かつて科学技術は素晴らしい未来を実現すると信じられた時代がありました。

    かつては「科学少年」という言い方があったようですが、そのうち「SF少年」になり、いまなら「オタク」だ、という感じですね。

  4. dounikanarublog より:

    よくご存知ないようですが、この分野は「持続可能な農業の追求」という合理的で科学的なものですよ。そしてその一つの回答として、無農薬無化学肥料という方法がある。

    また、オーガニックコットンは、発展途上国の枯れ葉剤問題から出てきた話です。どこぞのエコビジネスと違って、現実に起こっている問題に取り組んでるわけですから、マーケットの拡大に私は賛成です。

    しかし、不安を煽るビジネスの部分だけを見て「合理性の及ばない信仰の領域」とはちと乱暴過ぎではありませんか?この手のビジネスはどの業界にもあるわけですし。

  5. jij999 より:

    農薬による死亡はありませんけど、皮膚障害は20人に1人以上あります。経済は短期も長期も重視するのですが、現代医学や農学も長期的視野にたって研究がすすめられています。

    科学教育の地盤沈下は親と政治家と教師がバカだからでしょう。

  6. courante1 より:

    ご意見ありがとうございます。
    この問題はonyasu0222さんの「根源は情報を扱う者の無知」ということになると思いますが、放置してはよくないと思うわけです。
    jij999さんの「科学教育の地盤沈下は親と政治家と教師がバカだからでしょう」、ingolstadt0320さんの業者が「科学の無知・無理解の隙を突いてきた」、ということもその通りですが、その背景を考えることも必要かと思います。
    isseishimizさんの「宗教にも科学的な説明がつけられる」のは科学的な無知につけこみやすいことを示し、エセ科学の流行も同様でしょう。
    dounikanarublog さんのご指摘の通り、私はコットンの生産側のことはよく知りません。ただ業者と消費者については合理性がないといってもよいと思います。
    科学を軽視する風潮は理系の進学希望者の激減の理由にもなり、見過ごせない問題だと思います。
    その風潮に大きい影響を与えたものはマスコミと教育であると考えています。
    水にありがとうを言う、といった怪しげなものをテレビが取り上げ、教師が学校で教える、なんてことが
    ないようになって欲しいと思います。
    岡田克敏

  7. jij999 より:

    岡田さんのご意見は全く正しいと思います。

    一方、別の見方をすると、一般大衆には「科学性悪説」のようなものが染み込んでいると思うのです。

    技術論から抜け出せなくなった法学、倫理的に逆らう経済学、小難しい科学哲学、病気を治せない薬学・・・・・その隙をついてナンセンスな情報を撒き散らしているのが、現在のマスメディアや政治家や疑似科学的宗教です。

    http://www.yasudasetsuko.com/gmo/column/060304.htm
    遺伝子組み換え作物の危険性は微生物学的にかなり怪しい。「科学性悪説」はある意味でまちがっていないのかもしれません。

    鳩山総理や大塚副大臣の「考える」公益資本主義はナンセンスですが、「思う」ことは大切だと思います。

  8. okubyou_na_hito より:

    日本とアメリカのテレビ番組を比較した場合、アメリカは各チャンネルがそれぞれ専門のトピックに特化しているので、番組制作スタッフがはるかに専門知識を有しているということがあります。「マスメディアは悪いことを好んで取り上げる」というのもありますが、どちらかというと簡単なことだけ取り上げているのではないかと思います。例えばH2ロケットを作るのがいかに難しいかという話より「最先端のH2ロケットでも最後の仕上げは職人による手作業で行われています」という話の方が簡単です。こんな説明の仕方だとあたかも職人による手作業が重要でロケットの設計なんか二の次のような印象を与えてしまいます。

    良質な科学番組の絶対的な数も不足しています。ディスカバリーチャネルなど、良質な番組を連続して大量に供給していますが、日本にはそういったものが欠けています。今のままだと有料放送を見られる層と見られない層で情報格差が起こってしまいます。マスメディアに問題があるのは確かです。夕方の6時になると一斉にニュースが始まるというのはどう考えてもおかしいです。

  9. bobbob1978 より:

    「dounikanarublog さんのご指摘の通り、私はコットンの生産側のことはよく知りません。ただ業者と消費者については合理性がないといってもよいと思います。」

    確かに生産者側の理屈は「持続可能な農業の追求」なのだと思います。しかし、業者が消費者に売るとき、またマスメディアが宣伝するときその点をアピールしているとは思えません。その点をアピールせずに、ただ「オーガニック」という冠を付けて売るのは「健康にいい無農薬」志向に便乗している商売なのではと感ぜざるを得ません。まぁ、イメージ戦略はマーケティングの基本なのかも知れませんが・・・。

  10. courante1 より:

    jij999さん
    GM作物を食べても心配ないと私は思っていますが、おっしゃる通り、実験などで想定外のモンスターができるリスクはあると思います。厳しいリスク管理をすべきですね。
    「小難しい科学哲学」、同感です。こんなものほとんどの人にとって何の役にも立たず、知らなくてもよいものだと思います。
    まあ科学という手段を価値観を含むひとつの概念でくくることに問題があると言えるでしょう。
    岡田克敏

  11. courante1 より:

    okubyou_na_hitoさんの米国テレビ事情、興味深い話ですね。H2ロケットの例のように、日本の番組は情緒に訴えるものが多いと感じます。科学少年を魅了するような内容のものは乏しいと思います。商業放送の米国で専門チャンネルが成り立つ理由が知りたいです。
    ドーキンスの「神は妄想である」という分厚い本がアメリカでベストセラーになり、アメリカの読者層の厚みを感じましたが、そのことを思い出しました。関係が薄いかもしれませんが。

    bobbob1978さん
    業者の商法としてはたしかに当然のものでしょうね。私も商売するならそうします。でも彼らにつけ込まれる素地を作ったのはメディアや教育でしょう。
    岡田克敏

  12. poppo2007 より:

    オーガニックコットンが良いものかどうかは私には判断が付きません。

    ただ、アトピー性皮膚炎の子供の下着とパジャマにオーガニックコットンを購入したところ、明らかに夜中の掻き毟りが減りました。
    それまでも綿100%を使用していたのに、です。
    だから、子供のために購入しています。
    体は正直です。

    今まで見なかったほどの割合で子供たちにアレルギーやアトピー性皮膚炎が増えてきているのをご存知ですか?

    合成繊維、食品添加物、個々に分析して高い毒性を示すものではないとしてもそれらを複合的に使用することの恐ろしさを消費者は肌で感じて知っています。

    自分たちが気持ちよく過ごせる社会とはどんなものか?
    その部分をまじめに見直す人たちが増えたことがオーガニックコットンの市場を拡大させたと思っています。

    科学離れ、科学技術の重要性に無理解な一部の方々がいることは確かに残念に思っています。

    しかしオーガニックをはじめとする自然回帰を科学への不審ととらえること自体に疑問を感じます。

  13. dounikanarublog より:

    poppo2007さんのコメントが放置されていて忍びないです。こういった現実の話もまた、メディアに毒された誤った考え方と切り捨てられているのでしょうか。

    科学を道具の域を超えて崇拝の対象とする人たちが、卓上の理論だけで社会を動かしていく現実に恐ろしい物を感じてしまいます。例えば、原発が安全でエコロジーであるなど、理屈ではそうであっても現実は違う訳です。(CO2と放射能、どちらが危険だと思いますか?鳩山さん)

    「むろん負の面がなかったわけではありませんが、それは功績に比べると小さなものです」

    こういう事が平気で言える人に対して、大きな不信感を感じずにはいられません。

  14. courante1 より:

    poppo2007さん、失礼しました。遅蒔きながら私見を述べます。
    子供のアレルギーが増えていることは気になっています。東京都では食物アレルギーが10年で2倍担っているそうです。ただ合繊や食品添加物はもっと以前から使われているものなので時期は一致しないようにも思いますが、むろん本当のところはわかりません。

    poppo2007さんのお子さんの件は一例としては理解できるのですが、オーガニックコットンがアトピーに効果があると一般化するためには十分なサンプル数による二重盲検法のような厳密な試験が必要です。

    自然回帰が全て科学不信に由来するとは言いませんが、重なる部分があると思います。私は科学不信を利用した商業主義が気に入らないのです(むろんすべてではないでしょうが)

  15. courante1 より:

    dounikanarublogさん、ご指摘、ありがとうございました。
    科学は崇拝や嫌悪の対象とするようなものではないと思います。その有効性と限界をちゃんと理解すればいいだけのことです。
    「CO2と放射能がどちらが危険ですか」という問いにも問題があります。それぞれの量、放射性物質の漏洩確率なしには答えは求められないのではないでしょうか。科学を過大評価することも過小評価することもよくありません。
               岡田克敏

  16. 石油から作った化学製品を毛嫌いする人がいますが,石油というのは古代の植物であり,その意味で「自然」なわけです。自然界においては人間という新参者より古株の存在です。また,放射能というのは,宇宙が始まる何十億という昔から存在し,今後も宇宙が終わる何十億という未来まで存在する「自然」です。人類は今後せいぜい数億年の存在だと思いますが,その数億年の未来において放射能をタブー視し続けるのが正解か放射能をコントロールして共存するのが正解か。全人類が滅亡するまでの数億年間,放射能を無視し続けられるか。おそらく近未来では人類の一部は放射能をコントロールしていると考える方が「自然」でしょう。

  17. bakaweb より:

    poppo2007さんのような化学技術の裏付けがない話しが、より一層科学技術への不信感へと繋がるのだと思います。
    オーガニックコットンといっても、私も私の息子もアレルギーですが効きません。(元から効くとは思ってもないですがね)
    「体は正直」というのは、「(私の子供の)体は正直」と、括弧内が含まれているはずですが、知らない人は誰もが効くと思ってしまうでしょう。
    アレルギーやアトピー性皮膚炎が増えてきているといっても、では昔と今でアレルギーと判断される基準が異なっています。また検査をする人も増え、本当に増えたのかを判断するには、かなりの研究が必要です。しかし、そのような研究結果も裏付けもないのに、増えていると断言する。
    結果、これらの断言によって「オーガニックコットンはアレルギーに良い」という裏付けのない話しだけが広まり、結果効かなかった人には科学への不信感が残る。
    >合成繊維、食品添加物、個々に分析して高い毒性を示すものではないとしてもそれらを複合的に使用することの恐ろしさ
    どんな恐ろしさなのか?裏付けは?実証データは? すべて空想の話であって、勝手な思い込みで人を扇動し、科学への不信のみを煽る。これが科学に詳しくない人にはよく効くわけで、広告になると。