全米ブロードバンド計画の概要 - 小池良次

アゴラ編集部

米国時間の3月16日、全米ブロードバンド計画(National Broadband Plan、以下NBP)が発表された。約370ページにおよぶ同計画書によって、ようやくオバマ民主党政権の放送通信政策が動き始める。また、ジュリアス・ゲナコウスキー委員長が率いるFCC(連邦通信委員会)の規制方針も見えてきた。

■ 無線ブロードバンドで世界のトップを狙う

 NBPは、1) ブロードバンド整備計画、2) 放送通信行政の方向転換、3) 情報通信のユーティリティー化、という3つの側面を持っている。

<2020年、ナショナル・ブロードバンド・プランのゴール>
1)最低1億世帯への下り100Mbps/上り50Mbpsのブロードバンド整備
2)米国は高速・広域無線ネットワークにより、モバイル分野のリーダーとなる
3)米国全市民への入手可能で堅牢なブロードバンドの提供
4)学校や病院、政府設備への入手可能で堅牢なブロードバンド(最低1Gbps)整備
5)確実に通報でき、相互に接続された無線全米公安ネットワークの整備
6)クリーンなエネルギー経済の提供をめざし、リアルタイムでエネルギー消費量の確認がブロードバンドで提供できること
出典:FCCのNational Broadband Planレポートより


無線ブロードバンド政策は、ブロードバンド整備の目玉となっている。LTE(Long Term Evolution)やWiMAXなど次世代高速ワイヤレス網のために「向こう5年で300MHz、10年で500MHzの帯域を用意する」という野心的な提案だ。米国の携帯業界が求めていた「800MHz」には及ばないまでも、500MHzという数字を獲得してNBPを歓迎している。

 一方、ブロードバンドと言えば固定網系、特に光ファイバー整備が気になる。しかし、ケーブルモデムやDSL、光ファイバーなどの固定網系ブロードバンド整備について、NBPは具体的な提案が盛り込まれていない。電柱や共同溝などアクセス網を整備するための環境整備を提唱するにとどまっているi。

 逆に、1) ブロードバンドに関する情報収集と公表、2) ネットワークの透明性(実際のパフォーマンスやサービス内容の開示)などを軸とする規制項目が並んでいる。固定網は100Mbpsサービスを目指して、次世代ケーブル・モデムや光ファイバー(FTTH)が競争を展開しているが、米国の光ファイバー加入は、ようやく500万世帯を超えたところ。まだまだ、この分野の整備は重要な課題と思える。ただ、同市場は大手企業の独占市場となっており、あえて政府が介入する必要はないとFCCは考えているようだ。大企業に冷たい民主党政権らしい側面が現れている。

 NBPの発表を受けて、米国の携帯業界はLTE整備で熱気を帯びている。LTE建設ではVerizon Wireless社が2010年末までに25都市から30都市でサービスを開始する。2011年にはAT&Tも一部の都市でサービスを開始する予定になっており、最大の問題だった無線周波数が確保されたことで、トップ2社が先を争って次世代無線ネットワーク整備を進めることになる。

■ 放送通信行政の基本はブロードバンドに

 放送通信行政の見直しという側面は、華々しいブロードバンド整備目標に隠れて見過ごされている。NBPでは、ユニバーサル・サービス基金やアナログ電話の清算など、通信行政の基本を音声からデータ(ブロードバンド)へと大きく転換する大胆な提案が随所にある。

 過去、通信サービスの主役は、固定電話から携帯電話へと移ってきた。インターネットが普及する一方、携帯電話もLTE時代になればデータ網上でサービスされる。一方、放送ではCATVからIPTVへと時代が変化しており、いまやすべての通信サービスは「ブロードバンド」という1本の根っこに集約されようとしている。

 NBPでは、音声サービスの象徴でもあるユニバーサル・サービス基金に代わって、ブロードバンド整備を目的とするCAF(Connect America Fund)の設立を提案しているii。CAFでは、アナログ電話に代わるインターネット電話の普及が含まれている。

 また、CATV網における端末開放問題(CableCARD)では、従来よりも対象を広げる可能性を示唆している。これは、インターネット(たとえば、映画のネット配信)とCATVを結びつける機器への対応なども含めた将来像をNBPが狙っているためだ。

 米国では1996年に放送通信法が大幅に改正された。当時、インターネットの台頭で、
アナログ電話網を中心とする規制と実際のサービスの間で矛盾が露呈し、規制や行政指導のゆがみが批判されていた。1996年改正通信法はそれを修正した。今回のNBPは、それに肩を並べるほどの大きな影響を与えるかも知れない。極端な言い方をすれば、NBPはアナログ電話やCATVなどの伝統的なサービスを切り捨て、新たな主役となったブロードバンドを規制の柱にすることを目指している。

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 固定系ではインターネットが広く普及し、こらから米国は無線ブロードバンド王国を目指す。その一方で、NBPではICTの役割変化も促している。パソコンやネットビジネス、携帯電話などは、米国経済の牽引車として重視されてきた。しかし、これから10年ぐらいの間に、ブロードバンドは電気や水などと同じ社会基盤としての役割が重要になってくる。NBPでは、ブロードバンドによって、ICT産業の成長ばかりでなく、教育現場や環境問題、送電システムや交通システムなどの分野での貢献を期待している。これを実現するため、NBPでは省庁間連係を強く提案している。この省庁間連係は、日本のe-Japan計画を参考にしたと言われている。

 NBPはこれから、民間からの意見を参考にしながら議会や政府で検討が続けられる。随所にちりばめられた次世代政策が骨抜きにならないように期待したい。

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i なお、光ファイバー整備には、NBPとは別のプログラムで優遇税制が適用される。
ii CAFの設立以外に、ユニバーサル・サービス基金のコストダウン、運用の効率化などの提言をNBPではおこなっているが、本稿では省略する。

(小池 良次 ITジャーナリスト)