トヨタ問題に学ぶ企業体質とトップの責任 - 北村隆司

2010年02月18日 10:00

品質の高さの代名詞であったトヨタの品質を巡る日本国内の論争は、事実の有無を中心に論議がされましたが、今後予想される米国議会での聴聞会では、トヨタの隠蔽体質とトップの責任が厳しく問われる形勢です。

問題の本質は「ユーザー個々人の感覚に依存するものは自動車の安全基準にふれる法的なリコールには馴染まない」と言う日本の専門家の見解よりも「会社の説明では大きな問題ではないというが、それは使う側が決める話だ。トヨタの対応は顧客の視点が欠如している」と言う前原国交相の発言の方がトヨタが抱える問題の核心を突いています。


世界のトップ企業であるトヨタですが、今回の危機管理はお粗末そのものといわれても仕方ありません。何故、危機管理の傑作と言われたジョンソン&ジョンソン社の実例から学ばなかったのでしょうか?

1982年の秋にシカゴで起こったこの事件は、ジョンソン&ジョンソン社の ベストセラー商品であった「タイラノール薬」に青酸カリが混入し、それを服用した人から7人もの犠牲者を出した大事件でした。

この事件で全米に広がった「タイラノール恐怖症」に直面して同社が打った危機管理策は、電光石火の見事なものでした。

その一つは内外の専門家を動員した真相究明であり、もう一つは、経営トップが前面に出て「当社は利益より顧客の安全を優先する」と宣言し「タイラノールの購買を控え、手持ちの物は返品して欲しい」と訴えた全米規模の大広報キャンペーンでした。こうして回収されたタイラノールは3千万箱を超え、タイラノールはたちまち店頭から姿を消しました。

内外の専門家と捜査当局の手による真相究明の結果、製造や流通工程で毒物が混入する可能性がないことが科学的に証明されると、国民は、真実の究明を待たず「会社の利益より顧客の安全を優先」した危機管理を行った経営陣の英断を称え、その後の同社の信用を不動のものとしました。
後日「この決断をするには色々苦悩があっただろう」と言う記者団の質問に、当時の社長が「“我が社は顧客の健康を守る事を使命とする”と言う社訓に従ったに過ぎない」と答えた逸話は「クレド(社訓)経営」として日本で一時もてはやされたものです。

にも拘らず、1990年に米国のノースカロライナ州のミネラルウォーター定期検査でベンゼンの混入が発見されたフランスのペリエ社の危機管理はお粗末そのものでした。当時、ミネラルウォーターの世界的覇者であったぺリエ社は、言を左右にして質問をはぐらかし挙句の果て工場の労働者がフィルターの調整を誤って起した一過性のものでぺリエ水の源泉には問題なかったと結論つけました。

処が、その後世界各地でベンゼンの混入が発見され、1億6千万本以上のボトルを回収して対処しましたが,時既に遅く信用が回復する事はありませんでした。その後同社はスイスのネッスル社に買収される運命を辿ります。遅れた企業体質が、数百年の伝統企業を潰した典型的な例です。

米国の一部の政治家に見られる感情論と異なり、私の購読する英米の新聞には「品質管理の神様と崇められたトヨタ栄光」に対する尊敬の念をこめた論調も多く、購買出身者がエリートと見られる最近のトヨタの企業体質に危惧を覚えるトヨタファンの私には、ちょっとした救いです。

トヨタの企業体質の劣化は、新型プリウスを巡る世界規模でのリコール問題が拡大する最中に社長がダボス会議への出席を優先し、肝心の問題は「専門家による真相究明」に委ねるなど、顧客への責任意識の希薄さにも表れています。今回の問題の根っこは「製品の品質」ではなく「経営者の質と企業体質の問題」だとする指摘に、私も賛成せざるを得ません。

此処で気になるのが、社長の上に名誉会長、相談役、会長、副会長などお目付け役がやたらと多いトヨタの経営幹部の構成です。結果論ですが、豊田章一郎名誉会長に引き立てられてトヨタのトップに上り詰めた奥田相談役が、章一郎氏の子息に何とか大政奉還をしたいと思ったのは、情としては理解できても、世界的大企業で正当化できる人事であったのか? 今回の豊田社長の危機管理を見る限り大政奉還は失敗であった事は明らかです。

かつて、日本経済全盛時代に「米国の労働者と日本の経営者」の組み合わせが最低で「日本の労働者と米国の経営者」のコンビが最強だと言う冗談がはやった程、日本の生産現場の強さと経営陣の弱さは突出していました。

「もの作り国家」としての日本の体質も急激に劣化しています。日本が機体の部品の30%近くを担うボーイング社のドリームライナーの大幅な納期遅延の原因の一つが、日本製部品の質と納期問題にあったと言う説はこれを裏つけています。

世界の統計に表れる日本の姿は、秋の日のように毎年つるべ落としの状況です。又、日本の若者が規律を嫌う世相が続けば、最強を誇った生産現場を支える労働者が、精密で高品質な物作りを担う事は不可能になるでしょう。
もの作り体質の劣化に加え、格差是正の名の下に続けられる規制の強化は、80年代から90年代に米国の製造業が選択した工場の海外逃避を日本企業も加速する事は避けられません。日本にも中抜き社会が忍び寄っています。
日本は今後も「もの作り国家」としてやっていけるのか?トヨタ問題を目の当たりにした私には、甚だ疑問に思えてなりません。

             ニューヨークにて   北村隆司

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