情報ナビゲータのインセンティブ--池尾和人

2010年02月19日 11:59

先週の磯崎哲也さんの記事でもふれられていたように、本年は「電子出版元年」といわれている。電子出版の場合、紙の出版のときのように印刷とか製本の手間がいらなくなるから、情報発信コストは大きく低下することになる。

日本語での情報発信を考えた場合には、1980年代初頭から日本語ワープロが利用可能になったことで、劇的な発信コストの低下が起こったといえる。それ以前は、(現在の40歳以下の世代には実感され難いかもしれないが)日本語の文章は手書きするしかなかった。日本語タイプライターというのもあるにはあったが、簡易印刷機というべきもので、個人が文章を書く道具として使えるものではなかった。それが、日本語も打鍵によって書くことができるようになったわけである。


これは画期的な変化であり、それ以降、一人で書ける文章の量は飛躍的に増大した。その後もITの発展・インターネットの登場等を経て、情報発信コストは低下傾向にあり、その傾向が、電子出版化という動きの中で加速されようとしている。

それでは、情報発信コストが下がるとどのような事態が起こると考えられるのであろうか。その答えを一言でいうと、「情報洪水」の発生である。簡単に「情報の価値>=発信コスト」が実際に情報が発信される条件だとみなすことにすると、情報発信コストが下がると、価値の低い情報も発信されるようになる。もちろん価値の高い情報も発信され続けるであろうが、増加率は前者が後者を上回ると考えられる。[ここでは情報の価値という言葉を、無定義で、あえて曖昧なまま使う。]

要するに、玉(ぎょく)も増えるとしても、石の増える量の方が勝ると見込まれる。このように玉石混淆の度合いが悪化すると、自分で玉を見つけようとすると禁止的なコストがかかりかねなくなる。すると、玉を見出すコストを低下させることに寄与する情報ナビゲータ的な存在が不可欠になってくる。例えば、現状のように出版点数が増加してくると、読むに値する本を選択する際に、新聞・雑誌(あるいは、ウェブ)の書評で取り上げられたかどうかが強い影響力を発揮することになる。この場合には、書評者が情報ナビゲータとしての役割を演じていることになる。

情報洪水の中で溺れてしまわないためには、情報ナビゲータに頼ることは合理的であるので、情報ナビゲータ的な役割のビジネス・チャンスは大きいと考えられる。しかし、情報発信コストの低下に伴う情報洪水の問題が情報ナビゲータの出現で解決されると単純に期待するのは、ナイーブに過ぎる。というのは、情報ナビゲータが常に正しい評価を表明するという保証は必ずしも存在しないからである。

例えば、書評者が、出版社から便宜の提供を受けて、その出版社の刊行物に実際よりも高い評価を与えるといった可能性は十分に存在する。こうした問題は、経済学の世界では「Who monitors the monitor?」という言い回しで知られており、社債や証券化商品の格付けを行う格付け会社の問題と共通したものである。

近年、投資家は、自ら信用評価を行うことに伴う費用を節約するために、格付け会社の判断に依存する傾向か強まっていた。そうした中で、サブプライム・ローン問題を通じて、格付け会社は発行体の意向を受けて証券化商品に意図的に甘めの格付けを付けてきたのではないかと疑われている。そして、格付けに対する投資家の信頼がいったん失われると、大変な混乱がもたらされることになった。

そうした混乱を引き起こさないためには、情報ナビゲータのインセンティブ(誘因)構造を分析し、正しい評価が表明されることを確保するような制度設計を行う必要性がある。この種の分析と制度設計の必要性は、情報発信コストの低下とともに、格付け会社の問題に止まらず、広く社会の様々な領域で決定的なものとなっていくであろう。

そうであれば、メカニズム・デザインの基礎理論としての経済学の有用性も高まっていくはずである。高名なミクロ経済学者であるヴァリアンがグーグルの主任エコノミストに就任しているという事実は、このことを(先取り的に)象徴しているといえよう(まあ、日本の社会の大方は、専門知を軽視して、経験主義的に対応しようとするのだろうけれども...)。

参考文献
池尾和人「情報化と金融仲介」、in: 奥野正寛・池田信夫[編著]『情報化と経済システムの転換』東洋経済新報社、2001年。

[補論]
情報の価値が一義的で客観的に測定できるようなものである場合には、情報ナビゲータが不正確な評価を行ったとしても、それは事後的にすぐに判明することになる。こうした場合には、情報ナビゲータはビジネスを続けていくために自らの評判(reputation)を守る必要があるという事情が、常に正しい評価を表明することが情報ナビゲータ自身にとっても望ましい行動になること(誘因両立性)を保証してくれると考えられる。

しかし、情報の価値がいささか主観的なものである(例えば、ある推理小説が面白いかどうかのような)場合には、情報ナビゲータが不正確な評価を行っても、そのことが事後的に認識されるとしても、かなりの時間を要することになる。こうした場合には、評判への配慮というメカニズムだけでは、情報ナビゲータが常に正しい評価を表明することは保証されない。

Rochetの格付け会社に関する分析を参考にすると、後者の場合には、(1)十分な評判が確立されるまでは、情報ナビゲータはできるだけ正確な評価を提供しようとする、しかし(2)十分な評判が形成されると、評判を自分の利益のために利用しようとする(cashing on reputation)、そうしたことが続くと、ついに(3)情報ナビゲータの不正が認識されるに至り、評判の危機が訪れる、というサイクルが生じる可能性がある。

蛇足だが、このサイクルは、トヨタの高品質という評判にも関連するところがあるかもしれない。

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