PTEで国際競争を生き残れ ―中川信博

中川 信博

PTE(Power To The Edge)とは権限を末端に委譲する指揮統制(Command-Contror)のことで、工業化時代の中央集権的な指揮統制を180度転換した指揮統制のことである。特に第一次湾岸戦争での成功体験から米軍で研究採用され、イラク戦争で大きな成果を挙げた。現在のアフガン戦争でも米軍およびNATO軍は大なり小なりこの指揮統制下戦いを遂行している。


近代的中央集権的指揮統制を完成させたのはナポレオンのフランス軍であろうが、それ以前でも天才的指揮官に率いられた中央集権的軍隊が勝利していた。アレクサンダー、ハンニバル、シーザー、フレデリック、マールバラなど。ではなぜ天才的指揮官は戦いに勝てたのだろうか。それは「敵を知り己を知れば百戦危うからず」である。情報を握っていたことと、それでもわからない戦場の闇でも相手の戦略戦術を予測できたからであろう。地理や天候のメッセージや敵指揮官の行動を「天才的」に把握できたからである。

工業化時代の通信技術はその天才的指揮官の目や感覚を末端に迅速に伝達できるようにした。情報技術の発達は天才的指揮官の感覚を事実として把握できるようにした。工業化時代の指揮統制は中央集権司令部に通信と情報を集め、優秀なスタッフがそれを分析し、そして作戦を計画立案して前線へ指令する組織の方が効率的であった。前線は与えられた指令の範囲で工夫して指令目的を達成した。あくまでも指令の範囲内である。

しかし冷戦のように相手が明確で、その戦略もある程度理論化されていた時代は機能していた中央集権的な指揮統制も今日のテロとの戦いのように、敵が見えず相手が組織的でなく流動化して機能しなくなってしまった。それと同時に情報技術革新(通信技術と情報技術)であらゆる情報の精度が向上し(GPSなど)その伝達方法が大容量で簡便化されてたことにより、中央がいちいちその情報を管理加工して指揮指令を前線に発動していたのでは、目的を達成できなくなってきたのである。そこで考えられたのがPTEである。

日本は戦後の工業化時代、国も民間企業も中央集権的組織で国際競争を圧倒して第二位の経済大国になった。これは先に指摘した通り工業化時代の中央集権的指揮統制にうまく対応した成果である。通産省を司令部、町工場を最前線とする日本経済軍は、情報が集中する司令部が作戦を計画立案し、指揮統制して下部組織に伝達する。大企業、中企業、小企業、零細企業、最前線は町工場だ。町工場は指令の範囲内で工夫して作戦目的を達成する。我が軍は圧倒的強さで経済戦争に勝利したのである。―アメリカはこの戦争を勝つために圧力をかけてきた。司令部の破壊と犠牲的精神の破壊だ。戦後の神道指令がアメリカ人が恐怖した犠牲的愛国心の破壊であったように「年功序列と終身雇用」にそれを見出したアメリカはその制度を破壊させた。同時に日本経済軍の司令部、「通産省」は解体された―

我々は一時期確かに勝利したが、その工業化時代は情報化時代になり、中央集権的計画立案も終身雇用と年功序列も工業化時代の末期一時的に機能したに過ぎない。その栄光に酔いしれていては、日本も日本企業も生き残ることはできない。行動的で頭も柔軟な20代をほとんどの社会人が無駄に過ごしている。なんの権限もなく言われた仕事をこなし、従来の仕事を踏襲するスキルの取得に時間を費やす。何かを成した事より何も成さなかった方が評価される。

私の経験でもほとんどの企業は会議と称する結論のでない情報共有をするための話し合いを延々としている。なにかを決めるためは何人もの関係者のスケジュールを調整する。それだけでも一週間はかかり、なにか書類に不備、もしくは緊急事態が発生すればまた一週間と先送りされる。国内競争であればかまわないが国際競争であればすでに敗戦は目に見えている。末端の企業戦士はなんの権限もなく数字の義務だけを押し付けられて疲弊していく。PTEというのはその末端の戦士に―通信技術によって―リアルタイムな、―情報技術によって得られる今の―情報を提供して、判断する権限を委譲することだ。これはこの流動性の高い時代、事前に物事を計画することが困難だという前提に基づいている。―次年度の計画を前年度に計画するようなことは無意味になった。今回の金融危機も事態の予測はあったが時期の予測はなかった―

企業経営でも同様だ。情報化時代では中央集権的組織も指揮官も必要ないのである。天才的指揮官(経営者)が持っているスキルを通信と情報で提供することにより、それらの機能を末端でもできるのである。企業もこれからの組織をNC(Network Centric)にする必要がある。巨大な箱に定時に勤務させる必要もない。セキュリティーを考慮したうえで、自宅勤務でも充分であろう。情報共有がすすめば会議の8割は必要ないであろう。時間は相手の予定しだいでコントロールすることになる。重要なことは予想して計画するのではなく、事実を瞬時に伝え判断することである。