敬宮愛子内親王殿下の不登校報道で再びご皇室への注目が集まっている。そんな中一旦、悠仁親王殿下ご誕生の慶事で収束したかに見えた皇位継承問題が一部で再燃している。あまりこのような問題を議論することは好ましくないと考えるが、皇室典範が憲法第2条の規定、
皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。と国民議会の議決による以上、有権者も問題をしっかり認識する必要があると感じる。アゴラ読者にはなじみのない話題かもしれないが議論したいと思う。
現在皇位継承についての議論で立場は5つあると考えられる。
1.男系絶対派
2.男系優先女系容認派
3.直系派
4.女系優先派
5.女系絶対派
4と5は極めて少数派と考えられるので除外して、今おこなわれている議論は、1と2、3の女系継承を認めるか否かにある。1にも微妙だが3つの議論があり、その一つ目は伝統はまったく変更ができないという議論である。たとえ国王(今上陛下)であってもコモンロー(皇位継承という伝統)は変更できないという英国保守主義的議論である。二つ目は今上陛下といえども伝統は変更できないが、しかし神託(皇祖神皇祖皇宗のご意思)など、伝統が変更を裁可するなら変更できるとする議論であり、三つ目は男系男子継承を優先するが万策尽きた場合はご皇室の平安のため、今上陛下のお考えがそうであればという前提で、2でもかまわないとする議論である。ほとんどの男系派といわれる学者、論者が三つ目の議論を支持していると思われる。
一方、2、3の女系容認派の議論は大まかに二つある。一つは共産党やフェミニストの男女平等など近代主義理論に依拠した議論―私は問題外の議論だと思う。なぜなら伝統を近代主義の価値観で判断できないと考えるからだ―。もう一方は皇位の安定した継承を可能にするには直系継承や、男系を優先しても女系を容認した制度の方が望ましいとする議論で、つまり2と3の議論は安定した皇位継承を実現するためには女系容認が必要だとする議論である。
不敬を覚悟で具体的に申し上げるが、1の三、男系維持策優先論は男系男子の伝統を維持する策を優先して万策尽きて、陛下もしくは皇族のご意向が女系を容認してもよいというのであれば、臣下としてなにも申し述べることはないという議論である。GHQにより臣籍降下を強制された旧宮家(竹田宮家の竹田恒泰氏など)に再度皇籍に復帰していただくなどの維持策をまずおこなって最後の最後万策尽きたならば女系容認も致し方ないという議論である。
2の男系優先女系容認論は現状であれば悠仁親王殿下に継承していただくのは当然だが、側室制度が廃止された今日、男子皇統が絶える危険性が高いので、女系継承も容認しておくべきだという議論である。
3の直系優先論は過去の男系男子継承は側室制度と一対の制度であるから、大正時代に事実上側室制度が廃止になったので維持は難しい、よって女系継承も認めるべきであり、さらに国民の理解を得るためには男子にこだわらない直系継承にすべきであるという議論である。つまり悠仁親王殿下ではなく、敬宮愛子内親王殿下へ皇位継承したほうが国民の理解を得やすいという議論である。
さらにそれらを基本として天照大神は女性神であるから、ももともと伝統は男系にこだわっていないという議論、律令のころシナ男系主義が皇室の伝統に一旦入ったがその後それが崩れ、事実上2回女系継承と見られる継承があったので、すでに皇室の伝統はシナ男系主義伝統から離脱しているから、男系継承が伝統であるという理屈にはならないという議論、また昨今の陛下や殿下が安定した皇位継承についてお言葉を述べられておられるが、それは陛下が女系や直系継承を望んでおられると忖度できるという議論もある。
私は今上陛下のご聖断でも伝統を変更できないという立場を支持している。コーク卿は
両者の間で一致した意見がある。それは現行憲法下で定められている、皇室典範の第5章皇室会議を旧皇室典範の皇族会議のメンバーに改めて聖慮を拝したいということである。女系容認派(大まかな)は天皇陛下のご病気が皇位継承問題からくる心痛であり、安定した皇位継承制度の確立こそが焦眉の急で、男系派も聖慮が女系容認であれば臣下はしくしくと従うのみとしているので、皇族会議の設立は問題の解決への大きな前進になるであろう。しかし私はその議論にはあまり同意はできない。なぜなら皇室の伝統を現代だけで云云することはできないと考えるからである。―皇族会議という言葉の問題は残る。なぜなら陛下は皇族ではないからである―
参考
皇位継承問題を考える
【竹田恒泰】皇位継承問題を考える
天皇から読みとく日本―古代と現代をつなぐ
「現人神」「国家神道」という幻想―近代日本を歪めた俗説を糺す。
ゴーマニズム宣言SPECIAL天皇論
付言
皇室への尊称が新聞や週刊誌を中心に乱れているので付言したいと思う。
基本的に「陛下」「殿下」「親王殿下」「内親王殿下」を使う。(皇室典範23条) 天皇陛下、皇太子殿下と尊称する。美智子様や雅子様は不可である。正式には皇后陛下、皇太子妃殿下が正しい。また論文などで客観的に尊称する場合は「天皇」も可だと思う。しかし天皇制は使わない。これは共産党の造語で、天皇制打破とあじったのが最初だからである。宮様は基本的に宮家を尊称してから御名と敬称で尊称する。(皇室典範23条の2)愛子様、紀子様とは尊称しない。敬宮愛子内親王殿下、秋篠宮妃紀子殿下が正しい。 悠仁親王殿下は宮家御当主ないので秋篠宮悠仁親王殿下とは尊称しない。(若宮と尊称する場合もある)
これらは新聞や週刊誌などが○○様(しかもお名前で)と尊称しているの悪習をいまでは国民が模倣しているで、良識あるアゴラ読者はであればご存知のことだと思うが念のため付言した。
たとえばアゴラの主催者は池田信夫先生だが、池田先生と略称しても、信夫先生と略称したら失礼どころか無礼だ。そういう無礼を新聞や週刊誌は平然としているのである。
1.男系絶対派
2.男系優先女系容認派
3.直系派
4.女系優先派
5.女系絶対派
4と5は極めて少数派と考えられるので除外して、今おこなわれている議論は、1と2、3の女系継承を認めるか否かにある。1にも微妙だが3つの議論があり、その一つ目は伝統はまったく変更ができないという議論である。たとえ国王(今上陛下)であってもコモンロー(皇位継承という伝統)は変更できないという英国保守主義的議論である。二つ目は今上陛下といえども伝統は変更できないが、しかし神託(皇祖神皇祖皇宗のご意思)など、伝統が変更を裁可するなら変更できるとする議論であり、三つ目は男系男子継承を優先するが万策尽きた場合はご皇室の平安のため、今上陛下のお考えがそうであればという前提で、2でもかまわないとする議論である。ほとんどの男系派といわれる学者、論者が三つ目の議論を支持していると思われる。
一方、2、3の女系容認派の議論は大まかに二つある。一つは共産党やフェミニストの男女平等など近代主義理論に依拠した議論―私は問題外の議論だと思う。なぜなら伝統を近代主義の価値観で判断できないと考えるからだ―。もう一方は皇位の安定した継承を可能にするには直系継承や、男系を優先しても女系を容認した制度の方が望ましいとする議論で、つまり2と3の議論は安定した皇位継承を実現するためには女系容認が必要だとする議論である。
不敬を覚悟で具体的に申し上げるが、1の三、男系維持策優先論は男系男子の伝統を維持する策を優先して万策尽きて、陛下もしくは皇族のご意向が女系を容認してもよいというのであれば、臣下としてなにも申し述べることはないという議論である。GHQにより臣籍降下を強制された旧宮家(竹田宮家の竹田恒泰氏など)に再度皇籍に復帰していただくなどの維持策をまずおこなって最後の最後万策尽きたならば女系容認も致し方ないという議論である。
2の男系優先女系容認論は現状であれば悠仁親王殿下に継承していただくのは当然だが、側室制度が廃止された今日、男子皇統が絶える危険性が高いので、女系継承も容認しておくべきだという議論である。
3の直系優先論は過去の男系男子継承は側室制度と一対の制度であるから、大正時代に事実上側室制度が廃止になったので維持は難しい、よって女系継承も認めるべきであり、さらに国民の理解を得るためには男子にこだわらない直系継承にすべきであるという議論である。つまり悠仁親王殿下ではなく、敬宮愛子内親王殿下へ皇位継承したほうが国民の理解を得やすいという議論である。
さらにそれらを基本として天照大神は女性神であるから、ももともと伝統は男系にこだわっていないという議論、律令のころシナ男系主義が皇室の伝統に一旦入ったがその後それが崩れ、事実上2回女系継承と見られる継承があったので、すでに皇室の伝統はシナ男系主義伝統から離脱しているから、男系継承が伝統であるという理屈にはならないという議論、また昨今の陛下や殿下が安定した皇位継承についてお言葉を述べられておられるが、それは陛下が女系や直系継承を望んでおられると忖度できるという議論もある。
私は今上陛下のご聖断でも伝統を変更できないという立場を支持している。コーク卿は
国王は布告などによってコモン・ローのいかなる部分も変更できないとしたが、コモンローを皇位継承の伝統と置き換えれば納得していただけると思う。バークはそれを時効の国体といった。しかしその伝統のご意思を忖度できる神託などの啓示があればそれはそれに従うことは当然だと考えている。そのような霊力を備える神官がいれば可能であるが、唯物主義に毒された現代で可能かどうかは疑わしい。であるならば確認のしようがないわけであるから時効の国体である。
両者の間で一致した意見がある。それは現行憲法下で定められている、皇室典範の第5章皇室会議を旧皇室典範の皇族会議のメンバーに改めて聖慮を拝したいということである。女系容認派(大まかな)は天皇陛下のご病気が皇位継承問題からくる心痛であり、安定した皇位継承制度の確立こそが焦眉の急で、男系派も聖慮が女系容認であれば臣下はしくしくと従うのみとしているので、皇族会議の設立は問題の解決への大きな前進になるであろう。しかし私はその議論にはあまり同意はできない。なぜなら皇室の伝統を現代だけで云云することはできないと考えるからである。―皇族会議という言葉の問題は残る。なぜなら陛下は皇族ではないからである―
参考
皇位継承問題を考える
【竹田恒泰】皇位継承問題を考える
天皇から読みとく日本―古代と現代をつなぐ
「現人神」「国家神道」という幻想―近代日本を歪めた俗説を糺す。
ゴーマニズム宣言SPECIAL天皇論
付言
皇室への尊称が新聞や週刊誌を中心に乱れているので付言したいと思う。
基本的に「陛下」「殿下」「親王殿下」「内親王殿下」を使う。(皇室典範23条) 天皇陛下、皇太子殿下と尊称する。美智子様や雅子様は不可である。正式には皇后陛下、皇太子妃殿下が正しい。また論文などで客観的に尊称する場合は「天皇」も可だと思う。しかし天皇制は使わない。これは共産党の造語で、天皇制打破とあじったのが最初だからである。宮様は基本的に宮家を尊称してから御名と敬称で尊称する。(皇室典範23条の2)愛子様、紀子様とは尊称しない。敬宮愛子内親王殿下、秋篠宮妃紀子殿下が正しい。 悠仁親王殿下は宮家御当主ないので秋篠宮悠仁親王殿下とは尊称しない。(若宮と尊称する場合もある)
これらは新聞や週刊誌などが○○様(しかもお名前で)と尊称しているの悪習をいまでは国民が模倣しているで、良識あるアゴラ読者はであればご存知のことだと思うが念のため付言した。
たとえばアゴラの主催者は池田信夫先生だが、池田先生と略称しても、信夫先生と略称したら失礼どころか無礼だ。そういう無礼を新聞や週刊誌は平然としているのである。





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