グローバルな交易条件の悪化のもとでは、まずはデフレは止められない。

藤井 まり子

藤井 まり子

日本経済がなぜ失われた15年を経験してしまったのか?
なぜデフレが止められないのか?

経済論壇では様々な「犯人探し」(不良債権処理の遅れ、日銀による金融政策の失敗、規制緩和をはじめとする全要素生産性論議などなど)に余念がないですが、2月10日に、私が主催して企画した「水野和夫セミナー~21世紀は陸と海のたたかい~」では、これらとは全く違った視点から、日本が失われた15年を経験してしまった理由が提示されていました。

その視点とは、もっと「ダイナミックかつ明快な視点」です。

以下、その「ダイナミックかつ明快な視点」について、ご紹介します。


■1995年以来、悪化の一途をたどる「グローバルな交易条件」

日本の製造業では、1995年を境に、明らかに「グローバルな交易条件」が急速に悪化してしまっている。

たとえば、原油価格だけを見ても、1995年の1バーレル18.4ドル時代をそこに、それ以後、世界の原油価格が上昇の一途をたどってしまっている。

1995年の日本の製造業の交易条件と、2008年の日本の製造業の交易条件とを、代表的な原油価格WTIだけで比較しても、1995年は1バーレル18.4ドルだったものが、2008年には1バーレル97ドルにまで、急騰している。
なんと、原油価格だけ見ると、この13年間で4倍以上の急騰である!

日本経済全体でみると、この13年間で、日本は原油輸入だけでもおよそ83兆円の持ち出し(資源国への所得移転)をしていたのである!!!

かように、日本国内の製造業をめぐるグローバルな交易条件は、1995年から、急激な悪化に見舞われていたのである。

日本の製造部門の大企業だけでも、全体で、1995年から2008年にかけて、なんとか売り上げも43兆円も増やしているが、その一方で、原油価格などの変動費の負担が、50兆円も増えてしまっている。

もちろん、日本国内の大手製造業も、省エネルギーには最大限の努力を惜しまなかった。
けれども、上述したような「急激なグローバルな交易条件の悪化」によって、原油をはじめとする「変動費負担の急激な増大」に遭遇してしまったのである。

売り上げが増えても、変動費がそれ以上に増えてしまっていたのである。

その結果、日本の製造業は、大企業といえども、赤字にならないためには、人件費や広告費を思いっきり抑制せえざるを得なかった。
日本国内の大手製造業は、1995年から2008年まで、人件費を29.6兆円も削減している。およそ30兆円の削減である。
さらに、広告費も3.5兆円も削減している。

1995年から2008年までの間、日本国内の大手製造業でさえも、30兆円もの人件費を削減せざるを得なかったのだ。
(年平均にして、およそ3兆円ずつの人件費削減である!)

すると何が起きるのか?

デフレの定着傾向である。

この15年間、勤労世帯の所得が増えるどころか、減って来たのである。
たとえ好景気が起きても、平均的な勤労世帯の所得は、横ばい程度を維持できるかいかなであった。
不況になれば、勤労世帯の賃金は即座にカットされてしまった。
「勤労世帯のたそがれブルース」「勤労者:冬の時代」の始まりである。

「陸の資源国」の資源ナショナリズムの台頭の結果、グローバルな交易条件が悪化してしまった21世紀の日本経済では、「日本国内の企業の限界利益の伸び」≒「勤労者世帯の一人当たりの賃金の伸び」となってしまっているのである。

さらに、グローバルな交易条件の悪化はアメリカやイギリスでも同じだから、この日本経済の後を追うようにして、アメリカやイギリスの経済は、遅かれ早かれデフレへと突入してゆく。

■21世紀の日本および先進国では、もうデフレは止められない。

2009年は名目GDPは474兆円と、名目では、対前年比を下回った。勤労世帯の所得は2009年の1年間だけでも、かなり削減されている。

日本国内で物価が下がるのは、賃金が下がるからで、日本国内の賃金が下がるのは、日本国内の企業の限界利益が低下しているからである。
日本国内の企業の限界利益が低下するのは、グローバル規模で原油をはじめとする資源コモディティー価格が値上がりしているからである。
グローバルな交易条件が、「400年ぶりの歴史的大転換」のもとで、悪化しているのだから、日本経済のデフレは止められないのである。

この日本経済に、今のアメリカ経済が後を追いかけている。
アメリカ経済も遅かれ早かれ、本格的なデフレ経済へと陥るだろう。

今現在の日本経済全体の実質GDPの潜在成長率は、0.5%~1.0%の間である。

将来、日本が潜在成長率満開の1.0%を実現できるような世界的な好景気が万が一訪れたとしても、再びグローバル規模での交易条件が急速に悪化(原油価格をはじめとする資源コモディティー価格の上昇)してしまうので、日本国内の勤労者の所得は下がることはあっても上がらない。

21世紀の日本経済では、歴史的大転換のもとでは、かように、「まずはデフレは止められない」のだ。

さらに、先進国経済を眺めると、いずれの国においても、消費の飽和状態が起きている。
それを「一人当たりの鉄の消費量」で見ると、いかなる先進国においても「一人当たり0.9トンの鉄の消費量」で、頭打ちになる傾向がはっきりと見て取れる。

かたや、新興国の国々の「一人当たりの鉄の消費量」は、「およそ0.3トン」。
今後は、新興国57億人の経済成長によって、世界経済の成長はけん引されると見たほうがよい。

21世紀では、たとえいかなる円安が起きても、たとえ日銀が金融緩和をしたとしても、今の日本経済のデフレは決して止められない。

日銀もこのことは十分承知しているので、政府が昨年秋に「デフレ宣言」をして、日銀へ「量的金融緩和へのプレッシャー」をかけても、およそ10兆円くらいの量的金融緩和を12月に実施する程度で、今の日銀は、「のらりくらり」とごまかしている。
しかも、この日銀の10兆円の量的金融緩和の中身をみると、日銀は「極力有効でない手法」を使っている。
今の日銀は大変聡明で、経済音痴の現政府に対して、政府からの「量的金融緩和への圧力」を、「量的金融緩和をしているようなフリ」だけして、のらりくらりと、かわしているのである。

今の日本経済では、デフレは止めようがないので、今後は円安よりも、ちょっとずつ円高にしていったほうが、企業の限界利益の低下も、勤労者一人当たりの所得の下落も、多少は止められる可能性のほうが高いくらいだ。

「資源コモディティー高というグローバルな交易条件の悪化」「400年ぶりの歴史的大転換」の時代を迎えてしまった21世紀では、すべての先進国では「成長がすべてを解決する時代も終わった」ように、先進国では「通貨安がすべての傷をいやす時代も既にに終わっている」のである。(続く・・・)

コメント

  1. bakaweb より:

    前記事から、思想的な大きな事をおっしゃっておりましたが、締めが中身のない日銀批判ですか、、

    ぜひお伺いしたいのですが、GDP比で約1.6倍も政府債務があるのに、長期金利が1.3%ほどと低い。他の国を見ても、3%~5%なので、日本は『異常』に低い状態。そして、過去に量的金融緩和を行なっても物価押し上げの効果は非常に限定的だったという状態で、日銀がこれから10兆円以上の量的金融緩和をしたら、「ちょっとづづ」円高になる理由を、ぜひ教えていただけませんか?
    「日銀の気合いがないから」とか「日銀総裁が「円高にしたい」と言えば」とかは、リフレ派の説明で聞き飽きておりますので、ぜひ論理的にお願いいたします。

    ちなみに私は、過去の状態を見ても「不可能」だと思います。解決策といしては、規制緩和を行い、痛みを伴うが
    ・民間でイノベーションが起こる事を期待する
    ・労働力を工場等からサービス業へと転換を促進する
    といった方法が、長期的に見てリスクが小さいのではないかと思います。
    痛みは伴いますので、自分の力で前へ進む気がない既得権者や一部共産寄りの方々にはあきらめていただくほかありませんが。

  2. kimitachib より:

    「ダイナミックかつ明快」などという表現がすでに情緒的なものだと思いますが・・・

    >このまま日本政府および日銀が円高を放置してゆけば、日本国内の製造業が下請けも含めて壊滅的打撃を受けて、二度と立ち直れないような状態に落ちてゆくのではないかと、とてもとても危惧されます。

    >今の日本経済では、デフレは止めようがないので、今後は円安よりも、ちょっとずつ円高にしていったほうが、企業の限界利益の低下も、勤労者一人当たりの所得の下落も、多少は止められる可能性のほうが高いくらいだ。

    上記が同じ方の主張とは思えません。せめて一貫性を持たせていただけないでしょうか。
    余り言いたくは有りませんが、時間を無駄にした気になりました。

  3. Yute the Beaute より:

    前回の、あまりに「鶏を割くに牛刀を用いる」式の世界史解説に、思わず否定的なコメントをしてしまいましたが、今回のエントリーで本題突入ということで、かなり腑に落ちました。失礼の儀、ご寛恕下されば幸甚です。あえて苦情を述べさせていただければ、前回のは飛ばして、今回からの分で「前・後編二回連載」、で良かったのではないでしょうか。

    今回主張されていることの大筋に関しては、私は専門外でもありますので、大変参考になりますが、いまだに繰り返されておられる「400年ぶりの歴史的大転換」はどうもいただけません。「資源」と「生産」(「加工」といいかえてもいいかもしれません)が分化されたのは、産業革命以降のことですよ。ここ200年間ぐらいの歴史の流れの上での話です。それ以前は資源のあるところで生産されたモノを交易していたのです。景徳鎮がセトモノでヨーロッパまで有名になったのは、そこがカオリン粘土の産地だったからですよ。

    次回、期待しています。

    矢澤豊

  4. 貞子 より:

    矢澤豊 さんへ

    次回、利子率革命について、説明いたします。
    世界の金利史では、400年ぶりに利子率革命が起きているのです。
    取り急ぎ。
    シーリーズものなので、まだまだ「腑に落ちない」ところが多いと思います。こちらこそお許しください。
    次回をお待ちください。

  5. minourat より:

    輸入資源価格の上昇分を製品価格に転嫁することによるインフレが引き起こされれば、 名目賃金のカット等はさけることができます。 第一次のオイルショックの際には、こうして高率のインフレが引き起こされました。 この場合も、 インフレによって実質賃金はさがります。 また、 インフレ率に対応した分だけの為替相場の変動が必要です。

    これがどうしてできないかと、 あれこれ考えています。 製品価格をあげるということは、 独占・寡占企業でないとむつかしいのかもしれません。