学校選択制と制度設計の視点 - 安田洋祐

2010年03月23日 12:46

公立小学校や公立中学校へ入学する生徒達が、従来の通学区域にしばられることなく複数の選択肢の中から学校を選ぶことを可能にする「学校選択制」は、今日最も注目を集めている政策問題の一つです。以下では、学校選択制の是非に関して身近な例を用いながら分かりやすく整理すると共に、私自身の研究テーマであるメカニズムデザイン理論の視点から、学校選択制の制度設計についても触れてみたいと思います。


(以下の内容は『週刊エコノミスト』(2009年1月13日号)に掲載された拙稿「学者が斬る:学校選択制を経済学で考える」を土台としております。よりオリジナル原稿に近い内容はこちらから読むことができます。ご関心のある方はぜひチェックして頂ければ幸いです。)

生徒数差と“格差”の危険なアナロジー

2000年の品川区を出発点に非常に速いペースで学校選択制が浸透してきた東京都区部では、現在までに23区中19区において学校選択制が導入されている。全国で最も学校選択制が普及しているこの地域では、多くの家庭にとって「公立学校を選ぶ」ことがもはや当たり前になっていると言ってよい。公開されている一部の自治体のアンケート調査によると、保護者や生徒の圧倒的多数が学校選択制を肯定していることが分かる。たとえば2002年に中学校、03年に小学校で区内全域の学校を選べる選択制を導入した墨田区が2008年に実施したアンケート結果によると、小中学校それぞれ85%前後の保護者が学校選択制を肯定している。ややデータが古いが、2005年の内閣府調査では、全国の保護者の64.8%が学校選択制の導入に賛成する一方で、反対はわずか10.1%との結果も出ている。学校選択問題の当事者である生徒達からの高い支持は、学校選択制の成功を物語る客観的な指標と言ってよいだろう。

その一方で、最近になって「行き過ぎた選択」に対して警鐘を鳴らす報道も、新聞などのメディアでよく目にするようになってきた。そこで決まって登場するのが、学校選択制を“市場競争”、生徒数差を“格差”に置き換えるというアナロジーだ。「格差を生み出す市場競争は望ましくない」という市場原理主義批判になぞらえて、「生徒数差をもたらす学校選択制は望ましくない」と主張するわけである。一見すると説得力があるかのように映るこのアナロジーは、果たして本当に学校選択制の問題点を突いた本質的な批判になっているのだろうか?

まず注意しなければならないのは、ここで言う“格差”が一体なぜ問題なのか? という根本的な点である。たとえば所得格差や地域間格差などしばしば経済問題として取り上げられる格差は、所得の低い個人や不景気な地域に生活する住民の厚生を下げるという意味で、“実体のある”格差問題であると考えられる。そして、こういった深刻な格差問題においては、被害者の多くには格差から逃れる(簡単な)選択肢が与えられていない。つまり、 (1) 格差による厚生の低下、および (2) そこから逃れることの難しさが、格差問題を“問題”たらしめているのである。

一方、学校選択制における格差とはあくまで各学校を選ぶ生徒数のばらつきに過ぎず、それが当事者である生徒の厚生を下げているかどうかは全く明らかではない。また、個々の生徒には「他の学校を選ぶ」という、非常に簡単に格差から逃れることができる選択肢が与えられている点も重要だ。以上の2点をふまえるならば、学校選択制における生徒数“格差”を経済格差のような実体のある格差問題と同列に扱うのは無理があるように思われる。学校間の生徒数差を経済問題になぞらえて“格差”と形容するのはミスリーディングであると言わざるを得ない。

メニュー選択と学校選択のアナロジー

上述したアナロジーの問題点をよりはっきりさせるために、次のような簡単な例を考えてみよう。飛行機の国際線に乗ると機内食がサービスされるが、(私が愛用するエコノミークラスでは)通常は2種類のメニューから選べる場合が多い。食事の時間になると「お肉にしますか? それともお魚にしますか?」というようにキャビン・アテンダントの方が尋ねてくれるのはご承知の通りである。この機内食のメニュー選択はあまりにも当たり前で、もはやサービスとすら感じなくなっている方も多いかもしれない。

さて、いま仮にこの機内食の選択ができなくなり、偶数列の席は肉料理・奇数列の席は魚料理、といった形で座席番号に応じてメニューが固定されてしまったとしたらどうだろう? おそらく多くの方は選択肢を奪われたことに対して不満を抱くのではないだろうか。自分が本当に食べたかったのは肉料理なのに、たまたま奇数番号に座ってしまったが故に嫌いな魚料理を食べることになってしまう、といった不幸な乗客が出てきてもおかしくない。乗客ごとの好みに基づいて食べたいメニューをサービスする、というのは多くの人が賛成する望ましい選択方法だと言えるだろう。

実は学校選択はこの機内食のメニュー選択と非常によく似ている。学校選択制導入以前は、原則として各生徒は住んでいる場所に応じた通学指定校に通わなければならなかった。たとえ通学指定校とは別の学校に通いたくても、選択の自由は与えられていなかったのだ。これは、機内食のメニュー選択が許されていない「偶数列は肉料理・奇数列は魚料理」の世界と全く同じである。もちろん、いくらメニュー選択ができないと言っても、アレルギーや宗教的な理由からどうしても食べられないものがあるような乗客に対しては、メニュー変更を例外的に認めるべきだろう。学校選択においても(学校選択制の導入以前から)、いじめなどの止むに止まれぬ事情がある場合には、通学指定校以外の学校への通学を認めてきた。ただし、こうした選択はあくまで例外的な場合に限定されており、大多数の生徒には学校選択が認められていなかったのである。

一方、学校選択制が導入されると、各生徒は住んでいる場所に縛られずに本当に行きたい学校を選ぶことができるようになる。これは、座席に関係なく好きなメニューを選べる現在の機内食サービスに対応している。自由にメニューを選ぶことができるため、乗客の年齢層などに応じて肉料理と魚料理の人気に差が出てくることはあるかもしれないが、そうした選択人数の差を“格差”と言って問題視する人はいない。「今日の乗客は肉料理ばかり選んでけしからん。こんな格差を生むようなメニュー選択はやめるべきだ!」などという批判が的外れであることは明らかだろう。

ところが、メニュー選択におけるこの的外れな格差批判が、学校選択の文脈においてはあたかも本質をついた批判であるかのように流布している。本来重視すべき生徒達の厚生から目をそらし、実体のない“格差”や“競争”というイメージを煽り立てて学校選択制を批判することは、単なるイデオロギーの押しつけであり非生産的な議論である。これらのイメージと現実との距離にいかにギャップがあるかは、肯定派が圧倒的多数を占める保護者や生徒達へのアンケート結果からも窺い知ることができるだろう。

もちろん、生徒数差に問題が全くない訳ではない。人数が減ってしまった学校では行事が盛り上がらず、逆に人数が増えた学校では校庭やプールの利用が制限される、といった実害が生じ得ることは現に報告されている。重要なのは、生徒数のばらつきを俎上に載せる際に、「格差は良くない」と言った超越的な価値判断に基づいた議論では何も生み出さない、という点だ。そうではなく、生徒数のばらつきが“具体的に”どのような理由で望ましくないのかを“生徒達の視点に立って”虚心坦懐に分析する姿勢が必要なのである。

学校選択制を弱肉強食の冷酷な市場競争という負のイメージに重ねて「競争は良くない」と訴える表層的な議論にも、同様の批判が当てはまる。メニュー選択を通じた乗客からのフィードバックが機内食サービスの充実に繋がるように、学校選択を通じた保護者や生徒からの声は、学校教育の向上や特色ある教育を生み出す原動力だと言えるだろう。機内食をおいしくする生産者の努力や生産者間の競争が乗客にとって望ましいのと同様に、教育の質を高めるような個々の学校の努力や学校間の競争が、生徒達にとって望ましいことは言うまでもない。競争の中身をチェックせずに、生徒達の厚生に与える影響から乖離した超越的な価値判断を持ち込むのは、百害あって一理なしである。

見過ごされる真の格差問題

次に、学校選択制のもたらす“格差”や“競争”に対するイデオロギー的な批判が、単にミスリーディングであるだけではなく、真に問題とするべき実体のある格差を助長する危険性すらあることを指摘しておこう。飛行機には、エコノミークラスの他にビジネスクラスやファーストクラスといった高価で快適な座席も用意されている。高いお金さえ払えばより良質なサービスが受けられるのである。もちろん、食事メニューもエコノミークラスと比べて遥かに豪華であることは言うまでもない。学校選択においても、(実際の学校教育の質の差が飛行機サービスほど顕著なのかどうかはさておき)ビジネス/ファーストクラスが存在する。それは、お金や学力に恵まれた生徒だけが通うことのできる私立/国立の学校である。

すべての乗客がエコノミークラスに乗らなければならない訳ではないように、希望する生徒が私立や国立校に通学できること自体は決して不自然ではない。しかし、「肉料理か魚料理か?」というメニュー選択は誰もが選ぶことのできる“権利”である一方、「エコノミーかビジネス/ファーストか?」は一部の恵まれた人々にしか与えられていない“オプション”であることに注意が必要だ。実際に、私立や国立といった選択肢を持たない生徒にとって、公立校の充実度の低下は深刻な問題である。公立校と私立/国立校の学校教育格差は、 (1) 格差による厚生の低下、と (2) そこから逃れることの難しさを満たす、“実体のある”格差と言えるだろう。

さてここで、学校選択制に対する表層的な批判を真に受けて、もしも学校選択制を廃止してしまったら一体何が起こるだろうか? 生徒達は学校を選択する自由を奪われ、特色ある学校教育もじょじょに失われていくことが懸念される。これにより、私立や国立の学校教育と比べた充実度の差はますます開いていくだろう。富める者、賢い生徒はより一層私立/国立へ集中し、学校教育の二極化が加速化していく危険性すらある。つまり、生徒数格差という“実体のない”格差への批判が、公立私立間の教育格差という“実体のある”格差問題をより深刻化させてしまう恐れがあるのである。機内食のメニュー選択の廃止がエコノミークラスの魅力低下を招くのと同様に、安易な学校選択制の廃止は公立校の魅力を下げ、より深刻な格差問題をもたらしかねないことを肝に銘じるべきだろう。

メカニズムデザイン理論と制度設計

ここまでの議論では、あたかも個々の生徒が自分の一番行きたい学校へ行けるかのように仮定してきたが、実際には各学校には定員が設けられており、必ずしもすべての生徒が第一希望の学校へ行けわけではない。どれだけ肉料理が食べたくても、自分より前の多くの乗客が肉料理を選んだ場合には品切れになってしまい、残った魚料理しか選べないのと同じである。読者の中にも運悪く遅い順番に当たってしまい、このような苦い経験をされた方がいるに違いない。さらに悪いことに、機内食の場合には、各メニューを多めに準備したり、乗客の好みに応じてメニューの割合を変えたりすることによって、こうした不幸な乗客をある程度減らすことができるだろうが、学校選択では各学校のキャパシティに物理的な限界があるため、どのような選択制を採用したとしてもこういった悲劇は避けることができない。全員の第一希望を実現させることは原理的に不可能なのである。

ここで自然とわきあがってくるのが「学校選択制をうまく運営することでより多くの生徒の希望を叶えることができないだろうか?」という疑問だろう。学校選択制と一口に言っても、どのようなルールに基づいて制度運営を行うかでそのパフォーマンスは大きく異なり得る。現行制度のもとでいくつか報告されている問題点も、運営方法を変更するとによって解決できるかもしれない。従来の学校選択制を巡る議論では「学校選択制を存続するべきか、あるいは廃止するべきか?」といった制度自体の“是非”にもっぱら焦点があてられていたが、「より望ましい選択制は何か?」という “制度設計”の視点も重要なのである。

この制度設計の問題を数学的な視点から分析しているのが、2007年にノーベル経済学賞を受賞したメカニズムデザイン理論と呼ばれる分野である。メカニズムデザイン理論は、 (1) 与えられた条件の下で (2) 望ましい結果を達成することができるような (3) 制度を設計する、ための一般理論で、想像上のものまで含むありとあらゆる制度を統一的な視点で分析する方法を提供した。これにより、生徒達の厚生を高める理想的な学校選択制の設計を考えることも可能になったのである。とは言え、メカニズムデザイン理論が学校選択問題において有用であることが明らかにされたのは実はつい最近で、この点を最初に数理的に明らかにした論文が出版されたのは2003年のことである。

この理論的な発見を受けて、アメリカのニューヨーク市とボストン市では早くも2003年および2005年に学校選択制の運営方式が変更された。両市で採用されたのは、ゲーム理論家であるゲールとシャプレーが生み出した受入保留方式(deferred acceptance algorithm)と呼ばれる、経済学者の間で古くから望ましいとされてきたマッチング・メカニズムだ。受入保留方式の下では、各生徒は行きたい学校の優先順位(ランキング)を記入したリストを一斉に提出する。そして、提出されたリストを下に、主催者である区や市の教育委員会があらかじめ決められたルールに基づき効率的に生徒と学校をマッチングさせて行くのである。このメカニズムは様々な長所を持つことが知られており、学校選択制だけでなく、医学部生と病院をマッチングさせる臨床研修医のマッチング制度や海外の大学入試制度などで現実に応用されている。研修医マッチングは、医療制度改革の目玉として2年間の臨床研修医制度が必修化された2003年を機に、日本でも導入され大きな話題を呼んだ。

メカニズムデザイン理論の知見を生かした現実社会の制度設計は近年急速に広がりを見せており、今後も更なる発展が期待される。学校選択問題においても、既存の運営方式を前提とした選択制の是非論を超えて、望ましい学校選択制をデザインする「制度設計」の視点がますます重要になっていくだろう。

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